第5話ガマ座衛門とイモリ屋丞

夏祭りが終わって、またいつもの日常が始まったころ。草野は普段通りポーク・ホープでアルバイトをしていた。

「いらっしゃいませ!」

「ソーセージ200グラム三つお願い!」

「あいよ!」

夏祭りが終わってから、ポーク・ホープのフランクフルトやウインナーが近所で話題になり、それを目当てにお客がやってくるようになった。おかげでポーク・ホープは、今までにない大繁盛した。

休憩時間になり、草野は店のバックヤードでお弁当を食べた。

『草野さん、なんか手作りが増えたな。』

「まあ、自分の食べたい弁当を作るのも悪くないかなって思ってさ。」

バイト以前は自分のご飯は、コンビニか近所に暮らす兄からお裾分けしてもらっていた。しかしポーク・ホープでフランクフルト作りにハマったことで、それらを使った料理に挑戦したいという思いに芽生え、今やこうして手作り料理にはげんでいるのだ。

『ワシにも一口いいか?』

「おお、いいぜ」

草野はガマ座衛門に自ら作った弁当を食べさせた。

『うん、おいしい。草野が作ったとは信じられん。お前、ひょっとして草野じゃないな?』

「おいおい、何言っているんだよ!冗談がキツいぜ・・・」

『まあ、これなら将来お前が結婚しても大丈夫だな。』

「結婚したいけどよ、相手がいないんだよな・・・。」

『そもそも、お前は結婚してみたい相手とはいえないからな・・・』

「なんだと〜ガマ座衛門!!」

草野は怒ってガマ座衛門の頭に拳をねじ込ませた。

『イテテ・・・、それにしても相変わらず暑い日が続くな〜』

「まぁ、夏だからな・・・」

『草野、お前の部屋にもエアコンというものを入れてくれんか?』

草野の住んでいる団地の部屋にはエアコンがなく、草野もガマ座衛門も昼夜問わず暑さに苦しんでいる。

「贅沢言うなよ、余計に暑くなるじゃないか・・・」

『それかワシ一人が入れる小さな池みたいな場所があれば・・・』

「お前だけ涼しくしてどうすんだよ?」

『とにかく、夏が終わるまで待つしかないということか・・・』

ガマ座衛門は照りつける太陽を見ながら、気が遠くなるような気持ちでいた。








アルバイトを終えて団地に帰宅するために歩く草野、その道中に大きな家がある。おそらく二世帯住宅なのだろうか、二階建ての白い壁の大きな家だ。しかし今はあちこちにコケが生えて、白い壁も塗装がハゲてボロボロになっている。

「相変わらず大きな家だな・・・。おれもいつかあんな家を建てて、のんびり暮らしたいな・・・」

なんて草野が呟いていると、家の中から子どもの悲鳴が聞こえた。

「ギャーッ!!」

そして家から四人の子どもが飛び出してきた!

