疼き

疼き



ローゼルは、先ほどソアラが見かけた装束ではなかった。


豪奢に刺繍されたナイトガウン姿だった。


妙に官能的に見えるローゼルの姿。


ソアラは、思わずリネンを首元まで引き上げてしまう。


「ソアラ、大丈夫だ。私はそう簡単に手を出しはしない」


ローゼルは、そう言うが、ソアラの反応に面白げに口角を上げてしまう。


その上、そのままソアラのいる場所まで大股でやって来る。


ローゼルは、寝台へ腰掛けてしまった。


「……」


すぐ目の前に座ったローゼルはの重さで寝台が軋む。


ソアラは、ますます緊迫感を滲ませ、ぎゅっとリネンを握りしめた。


「そう怯えるな。ソアラ、私は話をしにきただけだ」


「ローゼル様、無理ないことですわ。もう少し、ソアラ様と距離をおくなりしたほうがいいかもしれませんね」


少し呆れた声でマギーは言ってくる。


だが、ローゼルは、動こうとしなかった。


「大事な話だ。何も問題はない」


ローゼルは、自分の長い指を伸ばす。


腫れがおさまったソアラの頬へ、指先を神妙に滑らせてくる。


「……」


ソアラは、びくりと肩を震わせるが、抗おうとはしない。


王であるローゼルに逆らえば、不敬に値すること。


彼女自身、わかっていた。


それ以上に、ローゼルの長い指がとても恋しく感じている。


ソアラは、困惑を隠しきれずにいる。


「やはり、いちだんと疼くな」


「え?」


ソアラの頬を労わるように撫でているローゼルが、ぽつりと呟く。


ソアラは、ローゼルの意図がわからず、瞳を瞬かせる。


すぐ近くのローゼルの顔には、もっと何か言いたげな、奇妙な表情が浮かんでいる。


「そうですか。疼きますか」


マギーも唱えるように、ローゼルの言葉を繰り返している。


「ああ。どうやら一人、決まったようだ」


ローゼルは、満足げに大きく頷く。


ソアラから手を離したローゼルは、ナイトガウンのポケットを探り始めた。


「あ、あの。何のことか、私にはわからないのですが、教えて頂けませんか?」


ソアラには、 どうしても何を示唆しているのか、理解できないので問うてみた。


唇はわずかに震えているが、瞳は強い光が宿っていて、ローゼルをまっすぐに見つめている。


ローゼルもポケットの中にあるものを探る間も、ソアラから視線を逸らさない。


「ソアラ、見たことあるだろう?」


ローゼルは、ソアラの倍はありそうな自分の大きな手のひらに転がすと、彼女の目の前へ差し出してくる。


「……綺麗ですね」


ソアラは、それをまじまじと見て、瞳を輝かせる。


本物の薔薇とは違う。


柔らかさは足りないが、とても神秘に満ち溢れている。


ソアラの目の前にあるだろうガラスの薔薇は、鮮やかな光沢のある紫色に染まっていた。


ソアラの視線は、釘付けになっている。


「紫となると、ソアラが第一候補だな」


ローゼルもそれをじっくりと眺めながら言い、満足げにうんうんと大きく頷く。


「だ、第一候補って……。一体全体、何の話ですか?」


「何のって……。ソアラの異母姉妹が候補者なのだから、どういう意味かは知っているはずだろう?」


驚愕を隠しきれない視線を向けるソアラに、ローゼルは呆れたように言い返してくる。


「 ……それではこれは、あのガラスの薔薇、なのでしょうか?」


畏れに満ちた瞳でソアラが問うと、ローゼルは大きく頷く。


「そうだ。ソアラは見たことがないのか?」


「残念ながら、ありません」


自分の普段の生活ぶり、目の前の彼が知っているだろうか。


ソアラは、そんなことを考えながら、首を横に振った。


ガラスの薔薇。


王妃候補たちに与えられる、神聖な宝物。


乙女たちの選出方法を含め、どういった製法で編み出されているのか。


王家の秘術とされていて、公にはなっていない。


それはとても神秘的で、正式に正妃が決まり、世継ぎが誕生した際に、自然と姿を消してしまうと、伝えられていた。


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