第12話 俺の方かよ

 学校の誰も信じてくれないだろう。

 俺だって信じられない。

 でも事実なんだ。


 俺は今、美波さんちのリビングにいる。


 しかも、なんたることか──美波さんの脱衣を手伝っているのだ。


「……ん、そこです。そこそこ」

「……」


 ずっしりと重くなるくらいに濡れた衣服をなるべく力を入れないように、丁寧に丁寧に脱がしていく。


 あまりに慣れない作業なので、雨に濡れていないくせして俺の全身はずぶ濡れだ。雨で。


「もしかして、緊張してます?」

「……べつに」

「あはっ、嘘ですね」

「本当だよ。ぜんっぜん何も気にしてない」


 嘘だ。

 真っ赤な嘘だ。


 俺の両腕はガクガク震えているし、視線だってあちこち散っている。

 

 本当いえば、露出の多い美波さんの破壊力はやばいし、家に誰もいないなんて聞いてしまったら……舞台がその、整ってしまっているような感じはする。

 もしこれがフィクションなら、この後起きることは確定しているようなものだ。


 でも、だからこそと言うべきか、俺は虚勢を張り続ける。

 

「あの……まさとくん」

「……」

「感想は?」

「凄い、綺麗です」


 虚勢──を、張り続けたい。


「ヘあ!? ふふっ、そうですか〜。照れちゃいますねぇ」


 美波さんはポスポスト床を叩きながら、素直に照れて見せた。

 デレへのちょっとした抵抗は見えているけれど、最初の頃ほどの過剰な反応は見られない。

 正直めちゃくちゃ可愛い。

 可愛すぎる。

 

 そしてなんだろう。

 変わったんだな、とも思う。

 成長とはまた意味合いが異なる気がするけど。


 むしろ変化がないのは俺の方か。

 美波さんの感情に気付きながらも、それに応えもせず、のらりくらりと躱し、時には反発する。

 

 ははっ、まるでライトノベルのヒロ──


「────!?」


「ひゃっ、まさとくん!? そこは──っ」


「あ、すまん」


 美波さんの胸にガッツリ手を触れさせておきながら、「あ、すまん」で済むくらいには意識が飛んでいた。

 というか記憶を消した。

 よし、その体でいこう。


「──一旦着替えは終わったな。温かい飲み物とか出したいんだけど、作ってもいい?」

「あ、それは自分で」


 立ちあがろうとした美波さんは、ペタンと尻餅をついてしまう。


「すみません……ホットミルクでお願いします」


「おけ、ただ冷蔵庫の中身引っ掻き回すと迷惑かけちゃうし、場所を教えてほしい」

「えっと、大きい扉を開けて……左側にあります」

「開けたよ──っと、これかな」

「そう、それです。特濃のやつ」

「これいいよね。俺も一番好き。牛乳は濃厚派」

「やった! すごいわかります! 最強なんですよ〜!!」


 やった?

 急に元気出たな。


 とりあえず、


「……レンジ使って大丈夫?」

「はい、よろしくお願いします!」 


 数分待ってからレンジを開け、手袋を拝借してホットミルクを取り出す。


「お待たせ」

「いえいえ、ありがとうございます〜!」


 ゆっくりとテーブルの上に置くと、美波さんは軽く頭を下げてこくりこくりと飲み始めた。

 両手で甲斐甲斐しく持ち上げて、熱々のホットミルクをふーふー冷ます姿がなんとも可愛らしい。


「ジッと見てるの、わかってますよ」

「……見てないし」

「いいですよ、ずっと見ててください」

「〜〜」


 胸の奥がこう、きゅっとなる。

 恥ずかしい。

 絶対顔赤くなってる。


「あ、まさとくんも飲みますか?」

「……いや、風邪だろ?」

「風邪じゃないです。単純に身体が冷えて、体温変化でびっくりして体調崩しただけだと思います」

「それは……そう思うけど。ほんと、こんな時期にやらかしてくれるな」

「てへっ」

「てへぺろなんて通じねえぞ」

「……で、飲んでくれないのですか?」


 なんでそうまでして飲ませたがるんだというツッコミはさておき。


「走って喉乾いたし、飲むわ」

「ふふっ、飲んでくださーい」

「……」


 口に手を当ててクスクスと笑う美波さん。


 これは確実に俺をからかってるな。

 ……負けたくねえ。

 ここで退いたら何かに負けてしまうと俺の全身が警鐘を鳴らしている。


 だから俺は勢い余ってホットミルクを全部飲み干してしまう──美波さんのなのに。


「あ」

「すっごい勢いでしたねぇ。そんなに美味しかったです?」

「まあ……」


 くそっ、くそー!


 だめだだめだだめだ!

 手のひらで転がされてる感が半端じゃない。

 

「まさとくんはいつもそうです。豪快な走りに豪快な飲みっぷり、嘘なんてどこにもない、堂々としていて憧れてしまいます。ほら、今だって……」

「……っ」

「顔、が」

「やめろ! 変な褒め方をするな!!」


 ひたひたとにじり寄ってくる美波さん。

 反発し合う磁石のようにずりずりと離れる俺。


 これじゃまるで、まるで──!


「ふふふっ、テレちゃって」

「──やめてくれぇッッッッ」


 これ以上はいけない。

 俺の身体が爆発四散してしまう。

 

 まさかまさか、俺の方がだったなんて。


 俺はそれを見て楽しむ側だったはずなのに。

 自分がそっち側になると……下手に解像度が高いせいで、今の俺の状況が客観視できるくらいに理解できてしまう。


「……大声出して悪い。ちょっと、俺帰るわ」

「もう……帰っちゃうんですか? 何も────ないのに」

「そう、何もないから、普通に看病終わったし、てか元気そうだし帰るんだよ。電車も来るからな」

「そうですか……わかりました」


 長居してたらどうにかなってしまいそうだ。

 ちょっと山ン中で叫んできたいし、ここいらで撤収しよう。


「あっ、待ってください」

「……ん」


「あの……もし、もしよかったらその──あの……つ──んでもないです」

「なんでもない?」

「ぁああ! 大会頑張りましょうねって話です!!」


「おう……互いにな」


 続いていたはずの言葉はもう、容易に想像できる。


 外に出ると、雨は上がり遠くの方に虹が架かっているのが見え、マジで頑張ろうと思えた。

 いろいろと。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る