「おいおい、お前らどうしたんだよ!?」

草野は子どもたちを呼び止めて話を聞こうとしたが、子どもたちは草野が見えていないのかそのまま叫びながら走り去った。

その直後、ガマ座衛門が草野に質問した。

『どうして、こんなボロボロの家から子どもが出てくるんだ?』

「あいつら肝試しに来たんだな。この家がもう廃墟になってからずいぶんたっているし、つい最近子どもたちの間でオバケ屋敷とささやかれているからな。」

草野が再び歩きだすと、ガマ座衛門が廃墟の奥の方をのぞき始めた。

「どうしたんだガマ座衛門、さっさと行くぞ!」

『ああ、すまんな。』

「どうしたんだ?廃墟なんてのぞきこんで?」

『いや、少し気になるものがあってな。』

その日ガマ座衛門は、あの廃墟のことについては何も言わなかった。

ところがその翌日、草野がアルバイトに行くために出かけると、同じ団地の下の階に住んでいる間宮奈津子まみやなつこから声をかけられた。

「あら、草野さんおはよう!」

「おはようございます!」

「ちょっといいかしら?あの白い廃墟で、事件があったの知ってる?」

「ああ、あの白い廃墟なら知っていますよ。昨日仕事からの帰りに、四人の子どもが廃墟から走り去るのを見ました。」

「そうなのよ、あの廃墟に五人の子どもが肝試しで入ったそうなんだけど、その内の一人が行方不明になったんだよ。」

「えっ、五人いたの!?それでもう一人の子どもは?」

「四人の子どもは家に帰る時に一人いないことに気づいて、もう一度廃墟に戻ってきて探したけど、不気味な気配と真っ赤に光る眼をもつ巨大なイモリを見て、怖くなって逃げ出したのよ」

だから草野が昨日見た四人の子どもは、真っ直ぐに走り去ったのか・・・。

「巨大なイモリって、どれくらいですか?」

「うーん、詳しくは言えないけど一メートルを越えていたわね。」

一メートルを超える大きさのイモリがいるなんて信じられない、最近脱走で話題のオオトカゲと見間違えたんじゃないか?

「それで、行方不明の子どもは見つかったのか?」

「後でその子の両親と警察が廃墟を捜索したんだけど、結局見つからなかったそうよ。警察がこれから捜索をする予定だわ。」

「そうか、お話ありがとう。もう仕事の時間だから行くわ。」

「そう、いってらっしゃい」

草野はポーク・ホープに行く途中、ガマ座衛門に言った。

「なあ、お前あの時廃墟の中をじっと見ていたけど、何か感じていたのか?」

『・・・ああ、ちょっと同類の気配を感じてな。』

「同類って、妖怪のことか?」

『ああ、しかもワシと同じく変化を得意とする者じゃ。』

「そうか、それじゃあ帰りにあの廃墟に寄ってみるか。」

『そうだな、調べてみるか』

そしてアルバイトが終わった草野は、例の廃墟の所へ向かった。その途中で田所と亜野と笠松と八神に出会った。

「よお、お前たち。これから何をするんだ?」

「ああ、草野さん!丁度いいところに来てくれた、亜野くんを止めてください!」

「ぼくからも、お願いします!」

田所と笠松が草野に頭を下げた。

「おいおい、亜野がどうしたんだ?」

すると亜野が草野に言った。

「これからおれたちで、この廃墟の探索をするところなんだ。だけど田所くんと笠松くんが、ここに来てめっちゃビビっているんだよね。」

「そりゃ、こわくなるよ!だって行方不明になった子がいるんだよ?」

「そうだよ、これはマジなオバケだぜ・・。下手なことはしないで、そっとしておいた方がいいぜ。」

「だけどこんなことがあったから、本物がいるかもしれなくてワクワクするじゃないか!草野さんもそう思うよね?」

「まあ、そうだな。おれもお前らくらいの頃は、よく夜の学校や古い館へ探検しにいったものだ。」

「でしょ!?だから草野さんも、一緒に行こうよ!!」

「ダメだよ草野さん、この家は本当にヤバいから!!」

亜野と田所の意見に板挟みになる草野、彼の決断はというと・・・?

