第2話価値観の体験
土曜日、水澤さんに呼び出されたぼくと亜野くんと笠松くんは団地の公園で待っていた。
ぼくたちが集合してから五分後に、水澤さんがやってきた。
「遅れてごめんなさい、待った?」
「いいや、今さっき来たところだよ。」
「それじゃあ、あたしについてきて。」
そう言って案内されたのは、団地の公園から歩いて三十分のところにある小さな肉屋だった。店の名前はポークホープと書かれていた。
「ここだよ。」
「ええ!!こんなとこに肉屋があったの!?」
ぼくはおどろいた、この肉屋はぼくと亜野くんが近所にあるバッティングセンターへ行く道の道中にあるからだ。
「こんな地味なお店、よく見つけたね。」
「地味なんて言ったら失礼だよ!いいから入って入って!」
水澤さんに背中を押されるようにぼくたちはポークホープの中へと入っていった。ポークホープの中は見た目のわりには清潔できれいな店内だ。
「あっ、水澤ちゃんいらっしゃい」
「こんにちは二戸部さん、お手伝いできるお友だちをつれてきたよ。」
水澤さんと話しているのは、メガネをかけたかなり太めの男だ。
「こんにちわ、君たち来てくれてありがとう。」
「どういたしまして、ところでぼくたちは何をすればいいの?」
「ちょっと、味見をしてほしくてね。」
「味見?」
すると二戸部さんは、串にささったフランクフルトを四本皿に乗せて、ぼくたちの前に持ってきた。
「おお〜、美味そうなフランクフルトだぜ!」
「これは自家製のフランクフルトなんだ、君たちには味見をしてほしくてね。」
「いただきます。」
ぼくと亜野くんと笠松くんは、フランクフルトを一口食べた。すると口のなかに、肉の旨味が広がり幸せな気分になった。
「すごく美味しい・・・!」
「なにこれ!?めっちゃ美味い!」
「二戸部さん、これもう一本ちょうだい!」
「ハハハ、どうやら気に入ってもらえたようだね。いやあ、力作した甲斐があったよ」
「でも、どうしてぼくたちに味見をしてほしかったの?」
「ああ、言っちゃあ悪いけどただ味見をして欲しかったんだ。大事なイベントで出すフランクフルトだからね」
「イベントって、何かあるの?」
「二ヶ月後の夏祭りだよ、ここで屋台を出してフランクフルトを焼くんだ。」
「そうなんだ、これならみんな美味しいと言うと思うよ。」
「そうかい?ありがとう、夏祭りに向けてたくさん作るぞ!」
二戸部さんら右腕に力こぶをつくりながらガッツポーズをした。
「水澤さん、ぼくたちにお願いはもうない?」
「いや、実はもう一つあるの。それはね、このコのことなんだ。」
水澤さんが店の奥に呼びかけると、そこからぼくたちより一回り小さい少女が出てきた。内気で暗そうな少女だった。
「この子は誰?」
「この子は二戸部詩織ちゃん、あたしたちとは別の小学校に通っている小学三年生だよ。」
「初めまして・・・、詩織です・・・」
詩織さんはか細い声で言った。
「え?今なんて言ったの?」
「詩織です・・・」
「聞こえないよ、もう一回いい?」
亜野くんがもう一度名前を聞こうとした時、水澤さんが亜野くんを止めた。
「そんなにしつこく聞かないで、戸惑っているでしょ!?」
「ああ、ゴメンゴメン!」
「まぁ、見ての通り詩織ちゃんはあたしたちと違って、内気で引っ込み思案なんだ。」
「そうなのか、それでぼくたちはどうしたらいいの?」
「詩織ちゃんと友だちになって欲しいんだ、一緒に遊んで心を開いてまた学校に通えるくらいになったらいいなって思ってる」
「え?詩織ちゃん、学校に行ってないの?」
「うん・・・、なんかごめんなさい」
「詩織ちゃんが謝ることは無いよ、とにかく一緒にいてあげるだけでいいから。」
気落ちしている詩織さんを藍里さんは優しく頭を撫でた。
「よしっ、そうとなったらまず野球しようぜ!」
亜野くんがひざを叩いて言った。
「えっ、女子なのに野球するの?」
「おいおい、女子とか男子とか関係ないだろ?楽しいのか野球なんだよ、そうと決まったら各自バットとボールとグローブ持って、団地の公園へレッツゴー!」
