第7話八神くんの憂鬱

気温が下がり冷え込み始めた十一月中旬のある日の昼下がり、バイトが休みの草野は団地の公園で缶コーヒーを飲みながら過ごしていた。

「ふーっ、コーヒーはやっぱり微糖だよな」

『何を言うてはるの?コーヒーといったら、そらもちろんブラックですわ。』

ガマガエルがコーヒーを飲んでいることに驚きを感じている方もいるだろうが、ガマ座衛門はこう見えてコーヒー党である。コーヒーを知る前は抹茶が好きだったが、味を知ってからはコーヒーがすっかりハマってしまった。

「まあ、それにしても退屈だな・・・。田所たちは学校だし、今日バイトは休みだし、競馬場は改築中でしばらく閉鎖・・・。本当に嫌になるぜ」

『ええやないか、これを機に本気でギャンブルを止めることを考えたらええ。』

「おいおい、潤平みたいなこと言うなよ。」

『そんなこと言うてたらアカン、これを機に何かやりたいことを見つけてみよか。ギャンブルなんかクソつまんねぇぐらい思えるものをよ。』

そんなもの見つかるわけねぇよ・・・。

草野はそう思いながら、缶コーヒーを飲み干した。

草野がふと視線を前に向けると、女子高校生が目の前を通りすぎようとしている。そしてその近くにハンカチが落ちていた。

「あっ、もしかして・・・」

草野は急いでハンカチを拾うと、急いで女子高生のところへ向かった。

「ねぇ、このハンカチって君のかな?」

「あっ、そうです。拾ってくれてありがとうございます。」

草野が女子高生の顔を見ると、どこか見覚えがあった。

「あの、この前は助けてくれてありがとうございました。」

「この前・・・あぁ!あの時の!」

草野は合点がいった、ついこないだ男子高校生たちに絡まれていたところを助けたことがあった。女子高生はその時の少女だったのだ。

「あの時はお礼も言わずに叫んでしまい、申し訳ございませんでした。いつか謝ろうと思っていたのですが・・・」

「そんなの気にするなよ、もうあいつらに絡まれることはないからよ。」

草野の言うとおり、例の三人は草野とガマ座衛門にお仕置きされてから、すっかり悪事をやらなくなった。

あの三人は幻に絶叫したまま気を失い、結局午後九時に帰ってきてないことに気づいた親の通報で駆けつけた警察官によって発見された。三人は草野とガマ座衛門が悪いと警察に言ったが、まともに取り合ってもらえず、それどころかこれまでの悪事がバラされてしまい、親と警察から大目玉を喰らったそうだ。