「よし、探検しに行くか。おれもこの家の中を覗くつもりでいたし。」

「えーっ、草野さんまで〜?」

「あーあ、行きたくないな〜・・・」

田所と笠松はへこんでその場に座りこんだ。

「八神はどうするんだ?」

「ぼくも行きます、本当は行くか行かないか迷っていましたが・・・」

「よし、それじゃあ廃墟探検に行くぞ!みんなおれから離れないようにな!」

こうして草野を先頭に、田所・亜野・笠松・八神の四人は後に続いた。

廃墟の入り口にドアは無く、中に入ると全体的に色が茶色く、古く傷んだ部屋という印象を受けた。

「ここが廃墟の中か・・・」

「なんだかジメッとしているね。」

中を歩くと床がきしむ、かなり古い家のようだ。

「ん?なんだあれ?」

草野が何かを見つけた、しかし暗くてよく見えない。

「ねぇ、何を見つけたの?」

「今なにかいたような・・・、暗くてよく見えないな。こんな時は懐中電灯を持ってくるべきだったぜ・・・」

「それならおれが持っているよ。」

「おっ、亜野くんサンキュー!」

草野は亜野くんから懐中電灯を借りて、廃墟の中を照らし出した。

「さて、ここはキッチンかな・・・」

キッチンには冷蔵庫があった、黒くドロッとした汚れがついている。

「おい、草野さん。あの冷蔵庫、開けてみてよ。」

「えっ!?あれをか?ちょっと、イヤな予感がするな・・・」

中には原型がなんなのかよくわからない腐った食材が入っているかもしれない冷蔵庫、草野は勇気を持って冷蔵庫を開けた。

「・・・ふぅ、何にも無いな。」

冷蔵庫の中は空だった。

「おい、みんないるか?」

草野は四人に呼びかけたが、田所の声がしない。

「あれ?田所はどうした?」

「あれ?そういえば、姿が見えないな・・」

「ええっ!?もしかして、巨大なヤモリに捕まったんじゃないか?」

草野と三人の子どもたちは廃墟の中で、「田所ーっ!」と呼び続けた。

『草野、こっちだ!!』

するとガマ座衛門が何かを感じ取ったのか、突然走り出した。

「あっ、どこに行くんだガマ座衛門!!」

草野と三人の子どもたちがガマ座衛門の後を追いかけると、右の部屋にあるクローゼットが目に止まった。

『草野、このクローゼットを破壊するぞ。力を貸してくれ。』

「よっしゃ、あそこに何かいるんだな?」

草野はガマ座衛門を憑依させると、舌を長く伸ばした。

「舌変化・トンカチ振りの術!」

するとしたの先がトンカチのように固くなり、その舌を使ってクローゼットを真っ二つに破壊した。

「うわーっ!!」

「あっ、田所くん!!」

三人がクローゼットから放り出された田所に走りよった。

「いてて・・・」

「おい、ケガは無いか?」

「うん、大事件だよ・・・。草野さんが助けてくれたの?」

「ああ、後でお礼をしなきゃいけないな。」

そんなことを言い合っている子どもたちを見つめる、赤い視線があった。

『せっかく食べようと思っていたのに・・、邪魔したのはだれだ?』

子どもたちが声に気づいて後ろの方を見るとそこには、赤い目玉に黒い体のトカゲのような姿の巨大な生き物が、こちらを見つめていた。

『やっぱりあんただったか、イモリ屋丞。』

『ん?その声はガマ座衛門か?』

「おい、お前ら知り合いか?」

『久しぶりやな、イモリ屋丞。池を出て人間の世界に出て以来か。』

『まさか、あんたとこんなとこで会うとはなあ・・・。不思議なこともあるもんだ。』

イモリ屋丞は一服といわんばかりに、水煙草を吸い始めた。

「何を一服しているんだ!どうして田所を連れ去ろうとしたんだ!?」

草野が言うと、イモリ屋丞はのんびりと言った。

『田所って、さっき捕まえた子どもの名前か。いやあ、せっかく薬の材料にしようと思っていたのに・・・。』

『お前さん、今でも薬作ってはんのか?』

『まあね、その材料に人間の子どもがどうしても必要でな。それでこの廃墟を拠点に噂を流して、人間の子どもを捕らえて材料を集めていたんだ。』

「え、この廃墟の噂を流したのはあんたなのか?」

八神くんが聞くと、イモリ屋丞はうなずいた。

すると草野はイモリ屋丞の胸ぐらをつかんで言った。

「人間の子どもがクスリの材料って、どういうことだ?まさか殺しちゃいねぇだろうな!?」

『殺しはしないよ、薬の材料は鼻毛や鼻くそといった、取ってもなんの問題のないもんばっかりです。』

この状況でも落ち着いているイモリ屋丞、ガマ座衛門は草野に言った。

『おい、草野。もうそれ以上問い詰めんな、そいつはウソをついていない。』

「ガマ座衛門・・・。お前はそれでいいのかよ!!」

『こいつは仕事で薬を作っているんだ、邪魔しちゃあいかん。だがイモリ屋丞、あんさんもあんまり人間の世界で騒ぎを起こさない方がええで。ここに居づらくなってしまうからな。』

ガマ座衛門が言うと、草野はしぶしぶイモリ屋丞から手を離した。

『わかってくれてありがとな、それに前に捕まえた子どもである程度材料はそろっている。だがどうしても、欲しい材料があるんだ。それさえ手に入ったら、ここを引き払うつもりだ。』

