第11話 雨中を駆ける
「あー、すまん。やっぱ今日の総体一週間延期になったわ。つーわけでもうちょい調整がんばろな!」
先生のすげえ申し訳なさそうな声に同調して、みんなが落胆のお気持ちを全身で表現する。
去年もだったよな、台風。
程度によっては風吹いててもあるけど、流石に警報出てて雨降ってるなら無くなっちゃうか。
色々準備してきたんだけどな。
今日だってシューズやらユニフォームやら、しっかり持ってきてるし、何があっても走れるようにはしてあるんだけど。
ま、仕方ない。
切り替えていこうか。
「ったく、このくらいなら出来るよな、普通」
「学校来てしばらくしての発表だし、運営側も判断が難しかったんだろうな。警報出たのもさっきだから」
幸太郎は不満タラタラ。
俺も本音を言えば最悪な気分だ。
けどまあ、みんな同じ条件だし、やっぱり切り替えられる。
同じ準備をあと一週間やる。
ただそれだけのことだ。
とりあえず今日は学校の原則に従って部活はできない。
午後には放課することが決まったし、今日のところはどーんとオフを取ろうか。
所謂チートデイってやつだ。
放課後。
さっさと荷物を背負って正面玄関の外に出る。
これなら大会開けただろ──とツッコみたくなる程度の台風によるものとはとても思えない雨が降っており、そこら中で相合傘が発生しているクソッタレ。
「羨ましくなんかねえっての」
百円ショップで買った透明の傘を開き、歩き出す。
パラパラと特有の心地よい音を聞きながら駅に向かっていると──パシャっと水が足にかかった。
「……すみません。ちょっと勢い余ってしまいました」
「美波さん」
わざわざ追いついてきたのだろう。
部活のある日以外は、一緒に帰ることは少なかったけれど、今日のところは何やら違うみたいだ。
彼女は傘も持たず、重たい前髪をベシャっと後ろに流し、学校指定の白いスクールシャツなんかもぐっしょり濡れており──
「──っ、早く入って」
「は、はい!」
俺は即座に視線を前に移し、何事もなかった風に振る舞う。
振る舞──おうとしたんだけど、雨で冷たくなった美波さんが肩を寄せてくるものだから、俺の体が反射的に跳ねてしまう。
「み、美波さん!?」
「……ん、どうかしました?」
「いや……」
寒い、からな?
どれだけ肌を密着させてこようとも、気にしてはだめだ。
「……大会残念だったね」
「はい」
「また来週、頑張ろう」
「そう、ですね」
「こういう時に切り替えが大事なんだ。一流アスリートはみんな自己管理が上手い」
「……そう、思います」
ひたすら陸上の話で頭と会話を埋め尽くしていく。
これが最強戦術。
ほら、何も気にならなくなってきた。
でも何だろう。
美波さん、心なしか元気ないような……体も、熱い?
「あの……まさとくん」
「ん?」
「ちょっと、バス停とかで休憩したい、です」
「何でさ」
「……その、体が──熱くて、気分がその……」
雨降ってるし、冷えて体調でも崩したのか。
そこまでして追いついてくる理由なんて、今更考える必要もないか。
「……そんなとこで休憩したら悪化するだろ。ほら、おぶってくから傘持って家まで誘導して」
「え、そんなの……」
「いいから、こんなことで大会出られなくなったら、その……俺が悔しい」
「っ、わ、かりました。お手数かけますがよろしくお願いします」
傘を美波さんに手渡し、しゃがみ込む。
それから背中に美波さんは俺にしがみついて、熱い吐息を耳元で吐く。
「……ふふっ。なんか、こういうのもいいですね」
「……能天気な。しっかり俺に体重を預けてくれよ。美波さんは案内だけよろしく頼む」
「はいっ、じゃあこの先──」
台風の中、小走りで駆け抜ける。
大会は無かったけれど、本番を走るのと同じくらいに息を切らせながらも、やっとの思いで美波さんの家に到達する。
「はぁー……っ。っっっし。着いたー!」
「楽しかったぁ。お疲れ様です!」
「まったくだよ……はしゃぎすぎ」
必死こいて走ってる奴に背負われながら楽しそうにはしゃぎまくれるの何気に凄いな。
まあいいけど、ドラマみたいな体験で新鮮だったし。
よし、この辺りで俺は消えるとするか。
あとは親にでも診てもらって──
「あのぅ……まさとくん。まだ帰らないでもらえますか?」
「……玄関で話すくらいなら」
「いえっ。そうじゃなくて……」
「?」
何を言ってる?
本来なら話もせず、さっさと薬飲んで風呂入って寝た方がいいところだぞ。
わかった。
ここは一つ、陸上部エースたる俺がおせっきょ
「今、誰もいないので……家、上がっていきません?」
────────
「……え、そ、あ」
「ここっ、このままだとわたし、熱上がって倒れちゃいますよ!?」
「っ、あ、はい」
なぜだろうか。
体調を崩している美波さんのひ弱なパワーで手を引かれ、いとも容易く玄関の一線を超えてしまうのだった。
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