003 就寝SIDE-B
どうやら対象は、このままこちらの指示に素直に従うようだ。
ここで少し状況を変えて様子を見るか。
対象が
『王女役、撤収だ。
メイド役、連絡騎士役スタンバイ』
「勇者様、今日はお疲れでしょうから、お休みください。
では、後は頼みますよ」
王女役が近衛騎士役に守られて撤収する。
いや、近衛騎士は本物だ。
ただし、彼らの役割は王女役の護衛ではなく、対象の監視だったのだがな。
王女役の撤収が、監視の終了も意味していたのだ。
対象は多少戸惑う様子を見せた。
どうやら、この後も王女役が案内してくれると期待していたようだ。
これは王女執着度Bだな。
これならば、王女と結婚させろなどと言いだすのは魔王討伐後だろう。
中には今夜にでも王女を抱かせろなんて言い出す不届き者も存在する。
そんな奴は早々に処分して来たのだが、さすがにそれも良くないということで、王女役を用意することになったのだ。
本物の王女様は差し出せないが、王女役ならばという苦渋の選択だ。
王女役が離れた後は、連絡騎士役とメイド役が対象を部屋へと案内する。
この部屋は、比較的素直に従った対象専用の好待遇部屋だ。
ほとんどの対象は好待遇により巧く制御することが出来るが、中には逆に抑圧し質素な生活の方が巧く行く場合もあるのだ。
贅沢に慣れて訓練もしなくなるというパターンだな。
「どうぞこちらへ」
メイド役の先導で、対象が好待遇部屋に案内される。
「私が連絡役を務める騎士クヌートだ。
明日以降、勇者様には剣術訓練と、この世界の基礎知識を勉強してもらうことになる。
私は常に部屋の外に控えているので、判らないことは訊ねて欲しい」
今回の連絡騎士役はクヌートか。
彼は対象に厳しく当たるタイプだ。
勇者に反感を持っているぞと示す演技をする。
その方がリアルだし、まあ個人差なので許容している。
それにより、対象の隠れた性格などが出る場合もある。
今回も対象が多少怪訝な顔をしている。
だが対象は、そこで偉そうに怒ることも無かった。
その情報を引き出したのがクヌートの態度なのだ。
「私は勇者様の身の回りのお世話を命じられたエッダと申します。
この部屋の中に常駐させていただきます。
身の回りでご不便なことがあれば、なんなりとお申し付けください」
メイド役はエッダ。
ハニートラップ要員だな。
対象に抱かれることで、王女様との結婚を諦めさせる任務を持つ。
まあ、対象によっては両方手に入れたい、いやもっと増やしてハーレムをなんての者いるが……。
だが、そこで通常とは違う反応が出た。
「俺は」
対象が口籠る。
何だ? 今までに例の無い反応だ。
一瞬の時間が何分にも引き延ばされたように感じたその時。
「俺はソーマという。これからよろしく」
対象が自己紹介をした。
なんて律儀な奴なんだ。
これからじっくり関係性を築いてから、個人情報を収集しようと俺たちは考えていた。
尤も、こちらはステータスを手に入れているため、本名まで丸わかりだ。
知らないふりで誠意をもって接しているというポーズをとるつもりだったのだ。
それが向こうから自己紹介とは……。
そして、彼は、自分の名前を騙っていた。
そういえば本名で隷属契約をするなどと疑い、頑なに名を明かさないという例があったな。
それで偽名なのだろうな。
この対象は我らの掌の上で転がせるタイプかもしれないぞ。
ならば、多少優遇しても良いだろう。接待コースで行くか。
『クヌート、外で待機。
エッダ、ハニートラップ発動』
騎士クヌートが、頷くと部屋を出て行った。
こちらの指示に頷くんじゃない。
後でお小言だな。
彼を外に出したのは、エッダの誘惑の邪魔にならないためだ。
だが、対象――いや、これ以後はソーマで統一する。
ソーマは納得したような顔だ。
何かを想像して自分の中で折り合いがついたのだろう。
「ソーマ様とお呼びしても?」
メイド役のエッダが、そのまま残り誘惑を開始した。
彼女は、それ専用の任務であるので、覚悟は決まっている。
しかも処女である。
魔法で膜を再生した手練れだがな。
召喚者には処女厨と呼ばれる者たちがいて、処女でないと烈火の如く怒り出すのだ。
そこで作戦が台無しになったことが何度あったか。
「構わないよ」
ソーマが声を上ずらせながら応じる。
やはりこういった接待を期待していたふしがある。
「ありがとうございます。
今夜のお食事はいかがいたしましょう?」
ソーマの世界とは時差があることが知られている。
食事を用意することは出来るが、拒否される場合もある。
まあ、次の台詞「(ご飯にします?) お風呂にします? それとも、わ・た・し」を言うチャンスなわけだが。
「いただこうか」
は? 何言ってんのこいつ?