「・・・その材料ってなんだ?」

「人間の耳垢。」

草野と子どもたちはきょとんとした。

「えっ、耳垢・・・?」

「それって、草野さんのでもいいの?」

田所が言うとイモリ屋丞は首を横にふった。

「いや、子どもの耳垢じゃなきゃだめだ。こんな飲んだくれのおっさんの耳垢なんか、本物のカスや。」

「なんだと〜!!」

『ほな、こうしようや。ここに四人の子どもがいるから、そいつらの耳から耳垢を取ってくれ。そしたらここから出ていってくれ。』

「えっ?ぼくたちの耳垢を!?」

「大丈夫かな・・・、ぼくたち何もされないのかな?」

『大丈夫、ほんの少し掃除するだけだ。』

田所たちはしばらく互いに相談しあった、そして田所がイモリ屋丞に言った。

「それじゃあ、ぼくの耳から耳垢を取ってください。その代わり終わったら、いなくなった子どもを返していただけませんか?」

『もちろんいいよ、それじゃあ始めようか。』

それから田所くんはイスに座ると、イモリ屋丞は懐から耳かきと小さな紙を取り出して、耳掃除を始めた。

「なんだか、耳鼻科みたいだね。」

「うん、なにされるかわかんなかったけど、普通に耳掃除してよかったよ。」

そして五分後、イモリ屋丞は耳掃除を終えた。

『うんうん、いい感じに耳垢が取れた。ほいじゃあ、ここを引き払うとしよう。』

するとイモリ屋丞は一端、どこかへ行ってしまった。

「おい、ガマ座衛門。あいつもしかして逃げたんじゃないか?」

『いや、あいつはここでウソをつくやつではない。』

そしてイモリ屋丞は一人の男の子を連れて戻ってきた。

『ほら、約束の子どもだよ。』

「あれ?ここは・・・?」

「おお、良かった。おれたちはお前を迎えに来たんだ、さあ帰ろう。」

草野が男の子に優しく言うと、男の子の両手の指に包帯が巻いてあることに気づいた。

「おい、両手ともケガしたのか?」

草野が言うと男の子は泣き出してしまった。男の子が言う前に、イモリ屋丞が理由を言った。

『悪いな、実は子どもの手の生爪が必要でな、両手とも爪を全部取ったんだ。ちゃんと手当てはしたけど、怖い思いをさせてしまったな。』

「お前なぁ・・・、いくら薬のためとはいえここまでやるか?」

『当然だ、それがわしの仕事だからな。それじゃあね』

イモリ屋丞はドロンと消えてしまった。

『帰ったか、ほいじゃあもうぼちぼち帰ろうか。』

「そうだね、この廃墟の謎も解けたし。」

「でも田所は耳垢だけでよかったよ、生爪なんて取られたら痛くてたまんないよ〜・・」

「うん、そうだね・・・」

「三人とも、無理に誘って悪かったよ。次からはこんなとこもう行かないよ・・・」

亜野が三人に謝罪した、誘ったことをすごく後悔しているようだ。

そしてこの日から一週間後、廃墟を取り壊す工事が始まった。







廃墟での出来事から十日後、この日バイトがお休みの草野は昼間からビールを飲んでラジオで競馬を聞いていた。

「だぁーっ、クソッ!!なにやってんだよ、スターホース!」

『なんだ、また競馬がハズれたのか。そんなに外すなら、同じ馬に賭けなきゃいいのに。』

「わかってないな〜、いつか一着になると信じて賭けるのが面白いんだ。」

『ふぅ〜、楽してお金を得られると始めた競馬が、いつの間にか同じ馬に大当たりを期待して投票する。本当にバカバカしいゲームだよ。』

ガマ座衛門はため息をつきながら言った。すると玄関の呼び鈴が鳴った。

『草野、お客やで〜』

何度も鳴る呼び鈴、しかし草野はラジオを聞いていて呼び鈴に気づいていない。

ガマ座衛門はラジオの電源を落とした。

「あれ?何も聞こえない・・・、あ!!さてはガマ座衛門ーっ、電源を切ったな!」

『せやで、それよりお客さんや。』

「ったく、なんだよ・・・」

草野は面倒くさそうに玄関へ向かった、そして玄関を開けるとイモリ屋丞がいた。

「うわっ!!お前は・・・!?」

『へへっ、近くに引っ越してきたんで顔見せに来ました。』

『おお、お前だったのか。とりあえず家に上がってや〜』

「ちょっと、勝手に家に入れていいのかよ!?」

『ええやないか、挨拶くらいさせてやりなはれや。』

『ほいじゃあお言葉に甘えて、失礼します。』

イモリ屋丞はそのまま家に上がった。

『お菓子とお茶持ってきた、湯飲みかなんかないか?』

「ああ、それならコップ使っていいよ。」

そしてイモリ屋丞は最中もなか饅頭まんじゅうと魔法瓶を取り出した。

草野が魔法瓶の中のお茶をコップにそそぐ。

『そういえば、なんで引っ越すことになったん?』

『ああ、前に住んでいた池が埋め立てられることになってな、それで住みやすいところ探してここまで来たんだ。今はここの北小学校の池に住んでいます。』

「ええっ!?なんだって!!」

『どうしたんや草野?』

「どうしたんやじゃないよ、ここは田所たちが通っている学校じゃないか!お前、また子どもから生爪だの耳垢だの採ろうとしてないだろうな?」

『おいおい、そんなこと言わないでよ。あれは特別な薬を作るのに必要なだけで、ふだんはわしかガマ座衛門の油や木の実みたいなもんで作るんだ。ということで、ガマ座衛門。あんたの油、分けてくれ』

『なんや、あいさつにくるなんて珍しゅう思っていたら、そういうことかいな。』

『えへへ、まああいさつに来たのは本当ですよ。』

そしてイモリ屋丞はガマ座衛門の背中から油を採集した。

そして再び一息ついてお茶を飲んだ。

『それにしてもガマ座衛門、あんたはいいな。こんなに人間のすぐそばで暮らせて。さぞかし楽しく生きているだろうな・・・』

『いやいや、人間の近くで生きるのも大変やで。なんせ草野はなぁ、毎日たらふく食って酒飲んで、趣味は競馬一筋でどこにでもいるぐうたらの男やで。まぁ、それでいてとても優しい男やけどな。』