そう言って亜野くんはポークホープを飛び出した。
「あーあ、行っちゃった・・・。」
「とりあえず、亜野くんに付き合って上げよう。おれたちも、準備して行こうぜ」
「うん、そうだね」
「ちょっと、詩織ちゃんはどうするのよ?バットもグローブも持ってないわよ?」
「大丈夫だよ、後で亜野くんに貸してもらえばいいから。」
「それもそうね。それじゃあおじさん、詩織さんを連れていくね。」
「ああ、車に気をつけてね」
そしてぼくは一旦家に戻って、家からボールとグローブを持ってくると、団地の公園にやってきた。
まずはキャッチボールから始めた、最初はぼくと詩織さん。詩織さんのグローブは亜野くんが自分のを貸してくれた。
「田所〜、まずはゆっくりころがすように投げて〜!」
「え〜、それじゃあキャッチボールじゃないよ〜!」
「詩織ちゃん素人だから、優しくして!」
仕方なくぼくは、ボールを地面に転がすようにして投げた。ぼくは少し右向きに転がり、詩織さんはそれをキャッチした。
「こうで・・・いいのかな?」
「いいよ、その調子だよ!次はボールをぼくに投げて!」
ぼくが手をふると、詩織さんはボールを投げた。ただ、やっぱり素人で投げたボールは地面にバウンドして、少し転がるとすぐに止まってしまった。
「あ・・・」
「ああ・・・、ごめんなさい・・・」
「いいよ、気にしないで。もう一度やってみたら?」
ぼくが優しく言うと、詩織さんはボールを拾ってもう一度構えた。
「よし、いいよ!!」
「えーいっ!」
詩織さんは思いっきりボールを投げた、しかし今度は高く飛んだものの、コントロールが悪く公園のすぐ外へ飛んでいってしまった。
「ありゃ」
「すごく良く飛んだなー、バッターだったら場外ホームランでかっこいいけど」
「うわぁ、ごめんなさい!ボールを拾いにいかないと!!」
そしてぼくたちは飛んでいったボールを探しに向かった。
「どこに行ったんだろう・・・」
ぼくたちでボールを探していると、詩織さんが誰かと一緒にいた。
「おーい、詩織さん。ボール見つかった・・って八神くん!?」
「えっ!!八神くん!?」
ぼくたちは急いで詩織さんと八神くんのところへと向かった。
「詩織さん!」
「あっ、みんな!この子がボールを拾ってくれたんだ。」
しかし八神くんはぼくたちを見ると、慌てて後ろを向いて走り始めた
「あっ、待って!」
詩織さんは今までの中で一番大きな声で叫んだが、それもむなしく八神くんは走り去っていった。
「行っちゃった・・・」
「ボール見つかってよかったな、続き始めようぜ!」
亜野くんのかけ声に合わせてぼくたちは公園へと戻っていった。
自分の母から「仕事をしなさい!!」と電話越しに怒られた草野は、しばらく競馬通いを止めて就職活動に没頭することにした。
しかし草野は就職活動を甘く見ていた、求人のある会社に面接に行ってもしばらくしてから不採用通知が来てしまう。
「だーっ!!ここも落ちたか・・・」
『草野さん、お仕事見つからないようですなぁ〜』
ガマ座衛門は就職活動に勤しむ草野をよそに、呑気そうにおつまみの豆菓子を食べていた。
「いいよな〜、お前は働かなくても誰も文句言わないもんな〜」
『悪いな、オレは働けないもんでな〜』
「やれやれ・・・、本当にどうしよう」
これはオレの死活問題だ・・・、とばかりに草野さんは額に手を当てて考えた。
「ちょっと外へ行ってくるわ、ついていくか?」
『うん、ついていくわ』
草野は気晴らしに外へ出た、そして団地の公園のベンチで眠りだした。
『あんた、いっつもここで寝てるな〜。ここで寝ていたって、なんも解決しないで。』
「わかってるよ、うるさいな〜・・・」
寝てからどれくらいたったのか、草野が目を覚ますと団地の公園でいつもの子どもたちが遊んでいた。
「あいつら、来てたのか。おや?」
するといつものメンバーの中に、初めて見る子どもの姿があった。気になった草野さんは子どもたちに声をかけた。
