近所のガマ大将は破天荒

読天文之

第1話転校生とガマガエル

ある五月の晴れた日の朝、いつもの朝礼がいつもと違っていた。なぜなら、先生のとなりには転校生がいたからだ。

ぼく・田所勝木たどころかつきは前から二番目の席から転校生を見つめていた。短髪で大人しそうな印象で、高そうなシャツを着ている。

「今日からこのクラスで一緒に勉強することになった、八神成太郎やがみせいたろうくんだ。よろしくな」

「初めまして、八神です。今日からよろしくお願いします。」

八神はぼくたちに深く頭を下げた、そしてぼくのとなりの空いている席にやってきた。

「改めまして、八神です。よろしくお願いします」

「あ・・・ああ、よろしく」

ぼくはこんなに礼儀正しい男の子を見るのは初めてだ。これから仲良くしていけたらいいな。

そう思ってぼくは放課後、早速八神くんを誘ってみることにした。

「八神くん一緒に遊ぼ!」

「ごめん、ぼくは勉強しなくちゃいけないんだ。」

そう言う八神くんの机の上は、放課後なのに教科書・ノート・筆箱が出ていた。

「そっか、それじゃあまたね」

そう言ってぼくは友だちのところへ向かった。

「おーい、転校生さそえたか?」

友だちの笠松丈志かさまつたけしが言った。彼の家は焼きそば屋で、ぼくもよく買いに行くお店だ。

「ごめん、勉強してるみたいでさそえなかった。」

「なんだよ〜、つまんないやつだなあ・・」

亜野研太あのけんたが呟いた、亜野はお調子者だけど野球はとても上手な奴で、学校の野球クラブではエースである。

「今日はクラブ練習無いよね?だったら、公園行こうぜ!」

「公園で何するの?」

「ほら、この時間なら『ガマおじさん』がいるじゃないか!会いに行こうぜ。」

「ガマおじさんか・・・」

ぼくの近所には、変わり者の男がいる。

それがガマおじさんこと、草野将大くさのしょうだいという男。

草野さんはいわゆる破天荒な人、ぼくのお父さんと同い年なのにぼくたち子どもに負けないくらいパワフルで、そのうえ力持ちで野球だって得意だ。

ただぼくのお父さんと決定的に違うところは、全く働いていないということ。朝からぶらぶら歩き回って、お酒を飲んでどこでもグータラ寝る。おまけに趣味は競馬で、大抵すぐ財布をほとんど空にしてしまうギャンブル狂だ。ぼくの母さんや兄が言う、いわゆると言われている男だそうだ。

だけど子どもにはとても優しくて、そんな草野さんが好きだ。

そしてぼくたち三人は、下校中に団地の公園へと向かった。この団地には亜野の家があって、その公園では必ず草野さんが寝ているベンチがあるのだ。

団地の公園につくとブランコの近くにあるベンチで、草野さんが新聞を顔にかけていびきをかきながら眠っていた。

「草野さん、寝てる」

「相変わらずグウタラだな、ちょっとイタズラしようぜ」

亜野はクスクス笑うと、眠っている草野さんの足元に回った。そして両手を合わせて人差し指だけを突き出した。

「おい、まさかあれを・・・」

「カンチョー!」

そう、まさかのカンチョーだ。亜野の両手の人差し指が、草野さんの股の間に突き刺さる。

「うぎゃぁ〜!」

草野さんがベンチから転げ落ちた、そして股を抱えながらピクピクと震えた。亜野はお腹を抱えて大爆笑している。

「アハハ!大成功だ!」

「大成功じゃないよ、後で絶対に怒られるよ!」

「そうだよ、ガマおじさんは怒ると怖いから・・・」

ぼくと笠松くんが亜野をたしなめていると、立ち上がった草野さんがぼくたちに近づいてきた。

「君たち・・・、おれが寝ているところにカンチョーなんて、やってくれるじゃないか。おれも負けてはいられないな・・・」

笑顔で言いながらポキポキ指を鳴らす草野さん・・・、完全に怒ってるよ!