おまえが素直に応じているから、接待コースなんだぞ?
は? いま夕飯食べるの? 向こうでは昼間だったはずだよね?
「わかりました。
お食事をお願いします!」
エッダがベルを手にして鳴らすとドアの外に声をかけた。
多少、頬がぷくっと膨れている気がする。
それはそうだ。一世一代のあの台詞が言えなかったのだ。
その気持ちはよくわかる。
「どうぞ、そちらでお待ちください」
エッダの不機嫌に気付かないのか、ソーマが素直にソファに座る。
もしかして、彼は俺たちの指示をなんでも素直にきくタイプなのでは?
となると、彼の沸点を探る必要がある。
『食事に細工をしろ。
フルコースをやめて、街の定食レベルにして様子を見る』
急な変更により厨房が慌ただしくなる。
だが、さすが王城の調理スタッフ、注文通りの料理を用意してくれた。
その間もソーマは文句ひとつ言うことなく黙って待っていた。
そう黙ってだ。
メイドのエッダと部屋に二人きりなのに、世間話もしていない。
コミュ力が低いというやつだろう。
ここはエッダにあっちで頑張ってもらって、コミュニケーションを密にしてもらいたいところだ。
夕食の準備が出来た。
カートを運んで来たメイドがドアをノックする。
それをエッダが入口で受け取る。
あくまでも部屋の中はソーマとエッダの二人だけだ。
他のメイドを気に入られても困るのだ。
彼女たちはハニートラップ要員ではないからな。
『エッダ、料理変更。
定食になった。配膳に注意』
エッダに料理が換わった事を伝える。
それに従い、エッダが料理を応接テーブルの上に並べる。
本来ならば、コース料理を順番に出すが、定食なので全てを並べる。
「お待たせしました。
どうぞ召し上がりください」
さて、ソーマはどのような顔をするのか?
定食を見たソーマは少し顔をしかめた。
庶民には贅沢な食事だが、ソーマには質素に見えたようだ。
だが、ソーマは文句の一つも言わずに食べ始めた。
やはり、多少の冷遇があっても素直に従うタイプのようだ。
だが、気を付けなければならない。
食の不満が暴発することは多々あるのだ。
ここで、食事事情の改善のために、積極的に異世界知識を持ち出す者もいる。
そうなることをソーマには期待したいところだ。
食事が終わり、ソーマからは何の提案も無かった。
期待外れだ。
だが、ここでまた予期せぬ事態が起きた。
「ところでエッダは、ずっとここに居るって聞いたけど、寝るのはどこで?
食事は? トイレは?」
ソーマの口にしたその台詞は、エッダに対する夜伽の打診ともとれるものだった。
いや、探りを入れて来たというところか。
「はい。基本的にはソーマ様から離れません」
エッダが決意の台詞を口にする。
このままハニートラップをかけるつもりだ。
「交代はないの?」
「ありません。
ソーマ様がこの部屋から離れた時に、いろいろ済まさせていただきます」
エッダも必死だ。
この後、ソーマを捕まえて王国の役に立てば、一族郎党取り立ててもらえるのだ。
所謂玉の輿に乗るかどうかの瀬戸際だった。
「俺が寝てる間は?」
「お傍に居させていただきます」
エッダがチャンスとばかりに身を乗り出す。
「一緒に寝る?」
「夜伽をお命じになるのでしたら、喜んで」
決まった!
ソーマも鼻の下が伸びている。
これでハニートラップは成功。
ソーマを王国の紐付きに出来る。
エッダの大手柄だ。
「はっ! いかんいかん。
そんな気はないから!」
は? 何言い出すの?
このヘタレが!
ソーマが最後の最後でヘタレやがった。
このままエッダが強引にという手もあるが……。
『エッダ、一旦退け』
「それでは、お着替えのお手伝いをしましょう」
ヘタレは拗らせると質が悪い。
強引な手がマイナスになるなんてことが多々ある。
ヘタレが女性に手を出せない理由は、相手の気持ちが読めないからだ。
相手に拒否されたらどうしよう、それで一歩退いてしまう。
「これは、次の段階、奴隷少女を用意するべきか」
ヘタレが好むのは奴隷少女だ。
奴隷ならば拒否されない、そう思うと気が大きくなり、女性を抱くことが出来るのだ。
まずは、この世界に奴隷がいることを印象付けようか。
とりあえず奴隷猫耳少女と会わせて反応を見るとしよう。
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