「よぉ、お前たち。遊んでいるのか?」
「あっ、草野さん!今日も寝てたの?」
「ああ、まあな・・・」
「草野さん、元気無いよ?大丈夫?」
「おお、わかってくれるか!聞いてくれよ〜」
草野さんは子どもたちに自分の悩みを打ち明けた。
「ふーん、それで働かないと一人暮らしができなくなるんだ。」
「そうなんだよ、もし実家に戻ったら母さんに見張られながら生活することになるんだぜ!そんなの耐えられないよ・・」
「でもさ、もしかしたらちゃんとした大人になれるんじゃないかな?」
田所が言うと、草野はカチンときた。
「は?お前それどういう意味だ?」
田所は草野を怒らせたことに気付き、慌てて弁解を始めた。
「だって、母さんがちゃんとしていたら、草野さんはもう競馬もしなくなって、ぼくのお父さんみたいにちゃんと働く大人になるかなって・・・」
「はぁ・・・、お前にまで言われるなんて情けねぇや」
草野さんはすっかり落ち込んでしまった、亜野くんが慌ててフォローする。
「そんなことないよ、草野さんは今のままでいいんだってば!だって、オレたちのことわかってくれる大人って草野さん以外考えられないよ。」
「本当に・・・、本当にそう思うのか?」
「ああ、当たり前じゃないか!」
「お前・・・ありがとよ!」
草野は亜野に抱きついた。
『やれやれ、単純なやつだ。』
ガマ座衛門があくびをしながら来ると、一人の女の子がガマ座衛門に驚いて悲鳴をあげた。
「キャアーッ!」
「あっ、詩織さん!!」
「ちょっとガマ座衛門、急に出てこないでよ!詩織さん、ビックリしているじゃないか!」
『これくらい、どうということはない。わしも昔は人にいろんな悪事を働いたものだ。』
「全く〜、そんなんじゃ草野さん以外の友だちができないぞ」
『わしと草野は友だちではない。体を一体化させているだけじゃ』
「亜野、あの子詩織さんというのか?」
「うん、最近できた新しい友だちだよ。」
「どれ、ちょっとおれが声をかけてくるよ。」
草野はベンチから立ち上がると、詩織のところへ向かった。詩織は木の陰に隠れながら怯えた表情で、こちらを見ていた。
「オレは草野っていうんだ、きみは詩織さんというんだね。これからよろしくな」
草野は優しい男の顔になった、すると詩織さんの顔から怯えた表情が消えて、草野さんのところへ歩み寄ってきた。
「草野さん、こんにちは・・・」
「こんにちは、さっきはガマ座衛門がおどかして悪かったな。」
「ガマ座衛門・・・?怖くないの?」
「ああ、あいつは巨大なヒキガエルだけど悪い奴じゃない。だから仲良くしてほしいな」
「うん、わかった・・・」
草野と詩織のやり取りを見ていた子どもたちは感心した。
「すげぇ、詩織さんとすぐに仲良くなった。」
「あたしと仲良くなるのかなり大変だったのに、こんなにすぐ握手するなんて・・・」
「やっぱり、草野さんは面白いよな。」
「うん、そうだね」
そして草野は自分のをピンチを忘れて、子どもたちと楽しく遊びだした。
午後三時、草野さんと子どもたちは団地の公園を出て、ポークホープという肉屋へ向かって歩きだした。なんでもポークホープは、詩織の実家なのだという。
「お前ん家、肉屋だったのか・・・」
「うん、そこでは手作りでウィンナーやフランクフルトを作っているんだ。草野さんにもぜひ食べてほしくて。」
「おう、それは楽しみだ。」
そして草野と子どもたちは、ポークホープにたどり着いた。
「二戸部さん、こんにちわ!」
「やぁ、こんにちわ。今日はお客さんを連れてきたの?」
二戸部は草野を見て言った。
「はい、草野といいます。ここのフランクフルトが美味しいということで、食べに来ました。」
「はい、うちのフランクフルトは自家製ですからね。期待しててください」
そう言って二戸部さんは店の奥に行った。
「自家製でフランクフルトを作るなんて、すごいな・・・」
「うちはフランクフルトやウィンナーを自分で作って売っているんだ・・・」