「逃げろーっ!」

亜野が一番早く逃げ出した、ぼくと笠松くんも後を追いかける。

「待てーっ、逃がすか〜!」

その後を草野さんが追いかけてきた。









草野さんに追いかけられたぼくたちは、草野さんとキャッチボールをした。

「やっぱり亜野は上手いな、今年の夏は絶対に勝てよ!」

「ああ、わかっているさ!目標は地区大会優勝だ!」

亜野はそう言いながら、草野さんに向かってボールを投げた。

「おお、ええな!」

草野さんもボールを投げた。

「おーい、草野さーん!ぼくにもボールを投げてよ!」

「ええよ、ほら行くぞ!」

そして草野さんはぼくにもボールを投げた。

キャッチボールを投げている間に、時間は過ぎて五時のチャイムが鳴った。

「あっ、もうこんな時間だ!」

「もう帰らないとな。あっ、悪いけど笠松の家に寄っていいか?」

「もしかして、焼きそば?」

「ああ、今日一日朝から何も食べてないんだよ。競馬で稼ごうと思ったけど・・・、上手く行かないなぁ・・・」

「やっぱり今日もハズレたんだ、毎日ついてないね〜」

亜野がからかうと、草野さんはくさった。

「そんなに上手く行かないなら、競馬なんか止めて普通に働いた方がいいのに・・・」

ぼくが草野さんに言うと、草野さんは「わかってないな〜」と呟いた。

「いいか?おれには働くことは向いてない。なぜなら、おれはバカだから。そんなバカでも大金が手に入る方法が競馬なんだ。それに競馬は当たればすぐに巨額の金が手に入る!当たったときの喜びが気持ちいいんだよなぁ〜、子どもに解るのはまだ先だな。」

