愛妾

愛妾



磨き込まれた廊下を歩くローゼルの耳に、女性の悲鳴がきこえてきた。


突き当たりの部屋。


男が汚く罵る声が、響いてくる。


ローゼルは、走って行って、扉を大きく押し開いた。


「!?」


ローゼルの目に映るのは、凄惨だった。


自分の従弟であるエロクが、先ほど見かけた蜂蜜色の髪の娘を絨毯に組み敷いて、手の甲で殴るのが見える。


「やめろ!」


扉を開く音と、ローゼルの怒声。


びっくりして振り返るエロクは、慌てて起き上がる。


怯えて動物のように、娘は蹲った。


「エロク、何をやっておる?」


ローゼルは、前に進み出て、エロクを睨みつけた。


「……これは、ローゼル王。どうか放っておいて貰えませんか?」


エロクは、一瞬怯んだ。


だがすぐさま気を取り直し、彼は澄ました顔で言う。


「放っておけだと?」


「この娘は、僕の愛妾として捧げられたもので、あなたには関係ないことです」


エロクは、低い声音で反論してくるローゼルに戸惑いながら、抑えた静かな口調で言う。


「たとえそうであったとしても、女性を殴るとは、頭がいかれているとしか思えないな、エロク」


ローゼルは、エロクの言葉に眉を寄せ、卑下するように口角を上げる。


「何を仰っているのですか。この娘は半分メイドの血を持つ恥知らずな庶子。僕はどう扱ってもいいと、娘の身内に許しすら貰っているのですよ」


眉尻を吊り上げたエロクが、冷ややかな口調で言い返してきた。


「自分の妻になろうとしている相手を蔑むとは、ますます気に入らないな」


「妻? 違いますよ。僕は愛妾として引き取ったのです。身内は娘を気にすることでないようですし。ならば何をやってもいいことでしょう?」


エロクは、自分を侮蔑するローゼルに負けじと、皮肉げに口の端を歪める。


「愛妾か。ならば、このままこの娘からは手を引き、立ち去れ」


「な、何を」


「誰にも邪魔されない一介の愛妾とするならば、私の庇護下にしても、構わないってことだろう?」


ローゼルは、エリクの言葉を遮り、意味ありげに彼の顔を覗き込む。


「そ、それは」


「エロク、その場から立ち去るがいい。しばらくそなたの顔など見たくはない」


「ロ、ローゼル王、先ほどから僕は申しているでしょう? この娘は正当な血筋とはかけ離れているから、僕がどう扱ってもいいじゃないですかっ」


「黙れ! 私は女子供、力のないものに暴力行為を甘んじる男の言い分など、一切きくつもりはない!」


「ぼ、僕は、頼まれて……」


言い訳がましく言い淀むエロクは、憤りを滲ませるローゼルを縋るように見つめている。


「頼まれたら? 誰に? それはきき捨てならない話だな」


「この娘のためですよ。愛妾の子でどう扱うか身内が常々悩んでいたところ、僕が引き取ったのです。その時、娘の継母に、少々痛めつけて欲しいと、頼まれまして」


エロクは、ローゼルの迫力に気圧されて、早口で言い募ってくる。


悲しげに声を殺して泣いている娘の声音。


ローゼルの耳に届いていた。


「……まったく。どいつもこいつも腹立だしい限りだな。ハラン、いるのだろう? エロクを牢屋へ連れて行け」


「ローゼル王、待ってください! どういうことです? 正直に話した僕が、なぜ罰を受けなければいけないのですか⁉︎」


エロクは、ローゼルに詰め寄ってきた。


ローゼルは、エロクの腕を掴み上げると、勢いよく床へ叩きつける。


尻餅をついたエロクは、低く呻く。


瞬時に、金装飾のある紺の上着を身につけた騎士の姿の男が、音もなく現れる。


ハランは、エロクの腕を掴み上げ、荒々しく引き起こす。


「ローゼル王!」


「黙れ。ハラン、早く連れて行け」


「御意に」


ハランは、ローゼルの声に応じ、エロクを引き摺るように、部屋の外へと連れ出した。

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