中庭

中庭



ローゼルは、廊下に出た。


近くの両面扉を開けたローゼルは、中庭の奥へ進む。


陽は沈み、茜色の空は薄闇色に変わり、星が瞬き始めている。


ローゼルがソアラを連れてきた場所。


すぐ目の前に湖があった。


水面は月の光を浴びている。


霧を被った白い絹のように、照り映えていた。


見惚れたソアラは、足を止める。


一本の柱に支えられ、湖を額縁のように縁取っている、石のアーチの向こうを眺めた。


湖まで、広大な庭が層をなして続いているというのに。


手を伸ばせば、銀色に輝く滑らかな水面に届きそうだった。


ローゼルの導きにより、ソアラは石造りの広いテラスに出た。


ソアラの足は、吸い寄せられるように、アーチの下で止まる。


ソアラは、ぼんやりとするあまり、自分が酷く震えていることに気づかない。


ソアラは、寒さから身を守るように、無意識のうちにローゼルにもたれかかっていた。


「ソアラ、この庭のどこからでも同じように、湖が眺められるような設計になっている」


「美しすぎます」


ソアラは、ローゼルの言葉に肩を震わせた。


前を向いたまま頷くと、感嘆の声音を上げる。


「嬉しい褒め言葉だな」


ローゼルは、呟くように言う。


ソアラの顎をしゃくり上げ、自分に向き合わせた。


「ローゼル様?」


「ソアラ、魑魅魍魎跋扈する王宮だが、私のそばに、この先永久にいて欲しい」


ローゼルは、奥に揺るぎないほどの強さと、鋭い知性を秘めながら、扇情的な眼差しを、ソアラへ向けてきた。


「……私が、ガラスの薔薇が庇護してくれた娘だからですか?」


ソアラは、自分自身を奮い立たせる。


自らの奥に住む翳りを曝け出した。


「馬鹿なことを言う。それだけじゃない」


「そう、ですか?」


「ああ。ソアラ、愛している。今回の失態、名誉挽回する機会を、私に与えてはくれないか?」


ローゼルは、熱い告白を注いでくる。


不安そうなソアラを、自分の熱情で焼き尽くそうとしている。


自分の顎を掴むローゼルの左小指の薔薇の痣。


ガラスの薔薇のペンダントトップ。


ソアラは、二つが共鳴するように疼いて、心衝き動かす熱量を示すのがわかった。


庶子である自分。


この先、恐怖や不安が尽きないのは確か。


どうあれ目の前の恋する相手と共にいたいと願う気持ち。


それが何よりも上なのかも。


ソアラは、愛おしい人のぬくもりをその身に染み込ませ、実感していた。


「私も愛しています。許される限り、ローゼル様のそばにいたいです」


ソアラは、目元を潤ませて告白した。


ソアラは、自分の両腕を広げると、ローゼルの胸元に思い余って飛びつく。


「ソアラ……」


ローゼルは、一瞬身を強張らせた。


愛おしげに名を呟くと、ソアラをしっかりと自分の両腕で抱きしめてくれた。


「……たとえソアラがこの先嫌がろうと、手放すことはしない。ソアラは未来永劫、私のものだ。覚悟するといい」


傲慢で確固たる意志のもと、ローゼルは高々と宣言する。


そんな言葉ですら、ソアラはとても愛おしく感じていた。

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