草野さんはケラケラ笑いながら言った、そしてぼくたちは団地の公園で別れた。







笠松の家「笠松屋」にて焼きそばを食べた草野は、団地に向かって歩きだした。

「ふぅ〜、食った食った。あそこの焼きそばは、味も良し、ボリュームも良し、値段の安さも良しで完璧なまでに最高だ!」

草野は上機嫌で帰宅しようとしていると、突然子どもの悲鳴が聞こえた。

「助けてーっ!」

「おおっ!?どうしたんだ?」

草野は緊急事態を察して走り出した、すると小学生の男の子が中年の男に襲われていた。

「ぼうや、おじさんと一緒に来ようか?」

「イヤだ、家に帰りたいよ〜」

ねちっこい声で呼びかける男と、嫌がる子ども。

「おい、てめえ何している?」

草野が低い声で言った。

「えっ、あんたこそだれだよ・・・?」

「おれは草野っていうんだ。その子を家に帰らせてやれ。」

「なっ、あんたはすっこんでろ!」

「ふぅ・・・ガマ座衛門ざえもん、こいつ食っていいぞ」

すると草野から煙が立ち上ぼり、20メートルはありそうな巨大なヒキガエルが現れた。

「うわぁーっ、巨大なヒキガエルだーっ!」

「おっさん、十かぞえるまでにそこから消えろ。さもないと、ガマ座衛門の飯になるぞ。」

ガマ座衛門は目線を男の方へ向けた、男は食べられる恐怖ですぐに走り去っていった。

一方の子どもも、ガマ座衛門の姿に腰を抜かして泣きそうな顔になっている。

「あ・・・ああっ・・・」

「おっ、驚かして悪かったな。安心しろ、ガマ座衛門はお前みたいな子どもは食べないから、落ち着け。」

『おい、ワシは子どもでも丸のみできるぞ』

「シッ!こいつが怖がるだろ、そんなこと言うなよ。」

ガマ座衛門が喋ると、少年が叫んだ。

「お化けガエルだ!!助けて!」

「おい、落ち着け。おれは怪しい男じゃないよ!」

草野が優しくいいながら近付きと、少年はネズミのように素早く走り去った。

「あーあ、またやってしまったなぁ・・・」

草野がやれやれと頭をかいていると、赤と黒のチェック柄の手提げカバンがあるのに気づいた。

「あの少年のだな・・・」

手提げカバンには「八神成太郎」とネームプレートがつけてあった。草野が手提げバッグの中をのぞいてみると、筆箱とノートと教科書らしき本が数冊あった。

「あいつ塾に行っているのか・・・、こんな時間までご立派なことだな。」

『おい、草野。そのカバンどうするんだ?金は見つかったか?』

「バカ野郎、子どもが落としたカバンに金があるわけ無いだろ、というか入っていても取らねぇよ!!」

草野はガマ座衛門にツッコんだ。そしてカバンの持ち主を探しに歩きだした。







今日は土曜日、学校はお休みだ。

ぼくは亜野くんと一緒に、近所のスーパーマーケットで遊戯王カードを買いに向かった。

「今週発売した新パック、楽しみだな。」

「うん、そうだね。」

そしてスーパーマーケットの二階にある売場に行き、カードパックを三つ買った。

「よし、それじゃあ公園で交換しようか」

「うん、そうだね。」

ぼくたちはみんなで遊戯王カードを買うと、必ず公園で買ったカードを見せあって、欲しいのがあったら交換しているのだ。

ぼくと亜野くんは公園につくと、買ったカードを開けてみた。

「おおっ!レアカード来た!」

「いいな〜、ぼくにちょうだい?」

「じゃあ、この前ゆずったあのカードと交換してよ。」

「え〜っ、あのカードは手放せないなぁ〜」

公園のベンチに座りながらそんな会話をしていると、草野さんがやってきた。手には手提げカバンを持っている。

「よお、お前ら。なんだ、遊○王のカード買ったのか?」

「うん、おれめっちゃいいの当てたんだ!」

「おお、それはいいな。ところでお前らに聞きたいことがある。」

「どうしたの?」

「このカバンなんだけど、八神成太郎くんのものなんだよね。八神くんのこと知らない?」

「えっ、あの八神くんの!?」

「本当だ!どこで拾ったの?」

「それがな、その八神くんが塾の帰りに不審者に襲われてな。ガマ座衛門出して追い払ったけど、八神くんがガマ座衛門に驚いてしまってな、このカバンほっぽり出してそのまま走り去っていったんだ。」

