ローゼルが何か言いかけたその時、不意に外へ続く扉からノックが響いてきた。


「ホスです。よろしいでしょうか?」


その名前に、ソアラの顔に緊張が走る。


「入るといい」


ローゼルは、そう言ってソアラから離れる。


ソアラを庇うように少し前へ行くと、両腕を自分の胸元で組んだ。


扉は、ゆっくりと開く。


大柄のホスの姿が現れる。


ホスは、足が悪いので、重い銀の杖を持っていた。


室へ入ったホスは、後手で扉を閉め、恭しく一礼する。


「ホス、そなたの言い分をまずきこうじゃないか。なぜ昨日、天気が崩れやすい日に、ソアラを外へ誘導したのだ?」


ローゼルの率直で剣呑とした問いかけ。


ホスは、いつもは変わらない表情をわずかに崩した。


「何のことでしょうか?」


一呼吸置いて、ホスはローゼルに問い返してくる。


「幼い頃から仕えているホスを信用していた私を、甘く見ているつもりなのか? キッチンにいたものが、そなたの姿をわかっていないとでも?」


ホスは、ローゼルの険しい表情に、小さく嘆息をつくと、手探りで銀の杖の取っ手についているボタンを押した。


すると、両刃の刀身が杖の先から飛び出した。


杖は、危険な狂気にかわる。


「……いずれこうなるだろうと、私は思っていましたよ」


ローゼルが何か言い掛ける前に、ホスは憎々しげに低い声音で言う。


ホスは、暗い目を燃え上がらせ、ローゼルを睨みつけてきた。


「私を憎むことあったとしても、なぜソアラに手を下す? 彼女はまだ婚約者候補として、正式に認知されていないのだぞ?」


「復讐ですよ。いつか、あなた様を斬り刻むための序章ですね。その小娘は」


ホスは、嘲笑って、刀身が突き出された銀の杖を振り回す。


「復讐?」


ローゼルの顔に、非情な冷酷さが現れた。


ホスの杖の脅しなどものともせず、ローゼルは両腕を解き、尊大な仕草で一歩前に進み出る。


「ええ。そうです」


「それはどういう意味を指すのだ?」


「小娘やあなたの存在のせいで、私の愛するあの方はお咎めにあって、亡くなりました」


ホスは、そう言う。


ぎりりと、いまいましげに歯軋りしている。


「お咎め?」


「ガラスの薔薇は、美しすぎる彼女を選んでいませんでした。あらゆる目論見で、庶子である小娘と判断されたのです。そのせいで、お咎めにあった彼女は、命を落としたのです」


ホスの声は、どんどん低くなり、憎悪が募っていくようだった。


「……馬鹿なことを仰いますね。庶子である私が、ローゼル様のお相手として、正式に選ばれるはずないでしょう?」


ソアラは、ローゼルに向けられた憤りを逸らしたく、果敢に口を挟む。


「ソアラは、黙っていろ。今はこの問題をはっきりさせるべきところだ」


ローゼルは、ちらりとソアラを一瞥し、慎重な声音で言う。


「確かに、これははっきりさせることですね。ガラスの薔薇は、正統者ではない繋がりだからこそ、美しい彼女を襲ったのですから!」


ホスは、片足を引き摺りながらも、手負いの野獣のように突進してきた。

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