ガマ座衛門とイモリ屋丞は、まるで近所のおばさんのように世間話に花を咲かせた。

そして三時間後、イモリ屋丞は帰っていった。

「やれやれ、大変なご近所さんが増えてしまったなぁ・・・」

『まあ、付き合っていくしかないやろ。ふだんから人を襲うような奴やないし。』

そして草野さんとガマ座衛門は部屋へと戻っていった。







それから二週間後、草野がバイト先からの帰り道に田所たちが話し合っているのを見かけた。

「よお、お前ら!何を話しているんだ?」

「あ、草野さん!ねぇ、草野さんも学校に来てくれないかな?」

「ええっ!?おれが学校に来たら不審者じゃないか!ていうかなんで学校に行くんだ?」

「実はね、学校の池にオバケが出たって話を聞いたんだ。」

「なーんだ、学校の怪談ってやつか。」

「確かにそうだけど、でも見たって人がいるんだよ!」

「その話、聞かせてくれ。」

草野が言うと亜野が話し始めた。

「学校の野球クラブの下級生から聞いたんだけど、夏休みの自主練中にボールが池に落ちてしまったんだ。それでボールを取りに行こうとしたら、『コラァ、何をするんだ!!』って声がして、池の中のボールが戻ってきたんだ。そしてその時に池の中で光る大きな二つの目を見たそうなんだ。」