そして二戸部さんが焼けたフランクフルトを持ってきた。
「おお〜、美味そう。」
「いい匂い〜、これがたまんないんだよな。」
草野はフランクフルトを一口かじった、今までに無い肉の美味しさが草野の口の中に広がった。
「美味い!!なんだこれ!?こんなに美味いフランクフルト、食べたことがない!」
「そうでしょ?このフランクフルト、夏祭りで売る予定なんだ。」
「ああ、夏祭りで売るのか。これはめっちゃ売れると思うぜ。」
「えへへ、ありがとうございます。」
草野がフランクフルトを食べていると、店内に「アルバイト募集」の貼り紙を見つけた。
「あれ?ここ、バイトいないのか?」
「はい、うちは私と弟の二人で経営しています。売り上げはぼちぼちですが、正直二人だけではギリギリなので、アルバイトの募集をしているのですが・・・。」
どうやら未だにアルバイトは来ていないようだ、それを知った草野は二戸部に土下座をして頼み込んだ。
「お願いします!おれをここで働かせてください!」
「えっ、どうしたの草野さん!?」
その姿に子どもたちも二戸部さんは、とても驚いた。
「え・・・、ここで働きたいの?」
「ああ、あんたのフランクフルトの味に惚れたよ。肉のことについてはなにも知らないけど、ここで働かせてくれ!」
「わかったよ、明日からここで働けるかい?」
「ああ、もちろんだ!これからよろしくお願いします!」
草野は二戸部さんの手を握りしめて言った。
「草野さん、働く場所が見つかってよかったね。」
「ああ、これでようやく一安心だ・・・」
草野はようやく胸にかかっていた重圧から解放されて、一安心することができた。そんな草野さんを子どもたちは、優しく見つめていた。
そして月が六月になり、修学旅行まで残り三週間を向かえたころ。ぼくと亜野くんと笠松くんは、水澤さんから呼び出されていた。
「どうしたの水澤さん?」
「実は詩織さんのことでお願いがあるの。」
「ああ、あれから詩織さん学校に通えるようになったんだって?それはよかったよ。」
ぼくたちと遊び始めてから、詩織さんは少しずつ性格が明るくなり、まだ苦しいながらも学校に通うようになった。それからぼくたちは週二回ほど、詩織さんと遊ぶのが習慣になった。そのことについて二戸部さんから、ありがとうとお礼を言われた。
「うん、話しはそうじゃなくて、詩織さんに好きな人ができたって話なの。」
「えっ!?好きな人!!マジかよ、それで相手はだれだ?」
「ちょっと、そんなに詰め寄らないでよ。答えにくいだろ?」
亜野くんが興味津々に水澤さんに質問し、それを笠松くんがたしなめた。
「その相手というのがね、あたしたちと最初に遊んだときにボールを拾ってくれた男子なんだけど、あんたたちのクラスメイトの八神くんでしょ?」
それを聞いてぼくたちは、表情が気まずくなった。
「どこでそれ聞いたの?」
「実はあの時の後に、すぐに友だちに聞いたんだ。『最近クラスにカッコいい人いない?』って聞いたら、八神くんというイケメンな転校生が引っ越してきたって聞いて、それがあなたたちのクラスにいるって聞いたの。」
水澤さんは友だちを自分で作るのが得意で、ぼくらにも水澤さんから声をかけてきたことで、仲良くなったのだ。たぶん友だちから八神くんくのことを聞いて知ったのだろう。
「それでさ、詩織さんに八神くんを紹介したいんだけど、そのことを伝えてくれない?」
「なぁ、どうするんだよ田所?」
「えっ!?ぼくに聞かれたって・・・」
「いや、おれだって知らないよ。そんなことしたら、またあの親父に何されるかわかんないだろ?それに詩織さんもあの親父に目をつけられることになるし、迷惑がかかるよ。」
「それに八神くんが誘いに乗らないというのも考えられるよ、オレたちのこと避けているし。」
ぼくと亜野くんと笠松くんがどうしたらいいか小さな声で話していると、水澤さんが首を突っ込んできた。
「ねぇ、あの親父に目をつけられるってどういうこと?」
「あっ・・・いや・・・!」
