011 授業SIDE-A

 翌日、不思議と筋肉痛になっていない事に気付く。

中年になると筋肉痛は翌々日に出るというが、その翌々日が今日にあたる。

あれほど普段使わない筋肉を酷使したというのに、昨日も今日も筋肉痛になっていない。


 そして俺は気付いた。

右腕にあった子供の頃に怪我をした痕が無い。

どうやらこの身体、俺の身体ではない。

いや俺の身体はそうなんだが、元の世界の俺の身体ではないということだ。

俺は元の世界で死んで、この世界に来た。

トラック事故だ。あの質量にあのスピードでは、俺の身体はまともな状態ではないはずだ。


 つまり、この身体、この世界で与えられた似て非なる物だ。

その基本性能は、元の身体を凌駕しているに違いない。

その結果が筋肉痛なしなのだろう。


 そんなことを考えながら、美味しくない朝食を食べた。

そして、訓練着に着替えると、シャノと部屋の外へと出た。


「あ、(なんでこいつがいるんだ?)」


 部屋の外で待っていたのは、騎士クヌートだった。

更迭されたと思っていたのに戻って来やがった。

となると、たまたま昨日は不在だっただけか。

いや、訓練は騎士アーバイン師匠がしてくれるのかもしれない。

それならば、案内役ぐらい騎士クヌートでも良いか。


「私では不満か?」


 おっと、顔に出ていたようだ。

だけど、そう思っても、そんなことを口に出す必要ないだろ。

やはり、騎士クヌートは問題があるな。

チェンジできるだろうか?

エッダにでも言えば良いのかな?


 俺は返答することなく騎士クヌートの言葉を無視して、訓練場に向かおうとした。


「今日はそちらではない」


 そう言うと騎士クヌートが別の方向に案内しだした。

そして、連れていかれた先は、王城内の一室だった。


「マイヤーハイム殿、勇者をお連れした」


「入りなさい」


 騎士クヌートに案内された一室は、書斎のような感じだった。

周囲に本棚が巡らされており、そこに対面するような形でテーブルと椅子があった。

どうやら、座学の部屋らしい。


「今日から其方に授業を行うマイヤーハイムじゃ。

緊張せんで良い、難しいことは教えん。

この世界で生きていく基礎知識を授けるだけじゃ」


 マイヤーハイム師は、俺に座るように促しながら自己紹介をし、簡単に授業内容のレクチャーをした。

どうやら本当に初歩の一般教養しか教えてくれないようだ。


 その間にいつのまにか騎士クヌートは消えていた。

どうやら今日は案内役だけだったようだ。

連絡係のはずなんだが?


「まずこの世界のかねを教えておこう。

勇者は数は数えられるはずじゃな?」


 そう言うと、マイヤーハイム師は、大小さまざまなコインを机に並べた。

四角い板状のものもある。


「材質により4種、形で3種、合計10種類ある。

一番安いのが銅貨で銅貨、大銅貨、銅板じゃ。

銅貨1枚が1ゴルダ、大銅貨1枚が10ゴルダ、銅板1枚が100ゴルダになる。

次が銀貨、大銀貨、銀板じゃ。

銀貨1枚が1千ゴルダ、大銀貨1枚が1万ゴルダ、銀板1枚が10万ゴルダになる。

次が金貨、大金貨、金板じゃ。

金貨1枚が100万ゴルダ、大金貨1枚が1千万ゴルダ、金板1枚が1億ゴルダになる。

そしてその上がミスリル貨じゃ

ミスリル貨1枚は10億ゴルダじゃな」


 つまり材質で銅銀金ミスリルと上がって行き、大きさと形で小大板と上がる。

10進法で1桁1種だから覚えやすい。


「大銅貨1枚で庶民はパンを1個買える感じじゃな。

宿屋に泊まって銀貨1枚、新品の服が大銀貨1枚以上という感じじゃろう」


 ちょっと物価に差がある気がするな。

パン1個と服1枚に1000倍の価値の差がある。

元の世界と比べると開きが大きいぞ。

あ、服をスーツと考えればそんなものか。

ブランド物ならばそれ以上も行くしな。

つまり新品の服は高級品ということだな。


「勇者様には、週で銀板1枚程度の予算が出ているはずじゃ。

そうじゃ、日付に関してじゃが……」


 1年360日、30日で1月、1週間は7日、曜日は風火水木金土光だそうだ。

元々あった曜日を勇者が紛らわしいと並べ替えたらしい。

それがそのまま定着しているとのこと。

古文書を読むときに気を付けなければならないが、今の世の中で使う分には問題ないそうだ。


 それにしても、予算が出ていたのか。

お金は異世界知識を売って稼げと言われていたが、その予算は自由に使えるのだろうか?


「その勇者に出ている予算は、自由に使えるのか?」


「おそらく今でも使っているはずじゃよ?」


 ああ、そうか。

シャノを買ったり、メイド服を買ったりは、俺の財布か。

つまり、俺は借金生活中ってことだな。

メイド服は王家御用達の特注品、シャノの購入金額は人の値段なんだから銀板1枚を超えているはず。


 やばい、これは早急にお金を稼がなければならないぞ。

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