第3話塞ぎこむ心を開け

修学旅行が終了し、ぼくはほっとしていた。奈良や京都の有名な建物の壮大さや、みんなで観光したり夜の宿で談話したりして、とても充実した二泊三日の修学旅行だった。

現地で買ったお土産、家族に喜んでもらえたなぁ・・・。

ぼくがそんなことを考えていると、亜野くんと笠松くんと藍里ちゃんが慌てた様子でやってきた。

「田所、大変だ!!」

「うわぁ、一体どうしたんだよ!?」

「詩織さんが、また不登校になってしまったんだよ!!」

「何だって!?」

ぼくたちと遊んでいたおかげで、つい最近やっと学校に通えるようになったのに・・・。

一体、何があったのだろう・・・。

「それで、詩織さんは大丈夫なの?」

「うん、お父さんが言うには『たぶん、あの事が原因だと思う。理由は君たちが来てから教えてあげるよ。』って。だからさ今日学校が終わったら、ポークホープに行こうぜ!」

「うん、わかったよ。」

そして時間は過ぎて午後四時三十分ごろ、ぼくたちは学校からポークホープにやってきた。

「二戸部さん、こんにちわ。」

「やぁ、こんにちわ。君たち、来てくれてありがとう。」

「おぅ、お前ら来たか。」

「二戸部さん、詩織ちゃんの様子はどうですか?」

「・・・すごく落ち込んでいるみたいだ。今二階の自分の部屋にいるけど、私が声をかけても話してくれない。」

「かなり落ち込んでいるわね・・・、一体何があったのかしら?」

「全く・・・、あの男だよ。あいつが派手に怒鳴り散らすから・・・」

「草野さん?あいつって誰ですか?」

ぼくが質問すると、草野さんが苦々しい顔で言った。

「八神くんの親父だよ、詩織さんが八神家に上がったことが大層気に入らないみたいでな、詩織さんと二戸部さんに怒鳴り散らしていたわ。」

「ええっ!?八神くんのお父さんが!?」

「お前ら知っていたのか?」

「うん、ぼくと亜野くんが知っているよ。勉強の邪魔だからって、八神くんに関わるなって怒られたよ。それで二人とも、名前と電話番号を紙に書かされたんだ。」

「うわっ、次に来たら親に密告チクるということか。陰険な野郎だぜ」

草野さんはすっかり怒っている。

「でも、どうして詩織さんは八神くんの家に上がり込んだのだろう?」

「それは詩織が話してくれた、おつかいの帰りに転んでしまって、買ったケチャップをぶちまけてしまったらしい。それを偶然見かけた八神くんが家に入れて、汚れた服を着替えさせてくれたんだ。」

