第6話 山車、幼年期


「ここの博物館は国宝も展示されることがあるんだ。そのときはすごく混むんだよ。今日は蒸し暑いから空いていると思うけれど」


 エスカレーターを昇り終え、次に登場したのは自動歩道が出現した。


 ルーターが回り、黒いゴムの地面が適度な速度で前方へと動いていた。


 自動歩道なんて生まれて初めて見たから私がつい、驚き入っていると彼はそんな都会に垢ぬけていない私をそっと見守った。


 慣れない自動歩道が十メートルほど続くトンネルを抜けたら、ガラス張りの波形の建造物が頭上を貫くように建っていた。



「大きいね! すごく」


 高さはおそらくビル十階ほどはあるんじゃないか。


 ガラス張りの壁は一滴の染みさえもなく、建物全体が手厳しい常夏の陽光に反射し、遠方からも目立つような凝ったデザインになっていた。


「田舎の女の子だから真依ちゃんは」


「それ、さっきも言ったでしょう? そんなにからかわないでよ」


「いや、おかしかっただけ。悪気はないよ」


 彼は竹を割ったように気さくな冗談を言った。


「さあ、行こう。今月の企画展は……。あっ、人が多い」


 黒塗りの入り口の前には長蛇の列が並び、看板には九十分待ち、と書いてあった。


 九十分待ちなんて宮崎じゃ、考えられないよ、と私が呆気に取られると彼はこなれたように私に説明した。


 宮崎には行列という文化はないからね、こういう状態が普通なんだよ、と物珍しさもなく淡々と言ってのけた。



「今日の企画展は国宝が開帳されたから取り分け多いんだ。待てないならば、常時展もすごいんだよ。並ぶかい?」


 私はその待ち時間に委縮して、身も蓋もないと首を横に振った。


 受付口でチケットを買い、突き抜けるような吹き抜けが目立つ、ミュージアムショップの上に設置されたエスカレーターに乗り、常時展のある四階のフロアまで突き進む。


「大きいね。これ」


「山車っていうんだよ。博多どんたくのときに天神の前を練り歩くんだ」


「真君は行ったことがあるの?」


「小学生の頃に母さんと行ったことはある」


 彼が児童相談所に保護されて、お父さんの家に引き取られたのはちょうどその頃だったという。


 なぜ、私たち親戚には頼らず、今の今まで音信不通だったのだろう。


 


 お母さんも彼の存在を知らせてくれなかったんだろう。


 腫物に触るのを控えるようにあえて触れなかったのだろうか。


 深い溝があったのか。


 お母さんと異母妹である彼のお母さんの間には二度と戻せない深刻な溝が。



「楽しかった?」


 そんな当たり前の感想を尋ねて果たして良かったんだろうか。


「うん。今でも鮮明に思い出せるほど」


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