[3] 珈琲
あてどなく街をうろついて気づいたことが2つあって、1つはやっぱり真っ黒ローブ1枚きりというこの格好は目立つということで、それはすれ違う人がちらちらこちらを見てくることからわかった。もう1つはカフェの前を通るとコーヒーの香ばしい匂いが漂ってきて私はお腹がすいているということだった。
実のところ私は別段、食事をとる必要はない。周囲から適当に生命エネルギーを吸い取ればそれで活動してくのに十分足りる。何も食事というのはエネルギーの摂取のためだけに行われるものではないのである。余裕があればそこにいつも楽しみが介在してくる。
ちなみにそうやって生命エネルギーを吸いつくせば対象を殺すことはできるだろうがそうしたときどんなふうに死ぬのかいまいちわからないし、他の手段で殺した方が楽ちんなので特に好んでその方法を使うことはない。
話戻ってカフェ。カフェに行きたいと思ったが問題があってまずこの格好では入れてもらえない可能性があること、それからお金をまったく持っていないこと。暴力によって奪えるものと奪えないものがあって、人の心からのサービスというのを暴力で奪うのはなかなか手間がかかってしまうのだ。
古着屋を見つけてふらりと入れば店員が現れたのでパンと手を叩いて圧縮する。あとには指先でつまめるほどの肉の塊が落ちているだけだ。空間を限定して生命反応を探査すればどうやらこの店には他に店員も客もいないらしい。のんびり服を選ぶとしよう。
「ねーねー、私もカフェでいっしょにお茶飲んでもいいかな?」
「いいですけど姿現すならもうちょっと普通の格好でお願いしますね」
「おっけー。だいじょうぶだいじょうぶ」
そんなわけで私と悪魔さんは2人して適当におしゃれな服をみつくろうことになった。300年前とはいろいろ違っているようで何がどういうものでどういいんだかよくわからない。なんとなくさっき見た通りを歩いていた人たちの衣服を思い出しながら適当に選んでいった。
私は白いブラウスに青いロングスカートと清楚なイメージでまとめる。黒系は闇魔法でいくらでも飽きるほど生成できるのだかからこんな時に身にまとう気にはなれない。服を変えただけなのに心が軽やかになった。着た後で血の色が目立つかもなと気づいたけど、まあ気をつけて殺せばいいだろう。
悪魔さんは派手派手だ。前を大きく開いた赤いトップスに黒のミニスカートから長い足がのぞく。きわめて煽情的な格好だけれども普段よりはだいぶましだ。目立つことは目立つだろうけどぎりぎり常識の範囲内というところにおさまってくれてるんじゃないかと思う。希望的観測。
ついでにお金をもらっていく。死んでしまって使いようがないのだから私が有効に使ってあげるのはお金のためになることだ。いやまあそんな理屈はどうでもいいんだけど。ちょうど必要なものがそこにあったからもらったというただそれだけの話である。
オープンテラスに座って影が長くなるのをのんびりと眺めていた。行き交う人々はそこでコーヒーを飲む私になんら関心を払うことなくいつの世も人間は変わらないのだと安心する。あるいはあきらめの感情を覚える。お菓子は甘さが少しだけ控えめになった気がする、勘違いかもしれない。
「あなたってわりと雑に人を殺すのね」
「なんというか、わりとどうでもいいなって思ってて」
「どうでもいい?」
「積極的に殺したいとは思ってないんですが邪魔なら殺しちゃってもいいかなって感覚なんだと思います」
「そうなんだー」言いながら悪魔さんは意味ありげににやりと笑った。
多分私は人間としてはすでに壊れている。けれどもそれがいつどこで誰のせいで壊れたのかははっきりしない。生贄に選ばれた時なのか、四肢を切断された時なのか、生き埋めにされた時なのか、地中にて死を思った時なのか、闇の力を手に入れた時なのか、あるいは――?
割れた石畳に影が差してそこから緑色をした草がひょっこりを顔を出す。思索が唐突に打ち切られる。その光景を私は見たことがあった。両腕に手錠をはめられうつむきながらそれを見たことを私は覚えている。どこか遠くから鎖のこすれる音が聞こえてきた。
今はもう遠い記憶。実際にそれがあったのかすら定かでない、そんな記憶。
通りがかったウェイターにこの街の名を尋ねる。変なことを聞く客だとでも思ったのだろう、彼は一瞬眉をひそめると私の求める答えを与えてくれた。
感謝の気持ちを込めて私はその男を丁寧に殺してやる。苦しみは長引くことになるだろう、けれども彼がここにいたという証ははっきりと残る。そんな風に殺してあげる。
私はこの街の名を知っていた。
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