「そんなことがあったんだ・・・」

「でも、ガマ座衛門出したらそりゃ驚くよ。ぼくたちだって、最初はビックリしたもんだよ。」

ぼくたちが草野さんのガマ座衛門を見たのは、三年前のことだ。

ぼくと亜野くんと笠松くんたちで野球をしていると、ボールを拾った高校生の男子三人が、「返してください〜」といった笠松くんの顔をめがけてボールを投げた。

顔にボールが当たった笠松くん、亜野くんが「笠松に謝れ!!」と勇敢に男子三人に怒鳴ったが、あっけなく蹴り倒されてしまった。

「おい、何をしているんだ?」

そこへ現れたひげの生えた男が草野さんだった。

「ボールをぶつけたんなら、謝らなくちゃ。」

「おっさんの説教なんか聞かねぇよ!」

男子の一人が草野さんにケリを入れようとした時だった、草野さんが男子の足をとっさに掴んでそのまま振り上げた。

そして慌てる男子をそのまま地面に叩きつけた。

「おい、他におれとやる奴はいないか?今なら相手してやるぜ。」

草野さんが男子たちに言うと、草野さんの背中から煙がボンッと現れて、そして巨大なヒキガエルが現れた。

ぼくたちはその姿に全員腰が抜けて動けなくなった。

「化けガエルだーっ!」

「ヤバイ、ヤバイ!!」

「食べられたくなーい!!」

そして三人はあっという間に退散した、そして草野さんは腰が抜けたぼくたちに言った。

「安心しろ、このガマ座衛門はお前らみたいな子どもは食べない。食べるとしたら、オレと同じくお酒だな。あっ、お酒は飲み物だったな。ガハハハ!」

『いや、そこにいる子どもたちも食えると思ったら、いつでも食うよ。』

「おいっっ!!空気読めっーの!」

ガマ座衛門に突っ込む草野さんを見ていたら、なんだかおかしくてぼくたちは笑ってしまった。

それからぼくたちは草野さんと毎日遊ぶようになったのだ。

「ところで、お前ら八神くんのこと知らないか?このカバン失くして、困っているから早く届けたいんだ。」

「それなら僕が八神くんを呼んでくるよ、だからここで待っていて。」

「本当か、それはありがたい。」

そしてぼくたちは八神くんを探しにいった。

「八神くん、あそこにいるよね?」

「ああ、あいつ超がつくほどの勉強好きだからな。」

ぼくたちが向かったのは、市立図書館だ。八神くんは学校が休みの日、必ずここにやってきて勉強をしている。

ぼくは亜野くんと一緒に、市立図書館に入る八神くんを目撃したことがある。声をかけてみたけど、「勉強するから君たちと遊べない」と言われてしまった。

市立図書館の中に入ると、ぼくと亜野くんは静かに八神くんを探し回った。

「あっ、見つけた!」

亜野くんが小声でぼくに呼びかけた、亜野くんが指さす方向を見ると、八神くんが黙々と勉強をしていた。

「八神くん、ちょっといい?」

ぼくが八神くんに声をかけると、八神くんはめんどくさそうにぼくの方を向いた。

「どうしたの、今勉強中なんだけど?」

「実は八神くんのカバンを拾った人がいて、八神くんにカバンを返したいといっているんだ。」

「えっ!?あのカバン、見つかったの?」

八神くんが思わず大きな声を出した、周りの視線がぼくたちに向けられる。

「とりあえず、案内してもらってもいい?」

「ああ、行こう。」

そしてぼくと亜野くんと八神くんは、草野さんのところへ向かって歩きだした。

「カバン見つけてくれて、ありがとうございます。大切なものが入っていたので、失くした時は大慌てしました。」

「よかったね、草野さんが拾ってくれたんだ。」

「えっ・・・、草野さん?」

「そう、もしかして会ったことあるの?」