「亜野くん、正直に話そう」
「・・・そうだな」
笠松くんに言われた亜野くんは、八神くんのお父さんのことを水澤さんに説明した。
「何それ・・・?八神くんのお父さん、めっちゃヤバいじゃん・・・」
水澤さんは驚きのあまり口を手でおおった。
「とにかくあの親父は、八神くんが遊ばないように徹底的にしているようなんだ。もし詩織さんが八神くんと仲良くなったら、詩織さんも目をつけられて迷惑がかかるかもしれない。」
「そういえば、八神くん子ども会に参加していないけど、それも親父の影響があるからなんだよね」
「そうなの、笠松くん?」
笠松くんのおじいさんは、地域会の会長をしていて、この近所の子ども会の運営も担っている。
「一週間前に子ども会で団地の公園の草抜きがあったろ?八神くん家にも連絡のチラシ入れたけど八神くんが来なくてさ、八神くん家からなんの連絡もないから、おじいちゃんが八神くんの家に呼びに来たんだよ。そうしたら八神くんの親父に『息子を子ども会にさそうな!次来たら警察を呼ぶぞ!!』と怒鳴られて追い返されたんだって。あれじゃあ八神くん、今年のクリスマス会にも参加できないぞ。」
「そう思うとなんだか気の毒ね・・・」
ぼくもみんなと同じ意見だ、学校にいる間ずっと勉強している八神くんにも、みんなと遊びたい気持ちはあるはずだ。
「でも、詩織さんのことはどうしようかしら・・・?」
「うーん、あいつはあたしの学校にいないみたいだから、よくわからなかったでいいんじゃないか?」
「え?詩織さんにウソをつくの?」
水澤さんがぼくたちを疑わしげに見た。
「でも、もし詩織さんがあの親父に何かされたら、詩織さん酷く傷つくかもしれないぜ?だったら、ウソついてでもそうならないようにした方がいいじゃないか?」
「・・・そうね、わかったわ。」
水澤さんは亜野くんの意見に納得した。
でもみんな心の中では、八神くんと詩織さんが仲良くなれたらよかったのに・・・、そう思っていた。
「いってらっしゃい詩織、車に気をつけていくんだぞ!」
お父さんに後ろから声をかけられ、おつかいへ向かって歩きだす。
あたしはスーパーマーケットへ行って竹串とケチャップを買いに行く、それが今回のおつかいだ。お父さんが夏祭りでフランクフルトの屋台をするのに必要なものを買いに行く。
「外に出るの、久しぶりだなぁ・・・」
数ヶ月前のあたしなら、絶対に外に行くなんてできないことだった。イジメをされたせいで、あたしの心はすっかり塞がってしまったんだ。だけど水澤ちゃんと友だちになって、そこから田所くん・亜野くん・笠松くんと友だちになってから、外に出るのがすっかり楽しくなった。ある時、亜野くんにイジメを受けていることを打ち明けると、あたしにこんなことを言ってくれた。
『いじめているやつらなんかな、反対に笑い飛ばしたらいいんだ。あいつらはな、困っているお前を見て楽しんでいるんだ。だから反対に、笑ってやればいいんだ。そうすればつまんなくなって、向こうからやめるはずだ。』
そして次の日、久しぶりに学校に来たら案の定いじめられた。だけど「アハハ!」と笑い飛ばしたら、みんなポカンという顔をした。そしていじめられるごとに笑っていたら、いつの間にかいじめはすっかり無くなった。
今ではすっかり心置きなく、学校生活を楽しく送ることができている。
家から歩いて二十分、スーパーマーケットについたあたしは、竹串とケチャップを買って出てきた。
「うんしょ、うんしょ・・・」
夏祭りで使うだけあって買った量がとても多く、家まで持ち運ぶのはとても大変だ。
するととつぜんあたしは転んで地面に倒れてしまった。
「痛い・・・ああっ!!」
なんと転んだときにあたしの体が荷物にのしかかったせいで、ケチャップの容器がつぶれて中からケチャップがあふれでてしまった。
「そんな・・・、これじゃあもう使えないよ・・・」
おまけに着ていた服もケチャップで赤くベタベタに汚れてしまった、一体どうしたらいいんだろう・・・?