「ありがとうございました、それでは失礼しました。」

「あの、お名前は?」

八神七美子やがみななみこといいます。」

礼儀正しく頭を下げると、七美子は去っていった。

「八神・・・、あいつに姉がいたなんてな」

『ああ、誠太郎はんのことか。あいつに似てて礼儀正しいなぁ。草野も見習った方がええで』

ガマ座衛門がクスクスしたので、草野は腐った。









二日後、草野はバイトからの帰り道で団地の公園に立ち寄った。いつもの田所くんと亜野くんと笠松くんと八神くんが、サッカーをしているところだった。

「おーい、元気か?」

「あっ、草野さんだ!」

「お菓子買ってきたぞ、みんなで食べるか?」

草野がコンビニの袋を上にかかげると、四人は草野のところに向かって走ってきた。

「草野さん、こんにちわ!」

「こんにちわ、さぁ好きなの持っていきな」

草野と子どもたちは、ベンチに座ってお菓子を食べ始めた。少し経つと、八神くんが口を開いた。

「ねぇ、今日草野さんの家に泊まっていってもいい?」

「ブーーッ・・・ええっ!?」

まさか八神くんからこんなお願いをされるとは思わなかった草野は、思わず吹き出して目を剥いて驚いた。

「いや・・・おれはいいけどよ。一応、親の許可が無いと泊められないよ・・・。」

「母さんにはぼくから連絡するよ。」

八神くんはスマホを取り出して、母親に連絡した。その間、草野くんは小さな声で三人に八神くんのことについて聞いてみた。

「なぁ、八神くんに何かあったのか?」

「うーん、オレたちも少し変だなって思っているんだ。なんか無理して笑っているというか・・・」

「ふと見ると、悲しそうな表情をしていたりとか。」

「そういえば、塾を辞めたって言っていたよ。」

「え?塾を辞めたのか?」

「うん、むしろ今までは自主勉していたけど最近はオレたちとよく遊ぶようになった。」

そして八神くんが草野に言った。

「お母さんが後で着替えを持っていくって、泊めていいって許可もらったよ。」

「そうか、父親はどうなんだ?」

すると八神くんの表情に陰りが見えた。

「父親のことはいいよ、母さんが上手く言いくるめてくれるから。」

「そうか、それなら大丈夫だ。」

そして草野さんは、この後午後五時のチャイムが鳴るまで子どもたちと遊ぶのだった。







午後六時、草野は珍しく近所にあるスーパーマーケットに来ていた。八神くんと食べる夜ご飯の材料を買いに来たのだ。

草野は八神くんを買い物に誘おうとしたが、「一人で留守番できるし、誰かの買い物についていく方が子どもみたいでイヤだ」ということで、留守番させている。

草野が野菜コーナーを眺めていると、ガマ座衛門が言った。

『なぁ、草野はん。チャーハン作るなら、そうこだわらなくてもええんちゃうか?向こうに冷凍チャーハンあるし』

「それはイヤだ、せっかく泊まりに来たんだから手作りでもてなししないと、失礼だろ?」

『草野はん、すっかり張り切っておるなぁ』

材料の買い出しを終えた草野は、会計を済ませてスーパーマーケットを出た。

すると入れ違いで詩織ちゃんがやってきた。

「あ、草野さん。こんにちわ」

「よぉ、詩織ちゃん。お使いかい?」

「はい、塩と胡椒を買いに」

「ところで、八神くんの様子はどうだ?最近変なこととかないか?」

「どうしてそんなこと聞くの?」

「田所たちが言うんだよ、最近八神くんが変わったって。」

「ああ・・・、そういえば水澤ちゃんもそんなこと言っていたよ。八神くん、最近よく遊ぶようになったって」

「そうか・・・、見かけは明るくなったように見えるけど、なんか心配になるな・・」

草野さんと詩織ちゃんは、八神くんのことが心配になった。

その後詩織ちゃんと別れた草野さんは、家に帰ってきた。部屋の中では八神くんが一人で宿題をしていた。

「八神、これから飯作るから待っていろよ」

「うん、ありがとう。」

そして草野はチャーハンを作って、二つの皿に盛ってテーブルに並べた。

「うわぁ、なんかいい匂いがするチャーハンだ。」

そしてチャーハンを食べようとしたとき、インターホンが鳴った。

草野が玄関に出ると、八神くんの母親が着替えの入った袋を持ってきた。

「すみませんが、誠太郎を一日よろしくお願いします。もし何かあったら、ここにかけてください。病院に行かせることになったら、この保険証を使ってください。」

八神くんの母親は電話番号のかかれたメモと八神くんの保険証を草野に渡した、よほど準備がいいらしい。

「母さん、ぼく病気にならないから心配しないでよ・・」

八神くんが部屋のドア越しに恥ずかしそうに喋っているのが聞こえた。

「念のためよ、それではまたね」

「あの、ちょっといいですか?」

「ええ、何でしょう?」

草野は八神くんに、「先に食べてていいぞ」と言っておいてから団地の外で母親と話した。

「八神くんが俺ん家に泊まることを、あなたは知っているのか?」

「はい、十日前にあたしにだけ話しました。あなたには誠太郎からお願いすると聞いていたので。」

「最近、八神くんのことについて変わったこととかありませんか?」

「え?八神くん、どこか変ですか?」

「いえいえ、なんというかよく遊ぶようになったんです。塾を辞めたとも聞いていますが、何かご存知ありませんか?」

母親は少し考えると、草野に話した。

「たぶん・・・、お姉ちゃんのことね」

「お姉ちゃん?」

「ええ、血が繋がってなくて正しくは義理の姉です。七美子といいます」

「七美子・・・」

草野は覚えがあった、あの女子高生だ。

「七美子は夫の親戚の娘で、わたしも何回か会ったことがあるのですが、とても礼儀正しい娘です。ですが二ヶ月前に両親を交通事故で亡くしてしまい、両親の法事の時に夫が家に連れてくることを決めたのです。あたしに相談もしないで・・・」

「あの親父が・・・!?」

草野は驚いた。あの八神くんを徹底的に監視して勉強に縛りつけた親父が、七美子を連れてくるなんて一体・・・?