草野は亜野の話を聞いて、なんとなく心当たりが浮かんだ。

「しかもこれだけじゃなくて、先生も目撃したんだよ!」

「えっ!?先生もか?」

「うん、見たのは二組の條原先生しのはらせんせいなんだけど、夜中の午後七時ごろに家に帰ろうと駐車場に向かったら、池の中から何かが這い上がってくるのを見たんだ。」

草野は池のオバケの正体が頭に浮かび、苦笑いをした。

「わかった、オレがそんなこと止めさせてやるよ!」

「ええっ!?相手はオバケだよ?」

「草野さんの話、通じないかもよ・・・?」

田所と笠松が止めに入るが、草野はお構い無しだ。

「そのオバケに、ガツンと言ってやる・・」

それから草野は田所たちと、学校で落ち合う約束をして帰宅した。







午後七時、夜の東小学校前にて草野と田所たちは合流した。

「全員そろったね、それじゃあ行こうか。」

小学校前に集まったのは、田所・亜野・笠松・八神・水澤・詩織の六人の子どもたちと草野の大人一人だ。

「みんな、懐中電灯は用意できたか?」

「ごめーん、懐中電灯忘れちゃった・・」

「私も、ごめん・・・」

水澤と詩織が言った。

「それじゃあ二人はオレたちの後についてきてくれ、それじゃあ行くぞ!」

そして子どもたちは北門を乗り越えて校内へと入っていった、その後に草野も続いて入った。

「よし、それじゃあ池に行こうぜ」

亜野と草野を先頭に、七人は池へと進んでいった。

夜の学校の池は静まりかえっていて、まるでそこだけジャングルのようになっていた。

「気味が悪いな・・・」

八神が呟いたとたん、突然草野が池にむかって叫んだ。

「おい!そこにいるんだろ、イモリ屋丞!」

「え?イモリ屋丞って・・・」

「あの廃墟で見た巨大なイモリの化け物!?」

「でも、もうあの廃墟から出ていったし、まさかこの池にいるわけ・・・」

『呼んだか?』

池からイモリ屋丞が現れた、子どもたちが驚きと恐怖で声を上げた。

「ギャーーッ!!」

『あら、あんさん方は廃墟に来た子どもたちじゃないか』

「なんで・・・、あいつがここに・・・?」

「お前たちには言っていなかったな、実はイモリ屋丞はここに住んでいるんだよ。」

「ええっ!?池で暮らしている!?」

子どもたちは草野の言葉に目を丸くした。

『そうだよ、ここは住み心地がいいか、すっかり気に入ったよ。』

「それじゃあ、條原先生を襲ったのは・・あんたか?」

『ん?條原先生って誰だ?』

「ほら、長い黒髪の綺麗な女性の先生だよ!」

『ああ、あの女性のことか。いや、ちょっと話を聞いてもらおうと声をかけたら、悲鳴上げてそのまま走り去ったで。』

「やっぱり・・・、そらバカにでかいイモリがいたら気味悪く思うに決まっているだろ?」

「ちなみに、なんで声をかけたの?」

ぼくがイモリ屋丞に質問した。

『その黒い髪の毛を、少し分けてくれませんかって。薬の材料で、どうしても女性の長い黒髪が必要なんだ。』

「気味悪りぃ・・・」

「ていうか、頼んだところで分けてくれないと思うぜ・・・。」

「うん、ぼくもそう思う・・・」

亜野くんたちが言うと、イモリ屋丞は困った様子で言った。

『じゃあ、どないしたらいいんだ?前みたいに襲うしかないのか?』

「うーん、ぼくたちで篠原先生の髪の毛を集めることができたらな・・・」