「ねぇ、大丈夫・・・?」
すると誰かが声をかけてきた、そこにいたのはあの時、私が投げたボールを拾ってくれた彼だった。
「あ、あなたはだれ?」
「ぼくは八神というんだ、きみは?」
「あたしは詩織・・・、よろしく」
「うわぁ、ケチャップをこぼしてしまったのか・・・」
「うん、どうしよう・・・」
「ねぇ、ぼくの家に来る?丁度近くなんだ、そこで汚れた服を洗濯しよう。」
「え?でも、そんな悪いこと・・・」
「いいよ、今なら母さんしかいないから事情を話したら、わかってくれるよ。」
「うん、わかった。」
こうしてあたしは、八神くんと一緒に彼の家へ向かって歩きだした。
彼の家はここから近くにある、広くて白い家だった。あたしの家を二つ並べたくらいの大きさだ。
「ぼくの着ている服を貸してあげるよ、服は洗ってあげる。」
「いいの?なんか迷惑かけちゃって・・」
「いいのよ、息子が人助けするなんて立派なことじゃない。あたしはそれが嬉しいよ。」
そう言ったのは八神くんの母親だ、長い黒髪がきれいな女性だった。
「ごめんなさい、どうしてもほっとけなくてつい・・・」
「いいのよ、それにしてもごめんね詩織さん。家は息子しかいないから、着られる服がシャツしかないけど・・・」
「いいんです、ありがとうございます。」
「そういえば、竹串とケチャップを持っていたけど、なんでそんなものを?」
「あたしの家、肉屋なの。それで夏祭りに屋台を出すことになって、そのための用意を。」
「そうなの、偉いわね。」
「君の家のお肉、食べてみたいな。買いに行ってもいい?」
「うん、もちろんいいよ!」
詩織は八神と会話することが、こんなにも楽しいという感覚を覚えた。それは子どもながらに、恋をおぼろげながらに自覚したということだろう。
草野がポークホープでバイトを始めてから二週間がたった、彼はバイトを続けていくうちに肉の奥深さを知り、やがてソーセージ作りに興味を持ち自ら手作りしてみようと思っていた。
「お願いします、おれにソーセージを作らせてください!」
彼は
「・・・そうだね、まずは肉の基礎から教えてあげるよ。ソーセージ作りはそれからだ。」
「はい、よろしくお願いします!」
「あ、お客さん来たから接客よろしくね。」
そして草野は接客へと戻っていった。
それから一時間後、客足が落ち着いて店は静かになったが、作雄がまるで犬のように店内をウロウロ歩いている。
「兄さん、詩織ちゃんまだ帰ってないのか?」
「ああ、寄り道しなければ三十分もかからずに帰ってこれるのに、もう二時間も戻ってこない・・・。」
「それは心配だな・・・」
「もしかして事故にあったのか、それとも誘拐されたのか・・・!?」
作雄の顔が一気に青くなった。
「おれが探しにいこうか?」
「いいのか?ありがとうございます!!」
そして草野が詩織を探しに行こうとした時、一人のスーツを着た男とその息子とおぼしき子ども、そして詩織の姿があった。
「詩織っ!!」
「パパ!!」
作雄が詩織のところに駆け込んで、抱き締めた。少し感動的な空気の中、男が低い声で口を開いた。
「お前がこのガキ娘の父親か?」
その一言にその場の空気が凍りついた。
「えっ・・・はい、私が詩織の父です。」
「お宅のガキ娘が、息子に迷惑をかけたそうじゃないかーっ!勉強に支障をきたしたらどうしてくれるんだ!!」
男は作雄と詩織に向かって怒鳴った。
「父さん、もういいよ!家に招き入れたのはぼくだから、彼女は何も悪く」
「うるさい!黙っていろ!!」
口を開く息子を父親は怒鳴り声で黙らせた、すると草野は息子に見覚えがあることに気づいた。
「おい、お前八神か?」
「あ、草野さん!?」
「なんだお前は?息子と知り合いなのか?」
八神の父親は、草野をにらみつけた。草野は八神の父親に言った。
「ああ、おれはこのポークホープでアルバイトをしている草野っていうんだ。あんたの息子とは、ただの顔見知りだがそれがどうしたんだ?」
「そうか、それならいいがおれの息子に関わるのは止めてくれないか?息子には勉強という人生の命題があるのだ。」
「はぁ・・・、勉強勉強ってそんなに大事なのか?それと二戸部さんの娘がお宅にどんな迷惑をかけたか知らんが、いきなり他人の娘をガキ娘って呼ぶのは失礼じゃないのか?」
「なんだと・・・社会の底辺の癖に!」
草野と八神の父はにらみあった、一触即発の雰囲気だったが八神の父親が手を引いた。
「まぁ、こんな奴らと揉めるのも馬鹿馬鹿しい。とにかく二度と、家の息子に関わらないように娘に念を押して言い聞かせるように。次同じことがあったら、警察を呼ぶからな!」
八神の父親は息子を連れて帰っていった。
「大丈夫か詩織・・・?」
「うん、パパごめんなさい。」
「いいんだ、詩織は何も悪くない。」
そして詩織さんは静かに二階へと行ってしまった。
「全く、なんて男だ・・・!」
草野はしばらく胸くそ悪い気持ちになった。
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