突風

突風




野菜畑の向こうの小道。


かなり険しい坂になっていた。


ホスは、ソアラについてくることはなかった。


それはそれで、彼女自身気楽なものだった。


だが、ソアラが一人で坂道を登って、丘のてっぺんに出る頃。


遠方で鳴った雷が、急に頭上まできていた。


雨がわずかながら、ポツリポツリと、降り始めている。


村を見下ろすと、突風が背後から吹きつけ、木々を揺さぶっていた。


ソアラは、部屋に設えてあった暖炉のそばへ帰りたくなっている。


季節は冬まじか。


到着した昨日の夜。


ソアラが感じたように、今日も肌を刺すような風が吹き付けていた。


丘をおりると、細い近道が見える。


ソアラがその小道に視線を向けた瞬間。


彼女の服の中で隠れているガラスの薔薇。


妙な熱量を帯び、疼いてきたこと。


ソアラは気付いた。


近道は、立ち並ぶ木々の間へ少し入っていかなければならない。


ソアラは、大事なガラスの薔薇の疼きを信じた。


どうにかなるだろうと考えながら、ソアラは木陰へ入って行く。


その間に、雨は激しく降りだしてしまう。


風に煽られ、思ったよりも寒かった。


雨は、霙へと変わっていく。


ソアラが別れ道へ来てから、村の方角へ左へ踏み出した瞬間。


ソアラは、突風に煽られ、深い溝に落ちてしまった。


「……!……」


枯れ葉と二、三センチの水たまりの中へ、一瞬横たわってしまう。


ソアラは、驚きのあまり、何も出来ずにいる。


「どうしょう……」


数分後、 我に返ったソアラは、ゆっくりと立ち上がった。


這い上がろうとした深い溝の側面は、草とヌルヌルとした苔で囲まれていた。


ソアラは、長い草を探して掴んだ。


「……つっ……!」


それは簡単に引き抜けてしまう。


ソアラは、先ほどと同じように、転倒してしまい、低く呻いた。


再度、立ち上がったソアラは、自分に負けないように、唇を引き締める。


ソアラは、暗くなる前にどうにかと考え、足がかりになるような場所を歩き回って、探してみる。


だが、何もなかった。


ソアラは、怖がりではなかった。


深窓の令嬢のように、大切に育てられたわけではない。


ここで一夜過ごすことを考えると、背筋がぞっとする。


ソアラは、いっそう寒さを覚えていた。


彼女自身、 ローゼルやマギーがつけてくることはわかっていた。


だからこそ、むやみに焦ることはなかった。


風雨がおさまったら、叫ぶことも出来る。


今のところ雨の音は酷い。


掻き消されるだけで、叫ぶことは体力の無駄なのは確か。


今大事にされていることがわかる以上、確かな助けを信じられる。


王宮にきた初日とは違う。


暴力とは無縁。


差し迫ったおぞましいほどの身の危険を感じられない。


自分の胸元で熱量を帯びたガラスの薔薇。


大切な方から頂いた、今は大事な自分の宝物。


自分は、日々の新生活に追われている中、いつも励まされている。


そして、今も。


ソアラは、それを強く感じていた。


過酷な伯爵家のメイド生活があったからこそだが、ソアラは冷静でいられた。




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