「ほへー、八神のやつ。いいとこあるじゃないか!見直したぜ」

「でも、それで親父に怒られたんじゃ、たまったもんじゃないよ・・・」

「詩織さん、また昔みたいになってしまったんじゃないかな?」

「ちょっと、田所くん!そんなこと言わないでよ!」

「いや、彼の言うとおりだよ。朝から今の時間まで、自分の部屋から出たことがないんだよ。いじめられて不登校になった時の一日と同じだよ。」

二戸部さんが言うと、ぼくたちは完全に落ち込んだ。

「詩織さん・・・」

「だぁーっ!もーっ、みんなあの親父が悪いんだよ!!自分勝手な気持ちで、詩織ちゃんを傷つけやがって・・・!」

亜野くんは怒りに震えて拳をにぎりしめた。

「よし、みんな!注目ーっ!!」

亜野くんはみんなに呼びかけた、ぼくたちは亜野くんの方を見た。

「これより、八神の親父撃退作戦会議を開始する!みんなでやっつけて、詩織ちゃんの仇を取るぞ!!」

亜野くんはまるで指揮を取る将軍のように堂々としていたが、正直ぼくたちはあまり乗り気にはならなかった。

「おいおいなんだよ、お前ら悔しくないのか?詩織ちゃんが一方的に悪い悪いと言って、塞ぎこませたあの親父が許せないだろ?」

「あんたの言うとおりだよ、あたしだってあの親父は許せない、だけど仕返しする方法はあるの?」

水澤さんに言われて、亜野くんは言葉につまってしまった。

「それは・・・、帰宅の時間を狙ってワナを仕掛けるんだ。水をぶっかけたり、オモチャのピストルで脅かしたり・・・」

「そんなことしたら、余計にぼくたちが怒られることになるよ。それにこんなイタズラで仕返ししたって、詩織さんが外に出たくならないと思うよ。」

「・・・そっか、ごめん・・・」

怒りで熱くなっていた亜野くんは、冷静になった。

「それじゃあ、どうやって詩織を立ち直らせるんだ?」

ぼくたちが考えていると、草野さんが声をかけてきた。

「詩織ちゃんを立ち直らせるには、八神くんが必要なんじゃねぇか?」

「八神くんが・・・!?一体、どうして?」

「詩織さん、立ち直ってからどうも八神くんのことが気になっていたそうじゃないか。だからもう一度、八神くんに会わせてたほうがいいと思うぜ。好きな人と話せたら、自信がついてもう一度外にでれるはずだ。」

