009 訓練SIDE-B
「ご主人様、どこで寝ればいいにゃ?」
シャノは諦めていなかった。
寝床を確保していないことを利用して、ソーマと添い寝するつもりだろう。
「着がえが無いにゃ。
大切なメイド服は、脱いじゃうしか無いにゃ」
しかも、着がえが無いなどと嘘を付いて、半裸で迫るつもりだ。
ソーマが視線でエッダに助けを求めている。
『エッダ、シャノを援護しろ』
ここはそのまま成り行きに任せる。
どっちに転んでもマイナスにはならないからな。
エッダはソーマの助けを訴える視線を意図的に無視した。
そうこうするうちにシャノはメイド服を全て脱ぎ、下着姿の半裸でメイド服をたたみだした。
その後ろ姿をわざとソーマに見せつけている。
所謂ラッキースケベというやつを装っているのだ。
ソーマもシャノに気付かれてないと思ったのかガン見だ。
「エッダ、シャノの寝間着は?」
だが、ソーマはヘタレた。
シャノの寝間着を要求して来た。
「ありません。それと急には用意できません」
エッダが嘘を付く。
そんなものいくらでも用意されている。
防御力の高いパジャマから、攻撃力の高いシースルーのネグリジェまで、状況により選り取り見取りだ。
「もしかして、シャノの寝る場所は?」
「その大きなベッドですね」
エッダがソーマのベッドを指差す。
しまった。
もっと小さいベッドにしておけば、シャノと密着しただろうに。
それは数人が一緒に寝ても隣の者と接触しない、ダブルキングサイズのベッドだった。
「エッダはどこで寝ている?」
その大きさにソーマも安心したのだろう。
エッダの睡眠に興味を持ったようだ。
「私は常にこの場所ですが?」
エッダは24時間監視要員だ。
この部屋にソーマが居る限り、この場を離れることはない。
「私はソーマ様が訓練場などに行っている間に休むのです」
そこはプロ、手を抜く場面や、ちょっとした時間に休むテクニックは持っている。
ソーマが少し残念そうな顔をする。
もしかすると、エッダにシャノを押しつけて、一緒に寝かせようと思ったか?
残念だったな、その手は使えないぞ。
「出来るだけ長く訓練をして来るよ」
ソーマは、シャノがベッドの隅で寝る事を容認し、エッダには休めるように長く訓練してくると告げて就寝した。
まあ、魔物を倒したらシャノを抱くとの言質はとった。
しかも、そのために訓練に精を出してくれる。
明日は訓練、我々も手を抜けそうだ。
◇
翌日、騎士クヌートに連れられて訓練場へ向かうソーマを見送った後、俺はこの国の王、エーベルヴァイン王に呼び出されていた。
そこは儀式用の謁見の間ではなく、国王執務室という王の仕事場だった。
つまり、堅苦しい用事ではないということだ。
「ヒルシュフェルト、此度の勇者はどうだ?」
エーベルヴァイン王は、ソーマの様子を知りたがっていたのだ。
その報告に俺は呼ばれたのだ。
「はっ、此度の勇者は、名をソーマと偽名で名乗るような警戒心があります。
これは逃走タイプの典型かと思われます」
ソーマは、こちらが何か強要でもすれば逃走する、所謂逃走タイプの勇者だと思われた。
「となると、野垂れ死にか、他国に拾われて余計なことをするかか」
王は、逃走タイプの末路を予想した。
この国に対するソーマの脅威度を計っているのだ。
「いえ、まだ逃走するとは限りません。
ソーマは従者のネコミミ奴隷に執着を見せています。
その奴隷を使って縛ることが可能かと思います」
「そうか。
実力はどうか?」
王は、勇者が1人、手駒として手に入りそうだと確信したのだろう、少し緊張を緩めたように見えた。
勇者と言っているが、彼らは自然現象により異世界から落ちて来た遭難者だった。
その遭難者が、この世界に仇なす行為に及ばないように、保護し導くのがこの国の使命だった。
遭難者はチートスキルを持ち、野放しにすると何をするかわからなかった。
そこで遭難者に自分たちの立場を認識させる必要性が生まれた。
その手段が、勇者召喚を装うというものだった。
俺たち王宮特別監視団はその遭難者を監視し、時には矯正し、この国に害の無い存在に導くことを任務としているのだ。
「ソーマのチートスキルは【スキル模倣】でした。
他人のスキルを強奪する【スキル強奪】よりは弱いですが、それを持っていると認識すれば、それでも危険なスキルとなるでしょう」
「つまり、持っていると認識させていないのだな?」
「はい、ソーマには【聖級剣技】を持っていると誤認させています。
我らでソーマの所持するスキルをコントロールし、危険なスキルを手に入れないように育てるつもりです」
危険なスキル、他人を洗脳し支配するようなスキルがある。
それを所持されたがために、この国は第一王女を悪漢の手で穢されてしまっていた。
そんな事が二度と起きないようにするのも、我らの使命だった。
「あのような事が二度と起きないように頼むぞ、ヒルシュフェルト」
「ははっ。
ソーマは女性に奥手のヘタレです。
奴隷従者にもなかなか手を出しません」
「そうか」
エーベルヴァイン王が安堵の表情を浮かべる。
そしてこの謁見は終わりを迎え、俺は国王執務室を辞した。
◇
「それで今日の訓練はどうだった?」
俺が不在の間、ソーマの監視は部下に任せていた。
その報告を受ける。
「騎士クヌートがソーマに嫌がらせをしました。
わざと訓練内容を知らせず、革鎧を着せてから持久走をさせたのです」
「相変わらずだな、クヌートは」
クヌートは過去の勇者によって迷惑を受けた家系の出だった。
そのため、勇者には厳しく当たるので有名だ。
残念なことに、勇者付きの騎士の人事権は我らには無い。
やりすぎでソーマが反感を持って出奔しないうように、監視とフォローが必要だった。
「フォローは?」
「それが、ソーマが【身体強化】スキルを取得し、持久走を難無くこなしたため、介入いたしませんでした」
「その対応で良い」
ソーマ個人が苦にしなかったのならば、それで良い。
だが、【身体強化】を手に入れたのが、走ったおかげなのか、それとも我らが隠蔽した【スキル模倣】が発動したおかげなのか、そこは監視を強化しないとならないな。
「ソーマが、どのように【身体強化】を手に入れたのか、他のスキルを取得するかで確認する。
明日の訓練には介入すると騎士クヌートには伝えろ」
自ら【スキル模倣】を使用出来てしまっているならば、ソーマには他者との接触を禁じなければならなくなる。
ソーマはコントロール出来ていて安全だと王には報告してしまっている。
ここは慎重に行動しなければならないな。
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