008 決意SIDE-B

 これでソーマがシャノを抱き、王国の紐付きになる、そう思っていた俺の予想の斜め上をソーマは行きやがった。


「シャノ、この場で奴隷から解放したい。

そして、結婚してください。

これは主人からの命令ではない。

シャノの本心で答えて欲しい」


「嬉しいけど、嫌にゃ」


 異世界人――この世界にとってのね――は、奴隷解放に拘る。

だが、それは奴隷購入の時に通る道だ。

奴隷制度に異議を唱えて揉め、厳しい説得のうえ購入させる。

ソーマはそこでスルーしたものを、今更持ち出すとは、どういった了見なのだろうか?


「え?」


「結婚は嬉しいけど、奴隷解放は嫌にゃ!」


 当然のようにシャノが断った。

野に下り、逃亡の後ならば奴隷との結婚コースはあるだろう。

だが、王城に残り、正式な勇者を目指す者が、奴隷と結婚?

何をバカなことを言っている?

いや、それが異世界人、しかも日本人の在り様か。


「なぜそうなる?

これは良いことではないのか?」


 シャノも有り得なすぎて、返答に窮している。


『エッダ、説明を頼む』


 俺はシャノに代わってエッダに説明をするように要請した。

シャノが説明するのは不自然だし、またボロが出ると困るからだ。


「ソーマ様、先程仰られていた実績作りが先では?」


 説明に困っているシャノに代わってエッダが間に入った。


「現状シャノ自身には信用がありません。

今はソーマ様の奴隷だということで、従者としての信用を得て王城内に居られるのです。

奴隷解放をした場合、シャノは自分の意志で行動できます。

そうなると、シャノには常に監視が必要となってしまいます」


 監視対象がソーマ自身なのは秘密だ。

シャノはこちら側のスタッフなので、信用はある。

本当に信用がないのは、ソーマなのだ。


「契約で縛られた奴隷身分でなければ、シャノは王城には居られないということか?」


「はい。それが王城の安全保証セキュリティです。

私も伯爵家二女の身分故にここに居られるのです」


 エッダの説明は、一般論として事実。

逆にソーマを縛るために奴隷を持たせる。

その奴隷を解放されては困るのが本音だ。


「だが、待て。

俺は勇者だろ?

勇者の嫁に信用がない?」


 これはエッダには答えにくい質問だ。

ここは否定という手は無いな。


『エッダ、正直に答えて良い』


 ここは、ソーマに現実を突き付けても良い展開だろう。


「王国で保護された異世界人を便宜上勇者と呼んでいるだけで、ソーマ様の信用はゼロから築かれている最中ですよ?」


 ソーマは、どれだけ自分が優遇されているのかに気付いたようだ。

ソーマが王国に不信感を持っていたように、王国だってどんな人格なのかもわからないソーマを不安に思っている。

それなのに、厚遇されているのは何故なのかということだ。

俺たちだって、何もソーマを害するために活動しているわけではない。

ソーマが王国にとっても良い方向に、お互いに損をしないように活動して欲しいだけなのだ。


「その信用を得る手段が勇者の実績か」


 ソーマがその目標に向かって真面目に取り組んでくれれば、このような監視も必要ではないのだ。


「つまり、シャノを奴隷のまま妻にして、俺が勇者としての実績で信用を得た後に奴隷解放すれば良いのか?」


 ソーマはそれで満足なのか?

今までの勇者は、ハーレムを望む者も多かったぞ?

正妻は身分の高い貴族の娘という選択肢もあるのだ。


「簡単に言うとそうなりますが、奴隷を妻にすれば貴族社会から下に見られますよ?」


 勇者という存在を快く思っていない貴族――過去の不届き者の被害者だったりする――もいる。

その格好の攻撃材料になってしまうだろう。


「ご主人様、シャノはこのまま可愛がっていただければ良いだけにゃ」


 シャノもそこまで妻の座は望んでいない。

一夫多妻が容認されているこの世界では、側妻や妾でも問題ないのだ。


「勇者として実績を上げれば、王国から爵位や領地が与えられるでしょう。

その領地内であれば、ある程度の自治は許容されます」


 エッダが上手く誘導する。

暗に領内だけで奴隷解放すれば良いという提案だ。

ソーマに目標を与え、勇者としての訓練を真面目にやらせようという意図だろう。

ソーマが脱線しないように、勇者として王国のために働くように、それが俺たちの活動の目的でもあるのだ。


「実績とは、魔物や魔王軍の討伐になるのか?」


「はい。そのために明日からの訓練があるのです」


 勇者だからと、何の訓練もしないで危険地帯に放り出すようなことはしない。

自分の能力を過信して死んで行った者を俺たちは知っているのだ。


「わかった。訓練をこなして早く実績を積もう。

俺は、領地を持ち、自由に自治をする。

そしてシャノを奴隷から解放して妻にする!」


 よし、ソーマにやる気を起こさせたぞ。

エッダとシャノの大手柄だ。

若干何かのズレは感じるが……。


「シャノは奉公奴隷なので、契約期日で奉公あけ、つまり奴隷解放されますから、それまでに頑張ってくださいね?」


「え?」


 ソーマもタイムリミットがあれば、張り切る事だろう。


「あれ? これって独りよがりだった?」


「愛してくれるならば、シャノは嬉しいにゃ」


 シャノよ、さあ抱かれるのだ!

ソーマをがっつり繋ぎ止めろ!


「ありがとう。シャノ。

でも、俺の倫理観が邪魔をする!

そうだ、俺は訓練をこなし、魔物の討伐を行う。

その時は、シャノ、俺を受け入れてくれ」


「はいにゃ?」


 は?

何言ってんのこいつ?

今抱けよ、今!

またヘタレが出たのか?

それとも結婚しないと抱けないとか?

少しの勇気があれば、エッダでも良かったんだぞ?


 だが、魔物を討伐したらという言質をとったぞ。

その時はシャノから襲わせてやるからな!

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