003 就寝SIDE-A
「勇者様、今日はお疲れでしょうから、お休みください。
では、後は頼みますよ」
そう言うと王女様が近衛騎士と共に離れて行った。
どうやら、この世界では既に日が落ちているようだ。
俺が死んだのは昼間だったが、そこらへんは異世界との時差なのだろう。
てっきり王女様が俺のお世話をしてくれるのかと思ったが、そんな事はあるわけが無かった。
残念だ。このまま王女様が俺のものになるかと思ったんだが、そんな甘いものではなかったようだ。
王女様が離れた後は、別の騎士とメイドが残った。
「どうぞこちらへ」
そしてメイドの先導で、俺はホテルでいえばスイートルームと言える豪華な部屋に案内された。
その部屋に入るやいなや、騎士が口を開いた。
「私が連絡役を務める騎士クヌートだ。
明日以降、勇者様には剣術訓練と、この世界の基礎知識を勉強してもらうことになる。
私は常に部屋の外に控えているので、判らないことは訊ねて欲しい」
貴族なのだろうか?
騎士クヌートは事務的な口調で話しかけて来た。
その台詞は若干横柄に感じられた。
あまり俺を気に入っていないようだ。
面倒事は勘弁してもらいたいところなんだがな。
騎士クヌートが話し終わると、今度はメイドが口を開いた。
「私は勇者様の身の回りのお世話を命じられたエッダと申します。
この部屋の中に常駐させていただきます。
身の回りでご不便なことがあれば、なんなりとお申し付けください」
なるほど、この二人が俺に付けられた便利係ということなのだろう。
騎士クヌートはそれに不満があるのかもしれない。
「俺は」
俺は彼らの自己紹介に釣られて名前を名乗ろうとして口籠った。
本名を言うべきかどうか迷ったのだ。
この世界がどうかわからないが、名前で縛ることが可能かもしれない。
本名は真名といって他人に知られたらいけないとかいうやつだ。
そんなラノベがあったはずだ。
ここは偽名を、いや呼ばれて反応しないとまずいから、本名を少しいじって名乗ろう。
いちいち勇者様呼びも嫌だからな。
「俺はソーマという。これからよろしく」
本名は
騎士クヌートは、頷くと部屋を出て行った。
部屋の外、扉の前が定位置なのだ。
まるで、俺が部屋の外へ出るのを監視しているようだが、それは仕方がないことだ。
俺のような外部の人間が王城の中を自由にうろつき回るわけにはいかない。
「ソーマ様とお呼びしても?」
メイドのエッダは、そのまま残る。
そして、俺を名前で呼んで良いかと確認してきた。
どうやら、俺と親しくなろうと努力しているようだ。
「構わないよ」
「ありがとうございます。
今夜のお食事はいかがいたしましょう?」
時差があることを知っているのかな?
俺が食べたばかりならば、持って来ないということだろう。
「いただこうか」
この世界の食事事情も知りたい。
「わかりました。
お食事をお願いします!」
エッダはベルを手にして鳴らすとドアの外に声をかけた。
エッダ本人が取りに行くんじゃないのね。
どうやら、俺の世話のために複数のメイドさんが動いているようだ。
「どうぞ、そちらでお待ちください」
俺はエッダに促されて、応接セットのソファに座って食事を待つことにした。
エッダは壁際で待機している。
しばらくするとドアがノックされた。
エッダがドアのところまで行き、外のメイドからカートを受け取った。
それを応接テーブルまで運んで来て、料理を並べる。
「お待たせしました。
どうぞ召し上がりください」
その食事は何の肉かわからないステーキの皿と野菜を煮込んだスープ、そしてパンがバスケットに数個入っているという、王城の料理にしては質素なものだった。
飲み物は赤ワインだ。
いや、これでもこの世界では贅沢なのかもしれない。
フルコースが良いとは言わないが、ちょっと食事で苦労しそうだと、俺は憂鬱になった。
まあ、食と住は確保されたのだ。
異世界に転生して、野原で途方に暮れるよりはマシだろう。
食事は調味料も塩のみのようで、舌の肥えた日本人には堪えるものだった。
せめてハーブや胡椒を使うとか無いのだろうか?
それにサラダが欲しい。ドレッシング付きで。
俺が異世界食事チートでも始めちゃおうか?
美味しくするならば、いくらでも方法はあるぞ。
マヨネーズとかケチャップとかソースとかな。
そんな食事も終えた後、エッダがそのまま壁際に立っていることに俺は気付いた。
エッダは食事をどうするんだろうか?
このままでは食べられないだろう。
「ところでエッダは、ずっとここに居るって聞いたけど、寝るのはどこで?
食事は? トイレは?」
よくよく考えたらどうする気なんだろうか。
「はい。基本的にはソーマ様から離れません」
「交代はないの?」
「ありません。
ソーマ様がこの部屋から離れた時に、いろいろ済まさせていただきます」
マジか。
俺が訓練や勉強で離れた時しか自由時間が無いのか。
「俺が寝てる間は?」
「お傍に居させていただきます」
傍に居れば良いの?
ならば。
「一緒に寝る?」
「夜伽をお命じになるのでしたら、喜んで」
違う。そうじゃない。
ただ単純にここの巨大ベッドの端に寝るかって言いたかったんだ!
だけど、命じたら喜んで応じてくれるの?
じゃあ、命じちゃおうかな?
俺は鼻の下が伸びるのを感じていた。
「はっ! いかんいかん。
そんな気はないから!」
ハニートラップというのがあるのだ。
このままエッダを抱き、情が移って、この国に縛られるって寸法だ。
いや、案外、そんなこともなく仕事の一環だったりするのかも。
「それでは、お着替えのお手伝いをしましょう」
俺はそのままエッダに着がえさせられて、ベッドへと
このまま押し倒せば応じてもらえる。
その誘惑に耐えながらエッダを遠ざけた。
俺はこのまま眠れぬ夜を過ごすのだった。
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