第2話 なんでもする
ひと月くらいファイルの中で寝かせた様な年季の入った、しわっしわな用紙だった。
「それ、破り捨てた方がいいですよ」
「きみ、めちゃくちゃ言ってるのわかってる?」
俺は心の中でため息を吐き、ぽりぽりと頭を掻く。
いや、俺に提出されても困るんだよなぁ。
こういうの出すの先生でしょ、ふつう。
うーむ、どうしたものか。
「あー、俺、これから部活行くし。一緒に出しに行こうか」
「へ? 一緒に、ですか……っ!?」
「いやだって、俺に権限なんてないからじゃん」
「ガン見したり胸触ったりしてくるど変態の上に使えないどうしようもないクズなんですね」
「罵倒はやっぱり饒舌だなぁ」
「やっぱり?」
「「んん?」」
はて──と、二人して同じ方向に首を傾げる。
やっぱり、なんて言えるほどに幾度となく顔を合わせたわけじゃないのに……って、なんでまた恥ずかしそうに顔隠してんだよ。
「……俺にできることは何でもやるから。その、なんだ? 俺を変質者呼ばわりするのはやめてくれないか?」
まあ、筋は通さないといけないからな。
野郎どもには、ぜってー後日カラオケ奢らせてやる、逃さねえ。
「……何でも、ですか?」
「ああ、
だって変質者呼ばわりされたくないから。
高校生活はあと2年もあるんだ。
残りを地獄のような日々にはしたくない。
「あっ、もちろん俺にでき」
「付き合ってください」
「??」
????????????????????????
「陸上。手取り足取り教えてください」
「あー。おっけおっけ」
やっべ、一瞬頭がピンクに染まりやがった。
男子高校生の脳味噌チョロすぎだろ。
「いいん、ですか?」
「もちろん、俺は優しくないとだけ先に言っておくけどな」
別に突発的な入部だろうが何だろうが、やる気のある奴なら誰でも構わない。
そうだな、ハートで交信できる奴が好ましい。
その点、三輪さんは──
「やったやった! まさと君と一緒に走れる!!」
大変素敵なリアクションをしてくれるし、百点満点だ。
「ぁ鳴呼ああああああっっっ、死に晒してください!!!」
圧倒的に相応しくない暴言でマイナス50点。
まったく、なんなんだこの人は情緒不安定すぎるだろ。
近くにいるだけで体感気温3度くらい上がってる気がする。
「……遅れちまう。そろそろ行こうか。み、三輪さん?」
「……美波って呼んでください。苗字で呼ばれるの嫌いなんで」
「じ、じゃあ。みなみさんで。これでいい?」
俺がボソボソと呼ぶと、美波さんは長い前髪をサラリと前方に流して顔を隠してしまい、さっさと斜め前方を歩き始めてしまう。
「ん。それがいいです。まさとくん」
母なる慈愛を持って抱きしめるような優しく小さな声は、不思議なほどにスッと俺の耳に入ってきた。
あまりに心地の良い声。
ひょこひょこと前を歩く美波さんもまた、呆れるほどに可愛らしく、これをうっとりと眺めている俺の顔は悍ましいほどに気色悪いだろう。
そう、多分きっと──
「20分遅刻や、正人。盛大に鼻ん下伸ばしとる理由聞かせてもらおか?」
「……すみません、道に迷ったんです。そんなことより先生」
「サラッと流すな。まぁ……ええ」
遅刻の禊(千メートル走)はもう既定路線として。
先生は俺が手に持っている『入部届』を一瞥した後、俺の隣──誰もいない場所に視線を移した。
「そんで、さっきまでおった、どえらいべっぴんさんはどうした?」
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