「うん、ぼくを助けてくれたんだけど・・、あの人とはもう会いたくないなぁ・・。」

「どうしてだよ、めっちゃいい人だぜ?」

亜野くんが八神くんにくってかかった。

「あの人は・・・、異常者だよ。だって背中から大きなガマガエルが現れて・・・、あんなの何かの妖術で作り出した幻だよ。それが使える草野さんは、常人じゃないよ。」

「確かにそうだけど、草野さんは絶対に悪い人じゃないよ。」

「確かに、ガマ座衛門の姿を見たらビックリしてしまうけど、草野さんは悪い人じゃないぜ。出会ってみたら、いい人かもしれないし。」

「・・・わかった、会ってみるよ」

ぼくと亜野くんに背中を押された八神くんは、公園で草野さんと出会った。

「おお、八神くん。来てくれてありがとう、はいカバン。」

「拾ってくれて、ありがとうございます。」

「いいってことよ、昨日はビックリさせて悪かったな。ガハハハ」

草野さんは白い歯を見せながら笑った。

「それじゃあ、これで失礼します。」

「おい、ちょっと待て。今からお昼に行くから、付き合ってくれ。」

「お昼って、草野さんもしかして・・・?」

「おうよ、久しぶりの大当たりだぜ!今日はオレのおごりだ!遠慮せずに食べてくれ!」

「大当たりって、一体なんのこと?」

「草野さんが競馬で大当たりしたんだよ、おれたちは美味しい物が食べられるんだぜ!」

「・・・ぼくは勉強があるからお断りします。」

八神くんはいつも通りに断ろうとしたが、草野さんは八神くんの肩に手を置いて言った。

「そんな遠慮するな、勉強の息抜きにごちそうになればいいよ。何せバチが当たることは何もないからな。」

「でも・・・、知らない人についていくのはよくないと両親から言われているので・・」

「おいおい、昨日会ったのに知らない人は違うだろ?だったら何もないよな?」

草野さんの言葉に、八神くんは何も言えなかった。

「よし、決まりだな!それじゃあ三人とも、オレについてこい!」

そしてぼくと亜野くんと八神くんは、草野さんの後について行った。

到着したのは「焼き笑い」という近所では知られた焼き肉店だ、ぼくもお祝い事で来たことのあるお店だ。

「ほらほら、好きなのじゃんじゃん焼いてくれ!」

席に座ると、草野さんは意気揚々とぼくたちに言った。

「じゃあ、おれは塩タンを頼む!」

「ぼくはカルビ!」

ぼくと亜野くんが注文する中、八神くんは不安そうに言った。

「ねぇ、競馬で大金が当たったのなら、なんでぼくたちに焼き肉をおごるの?貯金した方がいいのに・・・」

八神くんの唐突な質問に、ぼくたちは絶句した。確かに八神くんの言っていることは、ぼくの両親も含む大人たちが、草野さんに対して言いそうなセリフだからだ。

しかし草野さんは、ビールを一口飲むと八神くんに言った。

「それじゃあ、おれからも質問する。そんな人生は楽しいか?」

「え・・・?」

「君の言う、これからに向けてお金を貯める人生は楽しいか?」

「えっと・・・、それなりには楽しいと思います。」

「かーっ、全然わかってない!人生はこの瞬間、一秒一秒をどう楽しむかが重要なんだ。時は金なりということわざがあるだろ?人生を金もうけに費やしていたら、全然楽しめないじゃないか!おれはこんな人生イヤだと思うね。」

そう言って草野さんはまたビールを一口飲むと、八神くんに話を続けた。

「いいか?世の中は少しずつ、着実に価値観が変わる。それだけじゃなく考え方も仕事も遊びも変わる。お前が大人になった時には、世の中真っ暗な状況になってもおかしくない。もしそうなったら、これから楽しいことができると思うか?」

