呼び声

呼び声



ローゼルは、夕暮れ時になり、ようやく政務から解放された。


マギーとともに、ソアラの部屋へ向かっている。


急な報せもあって、早朝もソアラとは会えなかった。


ローゼルは、逸る気持ちを胸に、彼女がいる部屋へ行き、扉をノックするが返事がない。


ローゼルが扉を開けると、目の前に広がるリビングには、誰一人いなかった。


寝室にもソアラの姿はなく、ローゼルは真っ青になった。


彼自身、この件に関してある程度予想はしていたことであったが、まさか本当に起こるとは思ってもいないことだった。



情報を集めたあと、ローゼルは自ら使用人のレインコートと長靴を借りた。


空は小雨のため薄暗い。


ローゼルは、ランタンを手に、裏口の扉を開ける。


夕暮れ時で、陽はまだおちていない。


息苦しくなるほどの勢いで、風が吹きつけてくる。


それでもめげず、ローゼルは前に進む。


自分の左小指の薔薇の痣。


いちだんと疼いている。


外気は、突き刺さるような寒さながら、それは熱量を帯びてきた。


彼自身、如実に感じていた。


これさえあれば、何があってもソアラに会えると。



信用のおける何人かが、ローゼルの前にソアラの捜索に出ていた。


出来ることならば、自分の手でソアラを見つけたい。


彼自身としては、強く願っていた。


「ソアラ、どこだ!?」


ローゼルは、度々足を止め、風にも負けぬ大きな声で、ソアラの名を呼んでいた。





雨は止んできたものの、寒く身体の感覚がなくなり、ソアラの足は氷の塊のようになっている。


ソアラは、動かないでいたらますます寒くなるだけなので、何度も溝の側面をよじ登ってみては、そこまで滑り落ちていた。


「!?」


不意に、ソアラの耳にローゼルの声が擽る。


ソアラは、か細い悲鳴しか出なくなっていた。


だが、ローゼルの声をきいて、もう一度声を振り絞って叫んでみる。


嬉しいことに近くから、返事が微かにきこえてきた。


ローゼルの声をきいて、ソアラはもう一度叫んでみた。


嬉しいことに、近くから返事がきこえてくる。


それでも返事を待つ時間は、ソアラにとってひどく長く感じた。


やがて灯りが、ソアラを照らし出した。


「ソアラ、ここで何をしているのだ?」


少し呆れた声であったが、宥めるような優しい声音で言う。


ソアラは、声をあげて泣きたくなり、どうにか涙を堪える。


「……ローゼル様、これ以上誰も中へ落ちないようにして下さいね。深くて、そう簡単に上がれないのです」


「わかっておる」


ローゼルは、そう言い、周囲を調べ始める。


「ローゼル様、大事な御身です。無理はなさらないでください」


「わかっておる。ソアラ、しっかりきけ。行き止まりまで行こう。そこは少し浅い。私が手を伸ばして、ソアラを引き上げよう」


「む、無理です。それは危なすぎるです」


ソアラは、ローゼルの提案に不安を募らせている。


「ソアラが腕を出来る限り高く上げれば、問題はない」


ローゼルは、断固として言ってくる。


ソアラは、こうと決めたら絶対に揺るがないローゼルを知っていたので、諦めて従うことにした。


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