黒のマント

黒のマント




絨毯の上に蹲るソアラの着ていた薄紅色の上質なドレス。


前から引き裂かれていて、破れていた。


こんな形で、目の前に佇む比類なき美貌の持ち主と、再会したくなかったのに。


どうしようもなく、心惹かれる相手と再会したくなかったのに。


しゃっくりを上げるソアラは、どうしようもないくらい惨めだった。


王宮へ呼ばれ、こんな災難が待っているなんて。


彼女自身、考えてもみなかったことだった。


「大丈夫か ?」


きこえてきた声の主の、憐れむ視線。


ソアラは、再度涙が溢れるのがわかった。


「……」


ソアラは、言葉が詰まって何も言えない。


声を押し殺して泣きじゃくると、深い溜息がきこえてくる。


不意に、小さな物音がきこえた。


ソアラは、柔らかいものが自分をすっぽりと覆ったのがわかった。


「大人しくしていろ」


ソアラは、命ずる声とともに丸ごと包まれてしまう。


ふわりと、ソアラの身体が浮く。


ソアラは、驚きのあまり涙が止まり、目をパチクリさせる。


視界を覆っている真っ黒な布。


ソアラは、見覚えがあった。


ちらりと見た美貌を包む、朱色の糸で細かく刺繍が施された黒い服。


そして、逞しい肩には光沢のあるマント。


そう。


それはそのマントそっくりだった。


ソアラは、引き締まった胸板に引き寄せられる。


口の端に滲む血の味とともに、頬がじんわり痛む以外、身体の芯から甘い疼きを感じた。


彼女自身、動揺を隠しきれない。


先ほどの男に感じていた嫌悪感は、彼からは一切感じられない。


有無を言わさぬ強固たる態度だった。


ソアラは、彼ならば何をされても構わないと、自分の胸奥に燻る切なさとともに、強く感じていた。

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