「草野さんは、人生を楽しく生きることにとてもこだわっていますね。」

「そうさ、それがおれの生きる意味だからな。お前は、人生に生きる意味はあるか?」

「生きる意味・・・、ぼくにはまだありません。」

「まぁ、あせることはない。大事なことは、いつの間にか見つけてるもんだよ。」

そして草野さんは焼き肉を口にいれた、八神くんはそれから一口も話さず焼き肉を食べた。








草野さんと別れたぼくと亜野くんと八神くんは、図書館へと向かっていた。

「なんか、ああいう人初めて見た。家のお父さんと正反対だよ。」

「君のお父さんは真面目なの?」

「うん、しかも人一倍真面目だよ。ぼくはお父さんのために、お医者さんにならないといけないんだ。」

「ふーん、そのために勉強しているんだ。」

「お前は親父から医者になれと言われているのか?そんなのイヤにならないのか?」

「ううん、むしろぼくのために言ってくれるからありがたいよ。」

話しながら歩いていると、ぼくたちの前にスーツを着た男が現れた。

「成太郎、ここで何をしているんだ!?」

「あっ、父さん・・・」

どうやら八神くんのお父さんのようだ。

「図書館で勉強していると思ったら、こんなところで遊んでいたとは・・・。早く家に帰って勉強しろ!!」

「ごめんなさい!お父さん!」

怒鳴るお父さんに頭を深く下げる八神くん、そしてお父さんはぼくと亜野くんをめざとく見つけると、顔を近づけて言った。

「紙とペンを貸す、ここにお前らの家の電話番号を書け」

「なんでそんなことしなきゃいけないんだ?」

亜野くんが質問すると「いいから書け!」と怒られたので、ぼくたちはそれぞれの名前と電話番号を書き出した。

紙を八神くんのお父さんに渡すと、ぼくと亜野くんに言った。

「いいか?次また成太郎と遊んだら、ここに電話するからな。覚えておけよ」

そして八神くんのお父さんは八神くんを連れて、去っていった。八神くんはぼくたちに少し振り向きながら、申し訳なさそうな表情をした。

「あー、怖かった・・・」

「本当にそれな、後めっちゃ嫌な人だったな。あんなのが父親なんて、なんかかわいそうだよな・・・」

「うん、せっかく友だちになれたのに・・」

ぼくと亜野くんは、気の毒な八神くんを想いながら帰宅した。







焼肉屋を後にした草野は、自分の家に帰宅して、ごろ寝しながらテレビを見ていた。

「ふぁーっ・・・、つまんねーなー」

草野はリモコンでテレビを切ると、仰向けになって寝た。部屋の中はゴミや雑誌などで溢れかえっている。

『草野、今ヒマか?』

「ああ、そうだけど?どうしたんだ、ガマ座衛門?」

草野さんの部屋に人間の子どもくらいのガマ座衛門がいた、これはガマ座衛門の変化の一つでアマガエルくらいに小さくなることもできる。

『じゃあ、少し部屋を片付けてくれよ。そうしないとおれがゴロゴロできないじゃないかぁ〜』

「え〜、今そんな気分じゃない・・・。」

『あーあ、そんなこと言っていいのかな〜?さもないと、お前のこと食べちゃうぞ〜』

ガマ座衛門は口からほんの少し舌を出してにらんだ。

「うわああっ!もう、わかったよ・・・」

草野は慌てて部屋の片付けを始めた、といっても部屋の広い部屋を片付けただけで、他にもそうじしないといけないところはある。

「ふぅ、まあこんなもんかな・・・」

草野さんはすぐに物に溢れた寝室へと向かい、横になった。

『草野さんはきれいな部屋で寝ないのか?』

「おれにはこっちの方が落ち着くんだよ。」

そして草野さんが寝ようとした時だった、電話が鳴り出した。

「なんだよ・・・、せっかく寝つき始めた時に・・・」

草野さんがめんどくさそうに受話器を取ると、電話口に出たのは草野さんの母親だ。

『もしもし将大?あんた、ちゃんと働いているんか?』

「なんだ、母さんか・・・。もう、おれのことはほっといてくれよ。」

『ほっとけるわけないでしょ!!あんたはいっつもぐうたらぐうたらしてて、働いていないじゃない!いつになったら、約束の仕送りをしてくれるのよ!』

「おかん、そうせかさないでくれ!もうすぐ大金が入るからよ。そうなったら、おかんもおれのこと見直すはずだ。」

『あんた、そのセリフ何回聞いたと思ってんねん?そんなこと言う暇があったら、とにかく働きなさい!!もし来月仕送りが無かったら、おじさんの家で住み込み労働してもらうから!』

