第5話 真夏のハンカチ
彼の制服姿は、学ランだけど高原中(たかはるちゅう)みたいにいかにも田舎! な風采ではなく、銀色の徽章が襟のほうに燦然と輝き、全体的にシルバーグレーで、身のこなし方も自然でとても誰が見ても理知的に見えた。
全然変わっていないように最初は感じたけれども、私の背丈よりもずっと背が伸びてひょろりとした細い腕にも適正な筋肉がつき、大人の男性へと一歩ずつ変身したようにも見えた。
「学校があったの? 夏休みなのに」
「課外授業中なんだ。夏休みもほとんど学校があるんだ。今日は午前中で課外が終わって迎えに来たんだ」
「すごいね。夏休みも勉強して」
学校からの帰路なのか。
私のために迎えに足を運んでくれたなんて、忘れ去られたわけじゃないとほっと胸を撫で下ろす。
「みんなで来たんだ。福岡に来たのは初めてだからわくわくする。近藤君のおじいさんが連れてきてくれたんよ」
彼はこんな猛暑なのに一筋の汗さえも額には滲んでおらず、絵に描いたように青ざめた顔をしていた。
「疲れただろう。長時間バスに揺られて」
「かなり酔っちゃったかも」
四つ葉のクローバーと青筋揚羽が刺繍された梔子色のハンカチを渡されたそのとき、やっと目線が合い、彼の瞳の奥に隠された悲哀の陰影に私は早鐘を打つように胸を打たれた。
ケチも付けられないような綺麗な眼だ。
私は誰よりも君の憐憫を知り、分かち合い、私の手で描いてみたい。
その哀しみを含んだ、万年筆の壺から取り寄せた群青色のインクカラーで。
「この奥が博物館。僕もよく行くんだ」
みんなが先に行く前に行こうよ、と私はつい口を滑らせてしまった。
「また合流するから先に行こうか」
彼は私の提案に反論もせず、案内した。白亜の鳥居を抜け、錦鯉が泳ぐ、澱んだ池に架かった石製の橋を渡り、枯れかかった花菖蒲と紫陽花の群生を垣間見た、三軒茶屋を抜けると、奥の左側に小さな遊園地が出現した。
看板には平仮名で『だざいふゆうえんち』と大きく書かれている。
受付口には家族連れが多く出入りしていた。
「小さな子供が喜びそう」
「博物館はチビちゃんには難しいからここで遊ばせるんだよ」
その遊園地の左側に大きなエントランスがあり、山の斜面に沿って近代的なエスカレーターが上へ続いていた。
ピカピカの自動ドアを抜け、吹き抜けになった異空間のようなホールに十数メートルもあるであろう、水色の照明灯で包まれたエスカレーターが丘の上へと誘っている。
「すごくお金がかかっている!」
「真依ちゃんは本当に田舎の女の子なんだね」
君に指摘されてこれじゃ、恥ずかしいよな、といい意味で痛感した。
エスカレーターで上がりながら下を見るとエントランスから視界が高くなり、その絶景に圧倒されて思わず転げ落ちそうになった。
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