第3話 行き先
夏休みに福岡に行くなんて生まれて初めてだった。
子供同士で行くなんてもっと初めてだ。帰宅後、報告するとお母さんは予想外にいいよ、とあっさりと承諾してくれた。
行き先を最初に告げたからだろう。
福岡の太宰府天満宮と九州国立博物館にみんなで行くんだ、と説明するとお父さんもお母さんも感心はしたものの、無闇やたらに反対はしなくてとりあえずは一安心した。
夏休みが入った最初の週末、朝早くに目覚まし時計をセットして、半分眠り眼のまま、急いで支度を終え、まだ薄明りの高速バスの停留所で待っていると後ろから声をかけられた。
「おはよう! 真依、近藤君と堺君もいるけど!」
私の双眸が見開き、大きな驚きをちっとも隠せなかった。
目前には二年生になってから不良スタイルをやめた茶髪の近藤君と二年生になった今でも委員長をやっている堺君がお上りさんのように外出スタイルでばっちり決めていたからだ。
「近藤君のおじいちゃんが連れて行ってくれるんだよ。堺君は歴史マニアだからって! 近藤君の親と堺君の親は仲がいいから」
「おっ、血捨木(ちしゃのき)!」
真新しい真夏の白い朝日を浴びた私はまたいじられるんじゃないかな、と不安感を消し去りながらも両肩が小刻みに震えた。
うわあ、厄介だな、と思いながらもバッグの紐が少しだけ、右の肩に食い込んだ。
「血捨木さん、おはよう。じゃ、切符」
和気藹々のバスに乗車してからの道中も私はみんなの賑わいをよそに車酔いを頑なに堪えていた。
車窓が大雑把に揺れる視界がくるくると回りながらも、遠出するのは初めてだし、期待感がないわけじゃなかった。
記念すべき、初めての小旅行のメンバーにあの元いじめっ子の近藤君がいるし、宮崎から出た経験が私には皆無だったから、程よい緊張感で身体は萎えた。
真君に会えるんじゃないか、と思い立って、私は前日の夜に勇気をもってラインを送り、すぐさま彼が画面上から短い言伝を残してくれたので淡い興奮をしながら、今日の日程を伝えた。
大宰府の国立博物館に行くなら僕が太宰府天満宮の街道で待っているよ、とその文字が画面上に現れたとき、心の底から安堵した。
数キロメートルもある全国有数の長いトンネルを抜け、幾つものインターチェンジを抜け、車内で暇を潰しながら、やっとの思いで福岡に到着したとき、私の身体は正直なところ、くたくただった。
これから、初めての観光スポットに行くのに、情けないなあ、と実感しながらも、天神駅のバスターミナルに着いた私たちは近藤君のおじいさんに連れられ、天神駅から太宰府行きの下りの電車に乗った。
多くの人込みに紛れ、何度か、慣れない構内で行き交う人とぶつかりながらも、私は焦燥感で胸がいっぱいだった。
薄暗い地下鉄の見慣れない構内に私は、やっぱり、福岡って都会だな、と感激した。
宮崎とは比べ物にならないくらい人も多いし、この都会ならではの雑踏もひっきりなしに来客のあるキオスクも、福岡名物の『博多通りもん』や大粒の明太子、ご当地キャラクターのキーホルダーが売られたお土産屋も、期待感を膨らませる人々の躍動も何もかもが目新しい。
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