[2] 人間

 300年もたてば親類も友人もそれから私を生き埋めにした連中も間違いなく全部死んでいる。それらの子孫があるかもしれないが絶えているかわからなくなっているものがほとんどだろう。いちいちそれらを辿るにも努力を有する。それだけの時間が流れていた。

 いやほんともっと早くに声かけてくれたらよかったのに。

 やることを何も思いつかなかったので私はぷらぷら歩き出すことにした。歩いていれば頭がはたらく、何か目的の1つでも考えつこうというものだ。

 ちなみに悪魔さんはふよふよ飛びながら私の隣をついてきている。よくわからない状況に投げ出されてまるで道連れがいないというのも心細い話だからありがたい。まあそのよくわからない状況に投げ出してくれたのが彼女なんだけれどもそれはさておき。

 そうだ、人間だ、人間に会おう。

 私はこれでもまだ人間である。少なくともそうであるという自覚がある。悪魔になったつもりもないし。だったら300年たって我が同胞がどうなったんだか少し興味のあるところだ。まあ300年ぽっちじゃあまり変わってないだろうけど。

 闇魔法を広範囲に展開して人間の生命を探知する。見つけた。北東に多数の人間らしきものたちの生命反応を確認。この規模なら街でもあるんだろう。

 歩き出した方向とさほど変わらない方向でよかった。例えばそれが正反対だったとしたらなんだかすごく損をした気分になってたから。そのあたりの感覚は私は私でやはり変わってない。

「街に行きます」なんとなく私はそう宣言した。

「おっけー。私のことは気にしなくていいよ。基本的にあなた以外には認識できないし」

「そうなんですか、助かります」

 自分で言ってて何が助かりますなのかよくわからないけどそう言った。社交辞令のようなものか。

 黒のローブを生成する。正確にはその代替品。私の魔力で生成されたもの。ちゃんと目でも手でも確かめられる代物。正規品と何が違うかと言えば、魔力が途絶えれば消えるということ。手足と同じ。

 いい点は自由に硬さや形を変えらえることで悪い点は常に魔力を消費しなくちゃいけないことか。といっても微々たるもので気にするほどではないけれど。色が黒に限定されるのも悪い点に数えられるな。おしゃれじゃない。

 荒野をてくてく歩いていれば悪魔さんが聞いてきた。「飛ばないの?」

「飛びません。手足の扱いに慣れときたいので。あと私が覚えてる頃と世界がどう変わったのか見ておきたくて」

「そっかー。それで何か変わってたのー?」

「ここらへんて昔は森だったと思うんですよねー。そんなような記憶があるんです。何かあったんでしょうかー」

「知らなーい。人間のやってるちまちましたことに興味ないもーん」

 口には出さなかったけれどただ歩く、そんな小さなことでも私にはすごく楽しいことに思えていた。

 一度すべてをあきらめたはずだったからか、それとも300年ほど何もやってなかったからなのか、何が原因かは知らないけどとにかく心が弾んでいた。

 歌でも歌いたい気分。実際に歌わないのはこんな時にちょうどいい歌が思いつかなかったからという理由にすぎない。

 ほどなく街道に出くわしてそのまま道なりに歩いて行けば遠くに城壁が見えてきた。知ってるような知らないような街。そもそも知らないのか忘れただけなのかはっきりしない街。

 わざわざあんな高い壁を作っていったい何を守るというのだろうか? おかしくなって私は笑う。

 悪魔さんはそんな私を見て不思議そうにしている。けれども何がおかしいのかうまく説明できそうになかったので私は黙っておいた。

 門がある。そして門番が立っていた。2人。槍を構えている。儀礼的でない、実用的なもの。

 1人が私に立ち止まるように言った。当然だ。街の外からやってきた顔も知らない女の子、それも1人、かっこうも黒づくめ、あやしいことこの上ない。彼らはちゃんと仕事をしている。優秀な門番だ。

 ただ残念ながら賢くはない。勝てない相手にむやみにかかわるのは愚かしい。私は右手を胸の前あたりにあげるとくるりと回転させた。それにあわせて私を止めた男の首がくるりと捻じれた。

 大成功。はじめてやったけど案外簡単にできるものである。

 もう1人は驚きのあまり固まっている。理解できない状況に直面すれば人間そんなものだろう。多分彼はそれを私がやったということすらわかっていない。

 話をしても無駄だろうからそのもう1人の首も軽くひねっておいた。城壁の外に死体が2つ転がる。

 燃やしておくのがいいだろう。死体が残っていなければその分、発覚は遅れるというものだ。

 街ひとつを敵に回しても勝つ自信は存分にある。けれどもこの程度の非常に簡単な後処理を面倒に思うこともない。燃え盛る黒い炎はほんの少しの消炭だけを残して消えた。

 誰もいない門をくぐっていく。わくわくする。初めて大きな街に買い物に出かけた日のことを私はなんとなく思い出していた。

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