驚く草野に母親はくちびるを歪めながら言った。

「夫はもう、誠太郎を完全に見放したんです。今まで従順だったのに、草野さんの影響を受けて言うこと聞かなくなってしまったから、七美子に目移りしたのでしょう。あの子、来年は大学受験だしね、将来を期待しやすいのよ・・・。」

「そうか、それで八神くんは寂しさを紛らわすために・・・」

「もう、あの子も夫のことを諦めているんです。今までのこともありますが、何よりもう自分には関心がないことを理解しているのです。」

「それで、七美子さんは今も家に?」

「はい、夫が勉強を見ていることでしょう。正直、彼女には悪いけど七美子を家から追い出したいのですが、彼女に行く当てがないと思うと追い出せません・・・」

それは辛いなぁ・・・、草野は心の中で呟いた。

「それではこれで失礼します、あの子のことをよろしくお願いします」

「おう、任せておけ。それじゃあ、お休み」

母親を見送った草野は、八神くんのところへ戻ってきた。八神は草野が来るのを待っていたようで、皿のチャーハンがすっかり冷めていた。

「草野さん、遅いじゃないか」

「おう、悪かったな。それじゃあ、食べよう」

「温めるから、電子レンジ借りていい?」

素っ気ない口調の八神くんに、草野は怒らせてしまったと反省した。






翌日、自分より先に起きていた八神くんはトーストと目玉焼きを作ってくれた。

「お前、料理もできるのか・・・」

「ええ、簡単なものだけですが」

まさか子どもに朝ごはんを作ってもらうことになるとは思わなかった草野は舌を巻いた。

朝食を食べていると、八神くんは草野に質問した。

「ねぇ、昨日母さんと何を話していたの?」

急な質問に草野はむせてしまった、牛乳を飲むと八神に言った。

「あぁ、昨日か・・・。お前の様子が変だということについて話していたんだ。」

「ぼく、そんなに変かな?」

「まぁ、お前は変じゃないと思っていても、周りは変だと思うさ。お前、家に来た七美子さんのことについて悩んでいるんだろ?」

草野が問いかけると、八神くんは十秒間黙り込んだ。そしておもむろに言った。

「やっぱり、草野さんに隠し事はできないや・・・」

「それで、七美子さんのことどう思っているんだ?親父を取られたみたいで、気に入らないか?」

「・・・複雑かな。七美子さんが来た時は、父さんはぼくのこと無視していたから、最初は七美子さんのこと許せなかった。だけど父さんは七美子さんにも、かつてぼくがされていたことと同じことをした。七美子さんは平然と父さんのいうことを聞いていた。それがあの時の自分と似ていて、今は心配しているよ。」

「そうか、父さんと母さんの仲は大丈夫なのか?」

「大喧嘩はしないけど、仲は悪くなった。こういうの冷戦状態っていうのかな、そんな感じ。七美子さんを勝手に家に連れてきたのもあるけど、父さんはぼくの学費貯金を七美子の学費貯金にしようとしているんだ。」

