第19話




 年末までバイトで忙しくしていたけれどようやく訪れた新年。イブの日にプロポーズをしたとはいえ、関係は以前とは変わっていない。とはいえ多少のスキンシップが多くなった、と言えば良いのだろう。あれから添い寝をすることも多くなった。あかりは誰かと一緒に寝ないと寝れなくなったくらいだそうだ。まぁ、そのに当て嵌まるのは僕と葵なのだけれど。


 「新年おめでと〜きょーや。今年もよろしくね」

 「うん。これからもよろしくあかり」


 葵は先に初詣へと向かった。いつの間にやら前田くんと梨奈さんと沙美さんと待ち合わせしていたのかさっぱりな程だ。父さんも誘ったけれど、『若い子の中に入るのは申し訳ないからやめておくよ』と言われた。別に空気読まなくても良いのに。


 「きょーやは卒業したらどうするの?」

 「少し早いねそれ」

 「え〜でも気になるじゃん」

 「そういうものかなぁ」


 まぁ、あかりに言っていることは正しい。冬休み明ければ3学期、そして三年と上がっていく。進路も今のうちに決めておかなくてはいけないだろう。


 「僕は……父さんの仕事を手伝いながら大学に通おうかなって思ってる」

 「大変そうだねーそれ」

 「多分大変だろうなぁ……」

 「じゃあ、私も手伝う」

 「え? 大学は?」

 「もちろんきょーやと同じとこ行くよ」

 「あぁ、なるほど。といっても基本的には学業優先になると思うけどね。喫茶店で働くのも楽しいけど」


 父さんは毎日忙しくしてるけれど実のところ父さんは出版社に勤めてるのだ。編集者の一員で今一人の作家さんの担当をしてるのだとか。じゃあそんなに動くこともなくない? と思うけど父さん曰く、見張っていないと筆を進めてくれないというぐうたら作家らしい。休みは取れてるのだろうか。


 「じゃあきょーやはお父さんのどんな仕事手伝おうと思ってるの?」

 「主に誤字脱字のチェック。それと文章を読んだ上での感想基、意見を伝えることかな。実は前にその担当してる作家さんと会ったことあるんだけど、父さんが言うほどだらしない人には見えなかったな」

 「ほへぇ……アシスタントのアシスタント? みたいな?」

 「になるのかなぁ……まぁ、その作家さんからはどんな意見も聞くとは言われてるね。多分父さん一人だと胃がもたないんだろうねぇ」

 「大変なんだね」


 前に胃薬を手に持つところを見た。余程堪えているのだろうと少し父さんに同情していたのを思い出す。


 「私ね?」

 「ん?」

 「その……きょーや歌上手いでしょ? だから歌手とか歌い手さんとかになるのかなって思ってたんだ」

 「ん〜………確かに歌うのは好きだけどだからといってそれで食べて行こうとは思ってなかったな。ほら、文化祭の時さ演劇部の人に脚本手伝ってほしいって頼まれてた時のこと覚えてる?」

 「あ、先にきょーやがこうした方いいんじゃない? って言ってたやつだね」

 「そう、それ。僕、歌うよりも文で伝える方が好きなんだ。だからどちらかというと脚本家か小説家にはなりたいとは思ったことあるよ」

 「いっぱい本読んでるもんね」


 本を読んでいるからといって、文を書けるとは限らない。昔、父さんからどういった文章で書いた方がより物語として良いのだろうと聞いたことがある。やはり大事なのは『自分がなにを伝えたいのか』ということだと言われた。それと、物語の設定を緻密に作り上げることも重要だとも。如何にして登場人物に感情移入出来るかが鍵だとも。それ以降は僕の得意なジャンルはなんだろうと模索したりしているけれど最近はそんなことをしていない。今はあかりと一緒にいることを優先していることが大きい。


 「あ、おーい」


 ちょうど前方から腕を上げて声をかけてくる長身の男性。その傍らには振袖姿の梨奈さん、沙美さん、葵がいる。僕とあかりは近寄る。


 「先に行ってて良かったのに」

 「そういうわけにもいかねぇだろ」

 「ま、待っててくれてありがと前田くん。それとあけましておめでとう」

 「おう。あけおめ」


 あまり見ない格好だったため最初はわからなかったけれど僕よりも背丈のある前田くんはとっても似合っている。


 「それと梨奈さんと沙美さんもあけましておめでとう」

 「あけおめ〜嶋山くん。今年もよろ」

 「あっけおめ〜ことよろ☆」

 「て、テンション高いね…」


 二人のテンションの高さに苦笑してしまう。


 「だってコレ初めて着たんだもん。ど〜お? 似合ってる〜?」


 振袖の袖を萌え袖にして見せてくる。にま〜とした顔だけれど全然似合っている。明るい赤系統の振袖だからえーと……こういうときは映える? と言えば良いのだろうか?


