別荘
別荘
出発したのは、昼過ぎだった。
城下町を通り過ぎ去り、別荘までの距離はかなりある。
到着した頃には、陽がどっぷりと暮れていた。
ローゼルは、ぐっすりと寝入ったソアラを自分の両腕で抱え、また一つ扉を開けたていく。
そして、目的の部屋へたどり着く。
広々としたリビングルーム。
壁はテラコッタで、金色の模様の漆喰仕上げが施されている。
床は金を散りばめた茶と、黒の大理石のモザイク模様。
その上、高級感が溢れる応接セットがゆったりと配置されていた。
「……んんんっ……」
不意に、ソアラが身じろいだ。
ローゼルは、ソアラへ視線を向ける。
「起きた?」
ローゼルは、大人五人は座れそうなソファへ行き、ソアラをおろした。
「……?……」
眠気眼をゴシゴシと擦り、ソアラはゆっくりと長い茶色の睫毛を押し上げる。
ソアラは、パチパチと瞬かせ、焦点を合わせた。
自分の目の前に立っているローゼルの比類なき凛々しい美貌を、深緑の瞳に映し出した。
「ソアラ、着いたぞ」
ローゼルは、再度問いかける。
ソアラの目はまん丸になる。
花びらのような唇を、薄く開かせた。
ローゼルは、まるで口づけを乞われたような感覚に襲われた。
左小指の薔薇の痣も、鮮烈に疼き出す。
ローゼルは、思わず長身を屈めていた。
呆気としているソアラの唇に、自分の唇をそっと落とす。
「目覚めたか?」
自分を抑制し、すぐさま離れたローゼルは、顔を上げて身体を起こした。
「ロ、ローゼル様……?」
ソアラは、まだよくわかっていないのか、可愛らしく小首を傾げた。
ローゼルにとって、寝ぼけたソアラはとても初々しい。
ローゼルは、ぎゅっとソアラを自分の両腕で抱きしめたい感覚にかられた。
どうにかこうにか、彼は自分を抑え込んだ。
このままソアラのそばにいてはまずいと考えたローゼルは、踵を返す。
壁一面のキャビネットへ、足を向けた。
「お腹、空いているだろう? マギーに食事を準備させている」
「マギーに? ならばここは、別荘でしょうか?」
ソアラは、上体を起こし、ぐるりと見渡す。
「そうだ」
ローゼルは、キャビネットから、コニャックの瓶と、ブランデーブラスに手を伸ばす。
愛おしいソアラの姿がすぐ近くにあること。
自分の中にある衝動。
薔薇の痣同様に、鮮烈に疼き出す。
それを抑えるためには、酒の力が必要。
彼自身、常々考えている。
「ならば、私も夕飯の準備の手伝いをしてきます」
「ソアラは、ここにいろ。王宮ではないし、これ以上働かせるつもりはない。言ったと思うが、ソアラも私もヴァカンスで来ている」
そう言ってローゼルは、手のひらでグラスを温めながら、コニャクの栓を抜き、彼女を横目で見た。
「で、でも」
「ソアラ、ゆっくりと休むことも大切だ」
「ローゼル様、私は健康で若いから、大丈夫ですって」
ソアラは、ソファから立ち上がり、苦笑いを滲ませている。
「若いとか、関係ない。多少はふっくらしてきたが、ソアラは痩せすぎだ」
ローゼルは、コニャックにたっぷりとついで、グラスを揺らす。
もう片方の手で、器用に瓶に栓をした。
「ローゼル様、酷いです。確かに私は、細すぎますが」
ソアラは、顔を顰めると、可愛らしく頬を膨らませている。
ローゼルが何か言いかけた時、外へ続く扉からノックが響いてきた。
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