「は?お前の金を七美子さんのものにしようとしているのか?」

「うん、部屋で勉強している時にそんな話を聞いたんだ。その時は珍しく言い争っていたから、内容がよく聞こえたよ。」

「完全にお前を無視しているな・・・」

「もう嫌だよ・・・、家にいるのが。何にもないのにどこか冷たくて、ピリピリしてて安心できないんだ。こんなの嫌だよ・・・」

八神くんは身を震わせながら言った。

「・・わかった、またここに来たくなったらいつでも来いよ。今度は母さんに許可とらなくてもいいからな」

「ありがとう、草野さんはいい人だ・・」

八神くんは涙を一滴目からこぼした。








学校が終わって下校の時間、草野と八神は木ノ下のところを訪ねた。インターホンを押すと、すぐに木ノ下は出てきた。

「なんだ、宅急便じゃなくて草野か。ところで、その子はだれなんだ?」

木ノ下は八神くんに視線を向けた。

「紹介するよ、この子が八神くんだ」

「ああ、前に言っていた子だね。ぼくは木ノ下だよ、よろしくね!」

教育テレビのキャラクターみたいに言う木ノ下、八神くんは少し嫌そうな顔をした。

「子どもじゃないから、普通にあいさつしてください」

「ああっ、ゴメンゴメン・・・!」

そして草野と八神は部屋に上がると、相談の内容を打ち明けた。

「なるほど・・・、君のお父さんが酷いとは聴いていたけど、ここまでとはねぇ・・・」

「そうなんです。そこでどうにか七美子さんや母さんが、お父さんと仲良く暮らせるようにしたいんです。正直、家の中にいるのが心苦しいんだ・・・」

八神くんを立派な大人にするために勉強に縛りつけ徹底的に監視して、自由を奪っていた八神くんの父親。それでも八神くんは父親と一緒にいたいと思っている。もし八神くんと同い年のころの自分なら、絶対にこうは思わないと草野は思った。

「八神くんは本当にできた子どもだ・・、大人のオレですら敵わないところがある。こんな立派な子どもが苦しんでいるのは、見ていられないんだ。だから、力を貸してくれ!」

草野は頭を下げて、木ノ下にお願いした。木ノ下は腕を組みながら、苦々しい表情で言った。

「気持ちは解るけどよ・・・、こればかりはもう八神くんと草野とぼくの問題じゃないんだよね・・」

「なんだと!?八神くんの頼みが聞けないというよかよ!!?」

草野が木ノ下にくってかかった。

「そういうわけじゃない!これはぼくたちでは、どうしようもないことなんだ。このまま冷戦状態で家族生活を続けるか、それが嫌なら八神くんが逃げるしかない。」

「それしかないのか・・・」

草野は項垂れてしまった・・・。

「あの、ぼくはなんとか家族が仲良く暮すようにしたい。その方法があれば、どうか教えて下さい。」

「うーん・・・まずは君の意見を伝えることだね、ハッキリと真剣に。それでどうしようもなければ、ぼくが君の居場所を教えるよ。」

「ぼくの居場所・・・?」

「町の児童館に「放課後クラブ」というのがあって、みんなで遊んだり勉強したりするんだ。入会には親の承諾が必要だけど、もし入りたいなら自分から親に言ってみるといいよ。」

「ありがとうございます、母さんに相談してみるよ」

するとインターホンが鳴った、木ノ下が出ると慌てた様子の田所と七美子がいた。

「田所!七美子さん!一体、どうしたんだ?」

草野が慌てて来て二人に質問した。

「草野さん、八神くん知らない?」

「おーい、呼ばれているぞ!」

「どうしたの、田所くん?」

「お母さんが病院に運ばれたんだ!すぐに来て!!」

「母さんが・・・!?」

「それは大変だ、私の車に乗って!」

八神と七美子は木ノ下の運転する車に乗って、病院へと向かった。









数時間後、八神くんは草野のところを尋ねた。洗濯物と保険証を取りに来たのだ。

「昨日はどうもありがとうございました。」

「いいって、それで母ちゃんは大丈夫か?」

「うん、右足を骨折しただけみたい。今は家にいるよ」

「なんで骨折したんだ?」

「父さんと言い争いをして、激昂した父さんに突き飛ばされたみたい・・・。それでぶつけたところが悪かったみたい」

「あの親父か・・・、それで親父は母さんに謝ったんか?」

「ううん、それどころかあの日父さんは、病院にも連れてってくれなかったんだ。七美子さんが病院に通報してくれたみたいだけど」

「親父が母さんを突き飛ばしたんだよな、警察は来たんか?」

「一応来たけど、夫婦の事にはあまり関わらないみたいで、父さんに厳重注意して帰っていったよ。」

「民事不介入か・・。ところでお前、買い物してるのか?」

「うん、母さんの骨折がまだ治ってないからね。この後、夜ごはん作らないと。それじゃあね!」

「おぅ、またな」

八神くんは重そうな買い物袋を持って、去っていった。

「あいつ、なんだか不憫になってきたぜ。」

『そうだな、メチャクチャな父親の期待に応えようと勉強にとりくんでいたのに、その父親がよそから娘を連れてきて、そいつに期待して、息子はほったらかしとは・・』

「なぁ、八神くんからあのクソ親父を引き離せないかな?」

草野はガマ座衛門に相談してみた。

『うーん、引き離すにしろ何か理由がなければなぁ・・。いきなりワシと草野で押しかけても、かえって事態がややこしくなってしまう・・。』

草野は打つ手なしともどかしくなり、歯ぎしりしながら右手を強くにぎった。










それから数日が経ち、十二月の初めを迎えた。すっかり冬の空気になり、町のショッピングモール・レストラン・ケーキ屋などは、クリスマスシーズンを迎え繁忙の日々を送っていた。

