第20話
高校を卒業し四年が経過した。僕たちは大学の卒業を間近に控える中、とある場所に来ていた。
「違和感………ない? よね……?」
控室の全体鏡の前で何度か左右に体を振りつつ、袖を直すのを繰り返す。
「似合ってるぞ〜恭弥ー」
「あ、ニヤニヤしてるのはひどいよ! 前田くん!」
「いや〜だってよ……ついに結婚すんだな〜お前って思うとな」
鏡越しで前田くんを見ては振り向き彼の表情にムッとしつつもそう言われ「まぁ……そうだけど」と口籠る。前田くんはニヤニヤというより生温かそうな目で僕の背中を叩いてくる。
「おめでとさん恭弥」
「あ、ありがと前田くん」
そう。僕は結婚する。付き合ってから五年が経過してもう良いだろうと思ったからだ。だいぶ待たせてしまったけれど、彼女は快く「結婚式を挙げよう!」と了承した。
「嶋山様。新婦様の御準備が出来たとのことなので御移動ください」
係員さんが入ってきては一礼しながら言う。僕はそちらを向き、ついぞ始まるのかと身体が強張りつつ頷いて移動する。
「そんじゃ、俺は待ってるぞ」
「あ、う、うん! 見てて前田くん」
「おう」
再度ぽんと背中を叩き、ニッと微笑い祭場に向かっていく。僕は前田くんの言動にかなり救われたと思う。先ほどまでの強張りが少なくなったのだ。
「それでは新婦様をお連れいたしますので先に神父様の方へお願い致します」
「…………わかりました」
長く息を吸い、覚悟を決めたように吐き、歩を進める。
『おぉ……!』
「めっちゃかっこいいねぇ〜」
「やっぱり恭弥くんってかっこいいよね〜」
そんな声を耳が拾い、余計緊張してきた。口を真一文字に引き結びつつ神父さんから見て左側に立つ。神父さんと目が合う。神父さんの目はとても温かで優しく笑みもまた微笑みだった。
白手袋に包まれた手は緊張で軽く握り締め、程なくしてから背後の扉が開く音がする。
始まった。
ベルが鳴らされる音を聞きつつ息を呑み込みつつ振り向く。
「──────っ!」
目を見開く。ウェディングドレスは前もって二人で決めていた。けれど彼女が着ている姿は初めてだった。陽光に照らされる会場がまるで彼女の僕たちの門出を祝っているようだった。お母さんと共に一歩、一歩とこちらに向かってくる彼女はとても美しかった。純白のヴェールに包まれていたとしても彼女の顔はとても良い顔をしていると理解出来る。途中から彼女はお母さんの腕から離れゆったりとした足取りで向かってくる。花束を持つ彼女の手は緊張からか微かに震えていた。
「────どう? 似合ってる?」
僕の正面に来た彼女はそう小声で問いかける。僕はその一言に我を取り戻し頷く。僕の様子にニマッと笑み隣に進む。僕は向き直り神父さんを見る。
「──────新婦は病める時も健やかなる時も新郎の側にいることを誓いますか?」
「────誓います」
「新郎は病める時も健やかなる時も新婦の側にいることを誓いますか?」
「はい。誓います」
式は厳かにけれど静謐で清廉なまま進んでいく。神父さんの問いかけに僕も彼女もしっかりとした面持ちで頷く。それを見た神父さんもまた深く深く頷き、次いで言葉を紡ぐ。
「では、誓いの指輪を。そして誓いのキスを」
僕は祭壇に置いている指輪を入れたケースから指輪をそっと取り出す。自分の目からわかるほどに手が震えている。そんな自分を僕は嘲笑する。けれど僕はそれでも明確に彼女と向かい合い、彼女の手袋を取ったその白く、細い柔らかな左手をまるで陶器に触れるように手を当て細長く伸びた薬指に指輪を嵌める。彼女にも伝わっているだろう。僕の手の震えを。けれどそれで良い。なにもカッコつけなくたって良い。ありのままの僕を見せて良いんだ。この五年間で色々な姿を見せているけれどそれでも彼女はどんな僕でも愛してくれている。だからこれは愛の印でもあり、僕のケジメでもある。自分と向き合い、彼女と向き合い、これからも様々なことがあるだろう。それでも彼女と共に分かち合えたなら──────。
「─────愛してる。あかり」
「────うん。私もきょーやを……ううん。あなたを愛しています」
純白のヴェールを上げ、薄化粧ながらも端正で見慣れているけれどいつもよりも大人っぽくて可愛い僕の愛しい
だからこれからもずっと僕の側で笑っていて欲しい。こんな僕を支えて欲しい。他でもないきみが僕の支えであるのならこの先もきっと幸せで満ち溢れているだろうから。
そう心に誓いながら、僕とあかりは唇を重ねる。顔を離し、見合っている時の互いの
「それじゃあ、今からブーケトスするよ〜! ほら、並んで並んで〜!」
式場前に全員が集まる。来てくれた皆を見ていると不意に袖を軽くちょんちょんと引かれる。
「きょーや、一緒に投げよ」
「あぁ、なるほど。うん、こう持てば良いかな?」
ブーケの片方に手を添えるとあかりは満足したような顔で頷く。合ってたようだ。
「準備はおっけ〜!?」
『いえ〜い!』
ノ、ノリが良いな皆。それもこれもあかりの音頭のおかげか。
「それじゃあ、投げるよ〜! せぇ〜……のっ!」
彼女の掛け声に従い、それに合わせるように添えた手を振る。僕とあかりの中間にあったブーケは空を舞うように緩やかなカーブを描いたのちにそこにいた人に落下する。成り行きで手に入れたのは。
「あ、わ、私……ですか?」
葵だった。葵には今想いを寄せている人がいる。僕は勿論それが誰なのかを知っている。僕はブーケを手にした葵に拍手する。もし結ばれることがあるのなら精一杯兄として祝福しよう。
「おめでとう、葵」
「おめでと〜! 葵ちゃん!」
「あ、ありがとう……ございます……」
顔を朱に染めながら頷く葵はとても可愛らしかった。
「あかり」
「ん〜?」
「ありがとう。それとこれからもよろしく」
「ふふっ、あったりまえだよきょーやってきゃっ!?」
あかりの背に手を回し、両膝にも手を回してドレス姿のあかりをお姫様抱っこする。
「も、も〜びっくりしたじゃん」
「ははっ、ごめんごめん」
「んっ、これで許してあげる」
「うん。ありがと」
急にお姫様抱っこされぷんぷんと頬を膨らませるあかりに謝罪しその代わりと僕の頬に手を当てられあかりは目を閉じる。僕はそれに応えキスをする。離れた時にあかりはにへっと相合を崩して僕の首に手を回して抱きつく。そんな彼女の肩を抱き、落ちないようにしっかり支える。それを見ていた皆は思い思いの祝福の声や口笛を上げる。晴れやかな青空もまたまるで祝福してくれているようだった。
⭐︎
「きょーや〜ご飯出来たよ〜」
「う〜ん! 今行くよ」
部屋の外から声をかけられ僕は今までのことを思い返しながらキーボードを打つ手を止める。これは今までの日記であり僕の『小説』だ。父さんから出してみないかと言われ少し気恥ずかしい気もするけれど了承し今こうして原稿を書いていた。この小説の名は──────。
『恋を知らない僕がきみに恋をする』
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