006 疑念SIDE-A

 俺が風呂として想像していたのは、猫足のバスタブだった。

追い炊き機能などなく、使用人が沸かした湯を注ぎ込んで使うやつだ。

洗い場はなく、バスタブの中で泡をたてて洗う。

なので、バスタブの外が直接脱衣所で、服もその場で脱いでメイドに渡すと、置いてある衝立のようなものに服をかける。

狭いバスタブに一緒に入らないと洗えないな、なんてことを想像をしていた。


 だが、そこにあったのは……。


「日本式?」


 入口には脱衣所があった。

服を脱いで、横の棚にある籠へと入れるやつだ。

その棚に籠が複数あるということは、一人用風呂ではないことを意味していた。

そして、その向こうの引き戸が開いた先に見えているのは、五人は一緒に入れるだろう埋め込み式の風呂桶だった。

風呂桶は陶器製だろうか?

このような大きな陶器を焼ける窯と製造技術があるとは驚きだった。

しかも洗い場の床は大理石のようだ。


「ローマ風呂っぽくもある?」


 俺が混乱していると、シャノがスポーンと奴隷服を脱いだ。

奴隷服は貫頭衣で、腰のところで紐を結んでいるだけだ。

しかも下着をつけていないので、あっという間にすっぽんぽんである。


「ご主人様、入ろう?」


 シャノが上目遣いで見つめて来る。

この世界、奴隷でも風呂の習慣があるのか。

初めて入るようには見えない。

それよりも俺は、あっけらかんと全裸を晒すシャノに焦っていた。


 シャノの身体は均整のとれたスタイルで、女性らしいラインを形作っていた。

胸はおわん型でDカップはあるだろうか?

ウエストが縊れ、お尻も張りがあってキュッと上がっている。

そのお尻の割れ目の上から黒くて長い尻尾が生えている。

そこで思わず猫人族だったのだと思い出す。


「失礼しますにゃ」


 シャノはそう言うと俺の服を脱がしにかかった。

俺の服装は、こちらの世界にやって来た時のままのスーツ姿だ。

この世界には無い仕様の服なので、知識の無いものには、そう簡単に脱がせられるわけが……。


「なんで脱がせられる?」


 俺もあっという間に全裸にされていた。

ボタンはまあ、この世界にもあるだろう。

だが、ネクタイやズボンのベルトにファスナーなど、知識が無ければ脱がせられないものがある。

なんだ、この違和感?

まさか……。


「おまえ、何者だ?

まさか、今までも勇者に付いていた経験があるのか?」


 俺は、全て仕組まれていたのではないかと思い至った。

この世界には過去にも勇者が来ている。

それは間違いない。

だが、俺が会った者たちの服装には、俺たちの世界の服の製法は伝わっていないのか、何の技術的な模倣も存在していなかった。

ましてや、奴隷身分の者が俺たちの世界の衣服を知っているわけがない。

それを知るには勇者の従者が初めてではない場合に限る。

つまりシャノは、王国が俺に付けた諜報員なのだ。


「意味が解らないにゃ?」


「なぜ勇者の服を知っている?」


 知らない服、そして知り得ない立場、それを知っていることで導き出されるのは、シャノが従者経験者だということだ。


「それの何が不思議にゃ?」


「この世界に無い服だからだろ!」


 明らかにシャノの顔が曇る。

失策をしでかしたと思ったのだろう。


「そんな服普通にあるにゃ。

でも、そう言っても信じないにゃ?」


「ああ、そんなの何の証拠にもならない!」


 異世界の服ともなれば、その製法や希少性から高額なはずだ。

奴隷身分のシャノの周囲に、それが普通にあるわけがない。

あるならば、王城で会った人物の誰かが同様の技術を使用した服を着ているはずだ。


「困ったにゃ。

そうだにゃ! 勇者ならば、奴隷の従者は既にお手付きにゃ」


「は?」


 何を言い出す?

だが、性交渉OKな奴隷がいて、お手付きにしない男性勇者など存在しないというのは理解出来る。

例外的に女性に興味が無いとかを抜きにして。

こんなお風呂イベントが発生して、俺にもそんな気が無かったわけではない。


「だから、ほら見るにゃ」


 シャノが腰を降ろしM字開脚すると、自分のあそこをくぱぁして見せた。

そこにはしっかり処女の証が……。


「何をしてるんだよ!

解かった、解かったからやめろ!」


 俺は証拠を目の前にしてパニックになった。

お手付きでないだと?

前勇者がインポで無い限りそんなことはない。

あれ? まさか本当に違う?


「何をやっているのですか?」


 騒ぎを聞きつけて、エッダが脱衣所にやって来た。


「こ、これは……」


「何のプレイですか?」


 エッダのジト目が痛い。

この場面を客観視すると、俺が奴隷少女に変態行為を強要しているようにしか見えない。


「ち、違うんだ」


「ご安心ください。

従者にはそういった仕事も受けるように言ってありますから」


 エッダは夜のお仕事に理解があった。

って、違うから!

俺は必死にこうなった経緯を説明した。

国に疑いを持ったことも含めてだ。


「なるほど、それでシャノが証明して見せたのですね?

しかし、それは取り越し苦労です」


 エッダはこの場面が誤解だと理解してくれた。

だが、その顔には呆れが見えていた。


「このような簡単な事が拗れすぎです。

この場合、奴隷には命令するだけで良いのです。

正直に答えろと」


 奴隷は隷属契約で主人に逆らえない。

つまり、正直に答えろと命じてから質問をすれば、嘘偽りなく答えてくれるのだ。


「シャノは国が送り込んだ諜報員か?」


「違うにゃ」


「シャノの知識は本当に普通に知っていることなのか?」


「本当にゃ」


「シャノは過去に勇者に付いたことは無いのか?」


「無いにゃ」


「俺が悪かった」


 完全に思い違いだった。

どうやら、俺の中に国に対する疑いが燻っていたようだ。

それが些細な違和感で炎上してしまったのだ。


「別に良いにゃ。

それより、さっさとお風呂に入るにゃ」


 この後、時短でエッダがシャノを洗った。

俺のお風呂女体堪能コースはキャンセルされてしまった。


 エッダの裸も見れただろって?


 メイドは凄い。

エッダはメイド服のまま、濡れることなくシャノを洗ったのだ。

俺はその神業を湯舟の中から見ただけだった。

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