草野はいつもの三人と、団地の公園で団らんに花をさかせていた。

「そういえば、田所くんってクリスマスプレゼントどうする?」

「今年は、神速のシューズをお願いするつもりだよ。デザインがかっこよくて好きなんだ。」

「亜野くんは?」

「オレはニンテンドースイッチかな、買ってもらったら田所と草野さんを呼んで遊びたいぜ。」

「それはいいな!」

「おいおい、おれを忘れないでよ〜」

「悪い悪い、ところで笠松くんは?」

「オレは一日回転寿司食べ放題!!」

「お前、美味いもの好きだよな。もうちょっと、別のプレゼントを頼んでみたら?例えばかっこいい服とか、新しいゲームとかさ」

「え〜、オレはとにかく食べるのが好きなんだよ〜」

みんなで話していると、慌てた様子で走っている七美子さんを見かけた。

ただならぬ様子に草野が気づいて声をかける。

「おーい、七美子さーん!」

「あっ、あなたは草野さん!あのっ、誠太郎くんを見ませんでしたか?」

「いや、見てないぜ。お前らはどうだ?」

草野は三人に聞いてみたが、三人とも首を横にふった。

「今日は見てないよ?」

「七美子さん、何かあったのか?」

七美子さんは少しうつむきながら言った。

「八神くんが、家出してしまったんです・・」

「ええっ!?それマジか!?」

「はい、家出の理由は両親の離婚話です・・」

草野はやはりと思った、何も知らない三人はおどろいている。

「ええっ!?八神くんの両親が離婚だって・・」

「そんなに仲が悪かったのか・・?」

「おい、めったなこと言うな。それで、離婚するきっかけはなんだ?」

草野がたずねると、七美子さんは静かに話し出した。

「実は、父があたしの高校進学の費用にするために、母が貯めていた貯金の口座のお金を自分の口座に振替させたんです。」

「えっ、振替ってなに?」

「えっと・・、なんだっけな・・?」

「草野さんも知らないの!?」

「悪い、オレにはわからない。だけどその振替をしたことが、離婚の理由になっているんだな?」

「ええ、八神家のお金の管理は父がしていたんです。それでとにかくあたしの進学費用を手に入れることに、躍起になって・・。親戚の方が毎月十万円送ってくれるのですが、そのお金も父が進学費用にするために預かっているのです。」

「八神の親父は、そんなに七美子さんの進学費用が大事なのかよ!?」

草野は信じられないと大声で言った、それに対して七美子さんは力なくうなづく。

「両親がケンカしたとき、八神くんが二人の間に入って止めようとしたんです。いくら七美子さんのためでも母さんのお金を勝手に使うのは間違っているって、母さんにお金を返してって大声で言ったの。」