「おお、さすが草野さん!」

「問題は、どうやって八神くんと詩織さんを会わせるかだよね・・・」

「田所、クラスが同じだそうだが頼めないか?」

「うーん、無理かも。以前ぼくと亜野くんが、父親に目をつけられてからぼくたちのこと避けてるみたいなんだ。」

「えっ、お前と亜野くんも目をつけられたのか?」

「うん、それで八神くん会わせる顔が失くなっちゃったみたいで。」

「ちっ、なんてことだ・・・」

草野さんは頭を抱えて考え込んだ。

「それじゃあ、おれが八神くんのところにいってやるよ。そして詩織に会うように話つけてやるよ。」

「本当ですか?」

「ああ、おれに任せておけ」

草野は胸を叩いて張り切った。

さて、いっちょがんばりますか・・・。

草野は心の中で一人呟いた。







午後七時ごろ、草野はあの時八神くんと出会った路地にやってきた。

『草野はん、本当に八神くんと会えるのか?』

草野についてきたガマ座衛門が言った。

「当然だ、あいつは塾に通っている。この近所の塾は勉学屋べんがくやしかないから、彼はここに行く道を必ず通る。」

『本当に来ますかね、それじゃあ見つけたら起こしてくれ。』

「おい、ガマ座衛門!寝るのか?」

『ワシが出てきたところで、おどろいて逃げ出したら元の木阿弥だ。邪魔しないように下がってやるよ。』

そしてガマ座衛門は草野の体の中へと入っていった。

「全く、マイペースなカエルだぜ・・・」

それから草野が張り込みをしてから三十分後、勉学屋から子どもたちが帰宅するためにぞろぞろ出てきた。

「見つけた、あの子だ・・・!」

草野は帰宅する八神を見つけた、その手にはかつて自分が拾ったカバンを持っている。八神は二人の子どもたちと一緒にいた。

「よし、一人になったら先回りだ。」

草野は八神が一人になったら進む道を先回りして、偶然を装って出会うということを考えていた。

明かりが照らす夜の住宅街を進む八神、一人になったのを見計らって草野が動いた。走って八神が歩く道へと出ると、丁度こちらに近づいてくる。

草野は自然を演じるために、口笛を吹きながら八神の所へ歩いていく。

「おっ、八神くんじゃないか!」

「あ、あなたは草野さん・・・!?」

「奇遇だな、塾の帰りか?」

「うん、草野さんはどうしたの?」

「おれは競馬だよ、今回も大ハズレさ」

草野はとっさにウソをついた、今日はバイとで競馬には一度も行っていない。

「そう、それじゃあ・・・」

「ちょーっと待った!話をしてもいいか?」

草野は八神を逃がすまいと、八神の肩に手をおいた。

「えっ、話ってなに?ぼく、お父さんに早く帰るように言われてるから、手短に話せる?」

「わかったよ・・・。お前、最近田所と亜野のこと避けてるそうじゃないか。せっかく仲良くなれたのに、どうして?」

「それは・・・、お父さんに関わるなって言われてるから。それに二人もお父さんに怒られて、イヤな気持ちになってるからもう会わない方がいいかなって。」

「バカヤローッ!それでも友だちか!!」

草野は大声で怒鳴った。

「友だちだけど・・・、お父さんが関わるなって・・・」

「お前、さっきからお父さんお父さんって、少しは親の言うことなんか聞くもんかという気概は無いのかーっ!」

「いや、親のいうこと聞かないと怒られるよ。」

「確かにそうだ、おれも親父とオカンに何度怒られたことか・・・。だけどな、友だちと仲良く遊んでいたらそんなことすっかり忘れて、楽しい気分になれるぞ!」

「・・・ぼくは勉強が楽しいから、友だちと遊ぶ必要は無いよ。」

「あれ?本当にそうかな?本当はみんなと仲良く遊びたいんじゃない?」

草野は八神をジロジロと見た、八神がもじもじしながら答える。

「ぼくは・・・、勉強も好きだけど・・、遊ぶのも好き・・・」

「そうだろ?子どもはなんだかんだ遊ぶのは好きなんだ、勉強もいいけど息抜きていどには彼らと遊んでやってくれ。」

「・・うん」

「おい、何をしている?」

突然聞こえる男の低い声、ぼくと八神くんが振り返ると八神の父親がこちらに向かって歩いてきた。

「あの、父さん。この人は悪いやつじゃ・・」

「大丈夫だ、任せておけ。手出しはさせない。」

そして草野と八神の親父は再びにらみあった。

「おい、今息子と何をしていた?」

「ただ、会って話していただけだよ。」

「何の話だ?」

「友だちと遊んでやれって話していただけだよ。おれの知り合いに八神と同じクラスの人がいてよ、八神くんの付き合いが悪いから遊んでくれって、説得していました。」

「余計なことはするな!!」

「それはこっちのセリフだ!!」

草野の怒鳴り声に、八神の父親は怯んだ。

「だいたいお前は毎回、息子の勉強の邪魔するなって口酸っぱく言っているけど、なんで息子にそんなに勉強させたいんだ!?」

「それは息子の将来を考えてに決まっているだろ!?」

「そうだよな、親ならだれしもそう答えるだろう。だけどな、そのために他の子どもと遊ぶのを禁止するのは、違うだろ!八神くんの本当にやりたいことを、叶えてあげるのが父親じゃないのか?というか、八神の気持ちを本当にわかっているのか?あん?」

「うるさいうるさいーっ!とにかく、息子には勉強が第一なんだ!それを邪魔する障害は私が許さない!!」

「へぇーっ、じゃああんた以外の人間は全て障害ということか。本人はそれがいいと本当に思っているのかどうか、聞いているのか?」

「そんなの聞く必要はない!行くぞ!」

「はい、父さん・・・」

「あんたは八神の気持ちがわかっているのかー!」

草野は最後に叫んだが、八神の父親はそれを無視して、八神くんを連れて行ってしまった。

「ふぅ・・・、あんなのが父親じゃ八神くんも苦労するよな。」

『全くじゃな。それにしても八神くんの父親はどうして息子が誰かと話しているとか、そういうのが解るんじゃ?』

「うーん、どこからか見張っているとか、それか見えないところで監視カメラをしかけているか・・・」

草野は考えたが、結局答えはわからなかった。

「とにかく、八神くんの方から来るのは難しいということがわかった。それなら来られるように手引きするしかない。」

『何かしら考えが浮かんだのか?』

「まだわからないが、その時はまた力を貸してくれガマ座衛門。」

そして草野さんは帰宅した。










この日、学校で八神誠太郎の姿を見かけることはなかった・・・。

担任の先生によると、「八神くんは病気になって、自宅で療養することになった。」ということらしい。

「八神くん、大丈夫かな?」

「うん、今日声をかけようと思っていたのに・・・」

「大丈夫だよ、風邪引いただけだよ。三日くらい休めば、また来るって。」

亜野くんはこの時お気楽にそう言っていたけど、その日から八神くんはずっと教室に姿を見せることはなかった。

八神くんが来なくなって一ヶ月、夏休み直前の一週間を迎えたぼくたちは、さすがにおかしいと感じ始めた。

「ねぇ、八神くん大丈夫かな?」

「ああ、もう一ヶ月も来ないなんて・・・」

「たぶん、入院しているんだよ。退院したらまた来るって。」

「それは無いんじゃないかな?だって入院したなら、先生から知らされると思うし。」

「そっか・・・、それじゃあ先生に聞いてみるか。」

ぼくたちは担任の未来先生みくるせんせいに質問した。

「あの、八神くんのことについて何かお知らせはありましたか?」

「いいや、無いよ。どうしてそんなことを聞くんだ?」

「八神くん、もう一ヶ月も学校に来てなくて心配なんです。」

「そうか、彼に伝えておくよ。先生も様子を見に行ったことがあるんだが、母親は『誰も家に入れてはいけないと言われている』ということで、全然家に入らせてもらってないんだよね。」