 「ありがと〜恭弥くん。あーちゃんもあけおめ〜それとめっちゃ似合ってるじゃん」

 「あけおめ〜えへへ、そう? ありがと〜」


 ほにゃっと微笑いその時に左手が露わになる。


 「あ、それ指輪じゃん」


 さすがよく見ていることだ。


 「そうなの! えへへ、きょーやから貰ったんだ〜」

 「えぇ、それって……」


 視線が一気に僕を向く。僕は素直に頷く。


 「クリスマスイブの時にプロポーズしたんだ。といってもあまり高い指輪じゃないから少し申し訳ないけどね」

 「ヒュ〜! やっるぅ〜! とうとう結ばれましたな〜」

 「おめっとさん恭弥」

 「良かったですね片桐先輩」

 「ありがとう前田くん。前田くんのおかげでもあるけどね」


 照れ笑いを浮かべ買った日のことを思い返す。





⭐︎




 イブの一週間前。バイトが僕は休みの日でここしか無いなと思った。


 「俺がついていったとしてもなんも良いこと無いと思うぞ?」

 「僕一人は流石に不安だからいてくれるだけでもありがたいんだよ」

 「けどま、なに買うか決めてるのか?」

 「指輪を買おうと思ってるよ」

 「は? ゆ、指輪!?」


 隣で素っ頓狂な声を上げる前田くんを横目で見ながら頷く。


 「買うのは今かなって思ったからね。勿論、プレゼントは他にも上げるつもりだよ。でも大事なのは指輪なんだ」

 「急にアクセル踏み込むなよお前」

 「え、呆れるところそこ?」

 「いや、お前ら付き合って何ヶ月経ったよ」

 「んー……ざっと半年近くかな」

 「……早いだろ指輪」

 「あはは、かもね」


 確かに早いかもしれない。けれど、後で買おうとかしていれば時期を逃してしまうかもしれない。それならこの時期の方がいい。


 「んーで? 買うにしても指輪ってなったら合うやつ考えなきゃなんねぇんじゃないのか?」

 「あ、そこは大丈夫。ちゃんと調べたから」

 「用意周到だな」

 「ふふ、ありがと」


 そんなふうに話しつつ指輪を買うためにアクセサリー屋に来た。


 「煌びやかだねぇ」

 「おいそこ和むとこか?」


 カウンターに向かい、立っていた店員さんと話をする。


 「すみません。指輪が欲しいんですけど」

 「はい、どのような指輪をご要望でしょうか?」

 「えっと……婚約指輪が欲しいんですけどそこまで高くなくて、予算もこれくらいまでが良いんですが」


 そう店員さんと話すこと暫く。


 「では、こちらでよろしいですか?」

 「あ、はい。お願いします。いつ頃出来そうですか?」

 「そうですね……今は在庫が無いので早くても数日中にはメッセージを送らせていただきます」

 「わかりました。それじゃあお願いします」

 「畏まりました」


 お会計も済ませ、その日はそれで済ませた。その後は雑貨屋などに寄ればいいものをゲームセンターに行き、その時のノリとかでぬいぐるみをクレーンで取るという無謀もした。本当に反省している。本来であれば千円以内で買えるぬいぐるみをクレーンゲームでやったため、その倍以上のお札が飛んでいった。まぁ、あかりのためだと思えば痛くも無いけれど。


 「恭弥ー!」


 別れ際、後ろから声をかけられ振り返る。前田くんはニカっと笑いながら手を振り上げている。


 「頑張れよ! ってか、幸せになってくれ! んじゃな!」


 前田くんの言葉に衝撃を受けた。彼の優しさに僕は涙ぐむ。


 「うん! ありがとう前田くん! またね!」


 僕も手を振り上げあまり張り上げたことのない声を上げて帰路についた。それから数日後指輪を受け取りに行き、イブの日の出来事へと繋がる。





⭐︎





 「なにお願いしたの?」

 「えっ? あー……秘密」


 お祈りをしたのちにあかりに声をかけられ、一礼した後にはにかんで拝殿を後にする。前田くんたちは先に出店の方に行ってるみたいだ。パタパタと少し後ろから駆け足で来て腕に抱きつかれる。


 「え〜秘密なの?」

 「そう。秘密。こんな状況を神様に感謝したのは教えておくけど」

 「む〜けちー」

 「はは、だって願い事は他の人に言ってしまうと叶わないとかあるでしょ?」

 「あ、あったねそれ」

 「そ。だから秘密」

 「はぁい」


 素直に聞いてくれて助かる。


 「私はね、きょーやとずっとこうしてたいってお願いしたんだ」

 「ぅ、え?」


 急に袖を引かれあかりの方へ体が傾いたら本当にゼロ距離で耳許でそう囁かれ素っ頓狂な声を上げる。あかりの方を見るとにぃ〜っと笑むあかりの言葉がほんとか嘘か全然分からない。


 「な、何言って……」

 「ふふっ、顔真っ赤っかだよきょーや」

 「だ、誰のせいだと……!」

 「ふふ〜ん、きょーやはお耳弱いんだもんね〜」

 「うっぐ」


 ぐうの音も出ないとはこの事だ。アレ以降あかりに弱いところを把握されてしまったと思う。外なのに顔が熱い。


 「あ〜! もうほらすーぐ目離したら二人していちゃついてるし〜」

 「幸せなこって」

 「羨ましいけどね〜。ね、葵ちゃん」

 「えっと……そう、ですね?」


 皆と合流出来て良かった。きっとあのままだとおかしくなりそうだった。僕は深く深呼吸する。次いであかりに目を向けるとあかりと目が合い、にっこりと笑って口を何度か開ける。声のない言葉だけれどそれがなんて言っているのか理解した。





 『愛してるよきょーや』



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