「おぉ、すごいな・・・」

「でも、父が『お前はおれの子どもじゃない、七美子がおれの子どもなんだ。』って言ったの。」

草野は話を聞いて少し固まった・・、そして怒りに震えた・・。いくら反抗期の子どもでも、それだけは親が子どもに言ってはいけない言葉だ。

「あのクソ親父が・・、あいつ家にいるのか?」

「えぇ、母はあたしと一緒に誠太郎くんを探しに行っているので・・・」

「ガマ座衛門、殴り込みに行くぞ・・!」

『ちょ、今から行くんかいな。それはあきまへんで、草野はん!』

「なんでだよ、あのクソ親父許せねぇだろ?」

『そうやけど、そないなことしたらあんたが警察に捕まるだけやないか。それにまずは八神くんを捜さんと』

もっともなことを言うガマ座衛門、草野は冷静になった。

「そうだな・・、とりあえず捜しに行こう!」

「ぼくたちも捜すの手伝うよ!」

田所くんが言うと、亜野くんも笠松くんもうなづいた。

「よし、八神くんを見つけるぞ!」

こうして四人は八神くんを捜し回った。








時刻は五時を過ぎはじめ、空は夜になりかけていた。

「おーい、そっちいたか!?」

「ううん、いない・・」

近所を駆け回る草野と三人の子どもたちと七美子さん、しかし八神くんの姿は見つからない。

「もう暗くなるから、お前らは家に帰ってろ。」

草野は三人に言った。

「でも、八神くんが心配だし・・」

「八神くんはおれが見つけてやる、それよりお前らがおそくまでいる方が、親に迷惑をかけるぞ。」

「そうだね、草野さんの言うとおりだよ。」

「じゃあ、帰るとするか・・」

「草野さん、八神くんのことよろしくね」

そして三人は家へ帰っていった、それから八神くんを捜したが彼は見つからない。

「まさか、事故か誘拐にあってないだろうな・・」

草野の頭に悪い予感が浮かんだ時、近くから七美子さんの『離して!』という叫び声が聞こえた。

「まさか・・・!」

草野が声のする方へ向かうと、七美子さんを引きずるように連れていく八神くんの父親がいた。

「さぁ、勉強の時間だ!」

「でも、誠太郎くんが・・」

「あんな奴はほっとけばいい!とっとと来い!」

「おい、ちょっと待て!」

草野が大声で呼ぶと、八神くんの父親が草野の方を見た。

「お前はニートの草野・・・、一体何の用だ?こっちは時間が惜しいんだ。」

「お前、八神くんのこと『自分の子どもじゃない』とか言ったそうだな?」

八神くんの父親は七美子を一瞥すると、すぐに草野の方を見て開き直る口調で言った。

「ああ、そうだよ。今、私の子どもは七美子だけだからな。」

「言うことが聞けなければ、子どもじゃないということか?」

「そうだ、子どもなんて案外替えが効くもんだな。」

「てめぇ、性根が腐ってやがる・・!」

草野は頭に血が上り、野犬のように歯をむき出しにしてにらんだ。

「ハッ、勝手にそう思っていろ。そうだ、お前誠太郎に好かれていたよな?」

突然、八神くんの父親が何かひらめいた。

「それがどうしたってんだ・・?」

「お前に誠太郎の面倒を見てもらうというのはどうだ?もちろん、金は出す。バイトなんかしてるよりも、その方がいいだろ?」

「ふざけんな!!そういう問題じゃねぇ!!」

草野はキレだした。

「八神はなぁ・・・、例えお前に勉強を押しつけられても、厳しい命令をされてきても、あんたの勝手な思い込みで迷惑をかけようともなぁ、あんたの望み通りになるためにがんばってきたんだ。もしオレが八神くんなら、あんたとなんかとっくに口を聞かなくなっているぜ・・。」

「何を言っているのか知らんが、先にあのバカが私に反抗したんだぞ!それを忘れたのか?」

「反抗?あれは八神くんの気持ちを勇気を出して正直に伝えたものだ!お前はまだ、それを反抗だと思っているのか!?」

「ああ、そうだとも!私に従えばいい!それ以外は認めん!」

八神くんの父親は鼻息を力強く吐いた、草野はもう何を言っても無理だと悟った。

「よーくわかったよ・・・、もうお前には八神くんの声はとどかないんだな。それじゃあこっちにも考えがある。」

「考えとは一体どういう意味だ?」

「さぁな?せいぜいその最低な硬い頭で考えるんだな。」

そして草野は七美子さんに言った。

「草野は必ず見つける、だから安心してほしい・・」

七美子さんはうなずいた、そして草野は八神くんを見つけるために走り出した。









時刻はもう午後八時を過ぎた、しかし八神くんは見つからない。

「くそっ、八神くんが見つからねぇ!」

『草野はん、これは交番に言って知らせた方がいいかもしれまへんで。』

「いや、警察はアテにならん。おれだけで八神くんを見つけてやる!」

すると道の向こうから松田さんの声が聞こえてきた。

「おーい、草野さーん!」

「あっ、松田さん。どうしたんですか?」

「今から家へ帰るとこだ、あんたは何してるんだ?」

「オレは八神くんを捜しているんだ、そういえば見なかったか?小学生の男子だが・・」

「あぁ、小学生の男子ならさっき会ったぞ。一人ぼっちでいて、どうしたんだって声かけたら、母親を待っているって言っていたぞ。」

「それでどっちにいた?」

「あっちの方じゃったなぁ」

草野は松田さんにお辞儀をすると、大急ぎで走り出した。

そして5分走ったところで見たのは、電柱に背中をもたれて立っている、哀しそうな顔をした八神くんの姿だった・・。






































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