「それは嫌だよ!せっかくの暮らしができなくなってしまう!!」

『それがイヤなら、一ヶ月以内に就職なりバイトなりして、仕送りをすることだね。それじゃあ約束破ったら、承知しないよ!!』

母親は乱暴に受話器をおいた、その音が草野の耳に聞こえた。

「あーあ、エラいことになってしまった・・」

草野の母親は怒らせると怖い、子どものころ同級生から「ジャイアンのママみたいだ」と怖れられていたほどに。

『なんだ、また母ちゃんが何か言ったのか〜?』

ガマ座衛門が寝転びながら呑気そうに言った。

「いいよな〜、お前は呑気でいられて。こっちは母親に仕送りをしないといけないのにってよ〜」

『だったらすぐに仕事さがせば〜?』

「だから、オレは仕事ができない性格なんだよ〜。だから競馬で金を手に入れるしかないんだ!!」

『でもさっきのはまぐれでしょ?何度も当たることなんてないから、それで貧乏になるよりは働いて給料をもらったほうがいいと思うけどな〜』

ガマ座衛門の的を射た発言に、草野さんは言葉に詰まってしまった。その時、草野はあるアイデアを思いついた。

「そうだ!ガマ座衛門、お前人間に変化できるよな?」

『なんだ〜?わしに働けってか?それはお断りだよ、人間に化ける変化は半日しかもたないし、使ったら一日使えなくなるから仕事には向いてないよ〜』

ガマ座衛門の変化は種類によって持続時間や使用後のデメリットが異なる。今使っている体の大きさを変える変化は、持続時間は無限だが使用すると三時間は大きさを変えられないデメリットがある。

「あーあ、結局オレが働くしかないのか。やだよ〜、やだよ〜、やだよ〜」

草野は子どもみたいに布団にもぐりこんだ、ガマ座衛門はただ暖かい目で見つめるだけだ。






翌日、放課の時間にぼくと亜野くんは昨日あったことを笠松くんに話した。

「お前ら焼き肉食べたのか?なんでおれを誘わなかったんだよ〜!!」

笠松くんが亜野くんに文句を言った。

「ゴメンゴメン、すっかり忘れていたよ!」

「も〜っ、今度オレにラーメンおごれよな。」

「わかった、わかった!必ず約束するからさ。」

亜野くんの説得で、なんとか笠松くんをなだめることができた。

「それにしても、八神くんがそんな大真面目だったとはなぁ・・・。父親のために医者になるか」

「オレだったらそうは思わないぜ、自分のやりたいことは自分で見つけるのが一番いいと思うけどな。田所もそう思うだろ?」

「えっ、ぼくは・・・」

今のぼくにはやりたいことは思いつくのは苦手だ、だからもしぼくの両親がこれをやりなさいと言ったら、八神くんみたいにやり続けるだろう。だけど、あの時の八神くんはどこか息苦しそうだった・・・。それはお父さんの期待がのしかかっているからかな・・・?

「だけど、八神くんの親父はマジで怖かったよな〜」

「うん、目つきとても鋭かったし」

「え、八神くんのお父さんそんなに怖いの?」

ぼくはその時のことを、笠松くんに説明した。

「マジか・・・、とんでもねぇ親父だな。」

「それでオレと田所が目をつけられてしまってよ、もう八神くんと遊べないぜ。」

「そうか、八神くん可哀想だな・・・」

今日も教室で勉強している八神くん、彼は今どんな気持ちでいるのだろうか?

そんなことを考えながら歩いていると、廊下で水澤藍里みずさわあいりと出会った。

「田所くんたち、丁度良かったわ。」

「どうしたんだよアイリー?」

「実はお願いがあって来たの、来週の土曜日って空いてる?」

「来週の土曜日・・・、とくに用事は無いよ?」

笠松くんと亜野くんも、「用事は無いよ」と言った。

「それじゃあ、来週の土曜日に付き合ってほしいことがあるのよ。九時に団地の公園に集合ね。それじゃあ」

それだけ言って水澤さんは去っていった。

「用事ってなんだろう?」

「さぁ?よくわかんねえ」

「そういえば、もうすぐ修学旅行だよね。」

「ああ、そうだね。行き先は大阪だっけ?」

「おれ、大阪についたらUSJに行きたいな!いろんなアトラクションがあるだろ?」

「あの〜、修学旅行じゃUSJに行かないみたいだよ。」

「マジかよーっ!あーあ、つまんないの!」

それからぼくと亜野くんと笠松くんは、修学旅行の話で盛り上がった。




































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