第13話 ホワイトフラッグス

「──選手一同! 正々堂々勝負することを、ここに誓います!! 西神原高校三年、似鳥修斗」


 選手宣誓にチーム揃ってのウォーミングアップを終え、あとは1時間後の開始の笛を待つのみ。


 俺は忙しく競技場の外をジョギングしながら、身体が冷めないよう努めていた。


 当然、この時間帯でこんなところを走っているのは俺だけじゃなく、ライバル達もストレッチしたりスタートの練習をしてみたりと、各々の最終確認に余念がない。


 個人的には静的ストレッチをしている彼なんかは悪手だと思う。

 レース前は筋肉を伸ばしてしまうと筋出力が弱くなるようなことをせず、筋肉を刺激して関節の可動域を広げるのが寛容だ。

 

 となるとライバルは隅の方でひたすらダッシュ練習を繰り返しているアイツか。

 一見疲れてしまいそうに見えるけど、過度に疲労しないという前提があるのなら、一時的な筋力向上を見込める。


 そうだな。

 俺もそろそろ強度高めの──

 

「まーさーとーくん!」

「ぅおあ!? なんたってこんなところまで!?」

「あはっ、だめ──ですか?」

「……勝手にしろ」


 いや、勝手にするな。

 今、こんなところにくる奴があるか。


 ほらみろ、選手連中が俺のことを白い目でみやがった。

 絶対警戒リストから外したと思う、俺だって同じことをする。


「美波さん、アップとかいいのか?」

「え、一緒にしようと思って来たんですけど?」

「あ、そう」


 じゃあ仕方な──くないな。


 だいたいなんなんだよ、最近ツンの要素ねえじゃん。

 普通こういう時って遠巻きからこう──な?


 いや……これも俺のせいか。

 両方◯◯◯◯だとマジで喧嘩にしかなりそうにないし。


「……今からダッシュするけど、完全に俺の為だけにやるからな」

「問題ないです。むしろわたしが勝ちますので!」

「おけ、始めるぞ」


 ──6勝4敗。


 辛勝。

 全力疾走。

 周囲の視線は呆れ、見下し、嘲笑。


 ……くっそ正しい反応だ。


 試合前に筋肉痛になりそうなほど走るバカなんているかよ。


「はぁっっ、はぁ。ふ〜。はっ、くそ。逆に吹っ切れたわ。なぁ?」

「そう、ですね。わたしも、なんか調子上がってきた気がします」

「だろ?」

「はい!」


 まるで言い聞かせるように吐き出して、二人して笑い合う。

 周りのことなんてもはや気にならなくなっている。

 なんか、美波さんが言うように、むしろコンディションが仕上がってきているんじゃないかとすら思えた。


 身体のウォーミングアップ?

 

 いやいや、結局はメンタルだ。

 そこさえ外さなければ、どんな状態でも100パーセントの実力が発揮される。


「まぁ、なんだ。ありがとな。緊張解れたと思う」


「よかったです。まさとくんならきっと勝てますよ」


 屈託の無い眼差しで美波さんは嬉しいことを言ってくれる。


 でも、どうだろうか。

 いかに100パーセントの実力を出したとて、どこまで食い下がれる?


 よくてベスト4。

 これが限界だ。

 トップ3はあまりに速すぎる。


 単純なスペック差を俺は埋めることができないだろう。


 

 しかし、当人の冷静な分析を知った上なのかは分からないけれど、依然として美波さんの目は光を失わない。


「……本当に俺は勝てるのか?」

「勝ちます」

「美波さんはその……才能があって勝ち方をよく分かってるから言えるんだよ」

「わたしはわたしです。まさとくんも勿論一番にゴールを切ります」

「その一点張りか……」

「当たり前です。だ──、だって、わたしの脳内シュミレーションまさとくんは一度も負けたことがありませんので」

「脳内? なんだそりゃ」


 美波さんは顔を背けつつ「憧れの人が負けるところなんて、想像できませんよ」と漏らすように言った。


「……」


 青空だ。

 俺は一度天を仰いでから、視線をもとに戻す。

 

 美波さんも既に正面を向いていた。

 立ち直りが早くなったな……。


「だけど……まさとくんは少し不安を抱えているみたいなので、120パーセントの力を出せる魔法をかけてあげます」

「魔法?」

「はい。ああっ、でもちょっと恥ずかしいのでここ離れましょう」

 

 ご要望通り、この場を離れ、巨大電光掲示板の裏に移動する。


 すると途端に美波さんはモジモジし始めて、意を決したのか俺の右耳に口を近づけた。


 そして、次の言葉で俺はいろんな意味で覚悟が決まることになった。



「まさとくん、もし優勝できたら──わたしと付き合ってくれませんか?」



♧♧♧♧♧♧



 どっくんどっくんと心臓が鳴り響く。

 スタートの笛が全身を共振させる。

 愚かにも出遅れる。

 一見すると致命的なそれは十分そこそこの戦いにおいて、巻き返す走力があるのであれば丁度いいハンディキャップ。



 ──遠くから甲高い応援が聞こえた。


 

 これこそが本当のスターターピストル。

 弾かれるようにして脚が動き出す。

 サバンナを駆ける肉食獣のように、両脚が軽い。

 一人、また一人とライバルを抜いてゆく。

 誰であろうと追い抜ける。

 それだけのパワーを感じる。


 ああ、やっぱり、走っている間は無心になれる。

 気持ちに素直になれる。

 全開120パーセント。


 最後まで楽しんで走り抜けよう。

 

 たとえこれが、白旗への全力疾走だと分かっていたとしても。

 

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