「わかりました、ありがとうございます。」

そしてぼくたちはヒソヒソと再び話し合った。

「やっぱり、おかしいよ。どう考えてもあの父親が何かしているにちがいない。」

「絶対そうだよ、あいつが八神を家から出さないようにしているんだ。」

「でも、どうしてかな?」

「それは勉強のためだよ、家に閉じ込めて勉強させるつもりなんだ。」

「ええっ!?それはいいことなの?」

「もちろん悪いことだよ!家の中で勉強だけしてろって、おれは耐えられないぜ!」

「なんとかして、八神くんを外に出してあげないと・・・。そうしないと、八神くん可哀想だよ」

「うん、そうだね。ぼくたちで八神くんを助けてあげよう!」

ぼくたちは手を合わせて互いに頷いた。







その帰り道、草野さんと団地の公園で出会った。

「草野さん、こんにちわ。」

「よぉ、元気にしてるか?」

「そっちこそ、仕事は続いているの?」

「もちろんだよ、今はあの店でソーセージ作りの修行をしているんだ。旨いソーセージが出来たら、お前らにごちそうしてやるよ。」

「それはそうと、草野さんに頼みがあるんだ。」

「八神のことだな、話しは一応つけておいたけど、あれから彼と仲良く遊んでいるか?」

「それが、八神くんは学校に来なくなってしまいました。」

「はぁ?一体どうしたんだ?」

「担任の先生は、病気になって自宅で療養していると言っていたけど、本当にそうなのか怪しいんだよね・・・」

「うーん、確かに怪しいなあ・・・。おれもあの親父によって、家に閉じ込められていると思う。実はおれが八神くんに声かけた時に、親父が出て来て言い合いになったんだよな・・・、あの親父は息子の勉強のために息子を周りから隔離しようとしている。」

「それで、オレたち八神くんを外に出してあげたいと考えていたところなんです。」

「その意見におれも賛成だ、八神くんにはお前らみたいにのびのびと遊んで過ごしてた方がいいんだ。だからなんとしてでも、八神くんを外に出さないとな。」

「おれたちは、そのために作戦を立てようと思っていたんだ。」

「おお、その作戦におれも混ぜてくれ。」

「いいよ、草野さん。一緒に八神くんを外に出してあげよう!」

「エイエイオーッ!」

ぼくと亜野くんと笠松くんと草野さんは、共に気合いを入れた。






草野は三人と別れると、団地に戻ってある男の家へ向かった。

「おーい、木ノきのしたーっ!いるか?」

草野がノックをしながら言うと、眼鏡をかけた身なりのいい青年が現れた。

「なんだ、草野か。金なら貸さないぞ」

「金借りに来たんじゃねーよ、ちょっと相談があって来たんだ。」

「相談って何の?」

「八神という少年の話だけど、聞いてくれるか?」

「いいよ、とりあえず中で話そうか。」

木ノ下は児童相談所で働いている草野の知り合いの一人である、子ども関係のことはいつも彼に相談をしているのだ。

草野はテーブルに座ると、木ノ下に八神のことについてわかっていることを簡単に説明した。

「なるほど、それは酷い話だな・・・。」

「だろ?八神くんの勉強が優先なのは親としてわかるけど、八神の親父はその域を越えているぜ。」

「うーん、だけど八神の親父は勉強のために八神くんを学校に行かせないのだろ?それは法律的に罰することはできないんだ。」

「何っ?そうなのか!?」

「うん、家の手伝いや虐待を目的とした上で監禁させるのは犯罪になるけど、勉強のために監禁させるのは犯罪じゃないんだよね・・。」

「でも、あいつ一人で家に閉じ込められているんだぜ?なんとか外に出してやれないのかな?」

「うーん・・・、すでに父親からきつく言いつけられていると、子どもはそっちの言うことを聞いてしまうからな。どんなに酷くても親は親だからね・・・」

「そっか、どうしようもないか・・・」

「だけど八神くんのことは気になるな、ぼくから声をかけてみるよ。」

「そうか、ありがとう」

「それと八神の親父がなんで息子のところにいつもこられるかということなんだけど、おそらくGPSを使っているね。最近は防犯目的のために、子どもにGPS付きのスマホを持たせている親もいるからね。」