「あっ!だったらいい考えがある!ヘアーモダンに行って、篠原先生の髪の毛を集めればいいんだ!」

「ああ、確かそこは先生の行きつけの理髪店だったな。それでどうするんだ?」

「うーん、侵入して髪の毛を集めるんだけど、そこが問題なんだよな・・・」

『それならワシの術を使って、草野に取ってきてもらったらええ。』

『それええな!』

イモリ屋丞がうなずくと、草野は慌て出した。

「はぁ!?ガマ座衛門、またおれが行くのか?」

『そらそうや、術はお主にしか使えないからな。』

「うーん、でもそれならイモリ屋丞が行けば・・・」

『私は透明になれないし、面が割れてるから無理や。』

「はぁ・・・、結局おれが行くのかよ・・」

結局役割を回され、草野はため息をついた。







その翌日、草野はヘアー・モダンに入った。

髪を切りに来たのではなく、篠原先生の髪の毛を取りに来たのだ。

幸いここの娘である相沢真智子あいさわまちこから篠原先生の来店時刻を知ることができた。

入店するとすぐに草野はトイレの中へ入った。

「さて、手はず通りに頼むぜ。」

『あいよ、了解!』

前もってガマ座衛門の油を体に塗ってあるので、呪文を唱えるとすぐに透明になった。

トイレから出て、篠原先生が散髪を受けている椅子のところへ、そろりそろりと近づいていく。すると篠原先生の髪の毛に泡がついていた。

「まだシャンプー中だな・・・」

篠原先生の髪の毛が、泡につつまれていく。そしてシャワーで泡を流し、いよいよ美容師がハサミを手に取った。

篠原先生の頭から髪の毛のかけらが、パラパラと落ちていく。草野はそれを急いで集めて、ビニール袋の中に入れた。

「透明になっているとはいえ、やっていることは変態だな・・・」

すると草野は、うっかり美容師さんの足にぶつかってしまった。

「きゃっ!!」

「うわっ!?やべー!」

草野はとっさにその場を離れた、美容師さんは何が起こったのかわからずきょとんとしている。

「あぶなかった・・・、これだけ集めればいいか」

篠原先生の髪の毛でいっぱいになったビニール袋を持って、透明のまま後ろめたく草野はヘアー・モダンを出た。

そして夜の午後九時を回った頃、草野は北小学校へ侵入し、池へ向かった。

懐中電灯をつけると、草野はイモリ屋丞を呼んだ。

「おーい、例の物を持ってきたぞ。」

池からイモリ屋丞が目を光らせて現れた。

『おう、ありがとさん。』

イモリ屋丞は水が滴る体を引きずるように池からでると、草野から髪の毛を受け取った。

「もう、こんなお願いゴメンだからな。全く、後ろめたくてしょうがねぇ・・・」

『ああ、そうだ!あんたにお礼しなくちゃな。』

そう言ってイモリ屋丞は、二千円を渡した。

「え?これもらっていいの?」

『ええで、髪の毛集めてくれたお礼や。これからも依頼するつもりでおるから、やってくれたらまた金やるわ。ほいじゃぁな〜』

そしてイモリ屋丞は池の中へ戻っていった。

「これはいいお小遣い稼ぎになるぞ・・・」

草野はほくそ笑むと北小学校を後にした。














































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