「わかった、それで八神のことはどうしたらいい?」

「とりあえず様子を見るとしよう、これからのことは八神くんの気持ち次第で決めよう。」

「わかった、話を聞いてくれてありがとう。」

「八神くんを外に出す計画は、ガマ座衛門と一緒に考えているんだろ?」

『うむ、わしもおそらくそうなるなと思っていたんだ。』

「そうだよ、あの頑固親父から八神くんを助け出すには、ガマ座衛門の力を借りないとだめだからな。」

「でもあんまりムチャはするなよ、下手すると向こうから逆に訴えられることになるからな。」

「そんなヘマはしねぇよ、それじゃあな。」

そして草野は木ノ下の家を後にした。

「さてガマ座衛門、どうやって八神を外に出すかかんがえないとな。」

『八神くんは家の中にいるんだろ、それなら私の変化の舌で八神くんの体をつかんで、外に出してやれるぞ。』

「もちろんお前の変化の舌を使うつもりだ、だけどそれはお前だけではつかえないだろ?」

変化の舌を使うには、ガマ座衛門が草野に憑依しなければならない。

『そうだな、たがらよろしく頼むぞ。』

「おう、わかったよガマ座衛門!」

そして草野は自宅へと帰っていった。









夏休み初日、いよいよ作戦決行だ。

ぼくと亜野くんと笠松くんは、学校から出てすぐに団地の公園で草野さんと合流した。これは事前に草野さんと打ち合わせして決めたんだ。

「草野さん、来たよ!」

「よし、お前ら行くぞ!」

そしてぼくたちは八神くんの家へと向かった。

家に到着すると、草野さんは術を使った。

「変化・化け舌の術」

これで草野さんはガマ座衛門を憑依し、舌を自由自在に操ることができる。

「それじゃあ、笠松くん。よろしく」

「うん、わかったよ・・・」

笠松くんは先生から八神くんに夏休みの宿題を渡すように頼まれている、それを利用して親を引き付けて、八神くんを二階から変化の舌で連れていくというのが作戦だ。

笠松くんがインターホンを押したタイミングで、草野さんが「窓を開けろ」と書かれた紙を舌で持って上へ伸ばした。

「お願い・・・、すぐに気づいて・・・!」

ぼくは天に祈る気持ちでいた。

すると八神くんが窓を開けて、体を少し乗り出してきた。

「今だ!!」

すると舌が突然大きくなり、八神くんの体を引っ付けた。

「うわぁ、何だこれ!離して!!」

「よし、ゆっくり下ろすぞ」

八神くんをひっつけた舌が少しずつ縮んでいく。

そして八神くんを家の外へと出すことができた。

「えっ!?えっ!?何が起きたの!?」

「とりあえず、急いで団地の公園へ行こう!事情は後で話す。」

そしてぼくたちは、大急ぎで団地の公園へと戻っていった。









団地の公園に到着すると、水澤さんと詩織さんともう一人の男の人が待っていた。

「お待たせ!八神くんを連れてきたぞ!」

「みんな、ありがとう!」

「あっ、八神くん・・・」

「あなたは・・・」

八神くんと詩織ちゃんは、互いに顔を見合せ顔がほんのり赤くなった。

「あの、八神くん・・・。あの時はありがとう・・・。」

「あぁ、こちらこそどうも。迷惑かけてすみませんでした。」

「いいよ、いいよ!八神くんが父さんに怒られたのは、あたしのせいだから。」

「ちがうんだ、ぼくが勉強しないと父さんが怒るのは、ぼくの夢のせいなんだ。ぼくは将来学者になりたいという夢があって、それを応援するために父さんは小さいころから色んなことをしてくれたんだ・・・。だけど最近は・・・、やりすぎている気がするんだ。数日前から、「これからは一歩も外に出ずに勉強しろ、学校にも行くな」って言うんだ。ぼくが「学校には行かせて下さい!」ってお願いしたら、思いっきりなぐられて・・・、それでずっと外に出ないで勉強していたんだ。」

「八神くん・・・、大変だったんだね。」

「なんだよそれ、勉強するから学校に行ってはダメだって、意味がわかんねぇよ!!」

「そうよ、そうよ!あんな自分勝手な親父の言うこと聞く必要はないよ!」

みんなが口々に言うなか、もう一人の男が八神くんに言った。

「辛い目にあったね・・・、とても窮屈で嫌な目にあったんだね。」

「あの、あなたは?」

「こいつはおれのダチで木ノ下というんだ、児童相談所で働いているから何の心配もせずに相談してくれ。」

「ありがとう・・・」

それから八神くんは今までのことを、木ノ下さんに話した。

「君はずっと外に出たかったんだね、それじゃあ思いっきり外を楽しんでおいで。」

「そうだよ、八神くん!ぼくたちと遊ぼうよ。」

「あたしとも、遊んでくれるかな・・・?」

ぼくと詩織さんが言うと、八神くんは目に涙をこぼして言った。

「ありがとう・・・、みんな」

そして八神くんはみんなと楽しく遊びだした。








子どもたちと楽しく遊ぶ八神を見て、草野は感傷に浸っていた。

「やっぱり、子どもはのびのび外で遊んでいる方がいいよな。」

「まあ、最近は家でゲームなんて子どもが多いけど、やはり友だちと外で遊んでいる方がなんかホッとする。」

「オレたちもそうだったよな?よく子どものころは、外で遊んだけ?」

そんな懐かしい話を木ノ下していた時だった・・・。

「八神ーーっ!何をしているんだ!!」

聞き覚えのある怒号、八神の親父だ。

「あの野郎、もう嗅ぎ付けたか・・。」

「八神くんが心配だ・・・」

草野と木ノ下は子どもたちの方へと向かうと、八神の親父は子どもたちを横一列に並ばせて、烈火の如く怒っている。そしてその近くには、八神の母親とおぼしき女性がいた。

「八神っー!お前は私のいいつけを忘れたのか!!!せっかく勉強できる環境を整えたのに、遊び呆けて・・・。全てはお前のためなんだぞ!それにお前らもだ!お前らはどうして家の息子と、そこまでして遊びたいんだ?とにかくお前らは邪魔なんだよ!!」

「ちょっと、気持ちはわかるけど人様の子どもにそんな言い方は失礼でしょ・・・?」

「お前は黙っていろ!!とにかくお前らの両親に苦情を言いに行くから、家まで案内しろ!家に親がいなければ、親の携帯電話番号を教えろ!」

「父さん!もうやめて・・・。もう他の人に迷惑をかけないで・・・」

「うるさい!私はまちがっていない!!」

八神の父親は息子を殴ろうと拳を振り上げた瞬間、草野が変化・化け舌の術をつかって舌を素早く伸ばし、振り上げた腕に絡み付かせた。

「な・・・なんだこれは!?」

舌を引っ込めた草野が八神の父親に言った。

「おいおい、これはもう現行犯だなぁ」

「お前は・・・底辺男!!」

「おい、それを言うな!草野と呼べ!!」

「ふん、働いていない貴様は底辺だ」

「くっ・・・、実は最近肉屋で働き出したんだよね。だから底辺じゃありません〜」

「ふっ・・・、その程度の職場でしか働けないとは、やはりお前は底辺だな。」

草野はイラついたが、いつまでも口喧嘩を続けるわけにはいかないのでやめた。

「それはそうと、今息子を殴ろうとしたな?」

「ああ、そうさ。それは息子の教育のためだ!」

「そんな言い訳、通用しませんよ」

ここで木ノ下が間に入ってきた。

「だれだ貴様は?」

「あなたの話を聞いていましたが、完全にあなたの理想を息子に無理やり押しつけているだけです。あなたは息子さんの声を聞いていますか?」

「なんだと若造が・・・!」

「おっと、手を出さない方がいいぜ。こいつは木ノ下といってな、児童相談所で働いている。もし手を出したら、通報されるぜ」

「申し遅れました、私はこういう者です。」

木ノ下が名刺を出すと、八神の父親の表情がこわばった。という言葉が、強引さを封じた。

「とにかく、まずは八神くんの気持ちを聞いてあげてください。八神くん、お父さんに話すことはできるかい?」

木ノ下がたずねると、八神くんはおずおずと父親の前に出て話し出した。

「ぼくは・・・勉強がしたいです・・・、だけどみんなとも遊びたいし、学校にも行きたい・・・。どうか、ぼくを学校に行かせて下さいっ!!」

「あたしからもお願いします、誠太郎には勉強以外にも大切なことがあるはずよ。そんな無理やり勉強させて、その大切なものが得られなかったら、それは親の責任ですよ!」

八神くんの言葉に、八神くんの母親の説得が味方して、父親はふるえながら八神くんをにらんでいた。

「もういい、勝手にしろ!!」

八神くんの父親は突然怒鳴ると、足を踏み鳴らして帰っていった。

「父さん・・・」

「よっしゃあーーっ!八神くんの勝ちだ!」

「えっ!?ぼくの勝ちって、どういうこと?」

「だって、お前は初めて父さんに自分の気持ちを伝えて、通したんだぜ!すごい成長だよ!」

「ああ、これでお前も男として一人前になったな。」

子どもたちにほめられて、八神くんは嬉しそうに顔を赤くした。その様子を草野と木ノ下と八神の母親は、嬉しそうに見ていた。




































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