第18話




 十二月二十四日。この日付を聞いて何を思い浮かべるだろうか。多くの人はこう思い浮かぶだろう。聖夜の日、クリスマスイブと。少なからずキリストの復活祭だとかも謳われている日。家族や友人などと一日過ごすとても良い日。僕は勿論、バイトを休みにしてもらっている。店長さんが気を利かせてくれたのだ。


 『兄さん、私、前田先輩方に誘われました!』


 葵もまた気を利かせて……というより前田くんが根回ししたのだろうけれど。梨奈さんや沙美さんからもメッセージを送られてきたし。


 「ね、きょーや。良かった……のかな?」

 「う〜ん……まぁ、良いんじゃない?」


 僕は明らかな計画的犯行に頭を痛くしながらもこの状況を受け入れる。何でよりにもよって急に予定できただとかの嘘をつくのだろうか梨奈さんたちは。まぁ良いけれども。


 「私たちで食べ切れるかなぁ?」

 「ん〜……ケーキは少しは保存効くし良いけどそれ以外はそこまで量は多くないようにはしてるから大丈夫……だと思いたい」

 「そこははっきり言って欲しかったなー」

 「いや〜断言はできないねうん」


 食材を近くのスーパーで買い、エコバッグの中に入っている物を思い出しつつ家路につく。これから仕込みをしてからご飯を作るからだ。ケーキに関してはそのスーパーで予約したためケーキの入ったケースは冷蔵庫に入れておこう。


 「手伝おっか?」

 「ん、お願いしようかな。一人だと多分時間かかっちゃうかもだから」

 「はーい。あ、きょーや、エプロン着けて〜」

 「りょーかいっと」

 「ありがとっ」


 二人っきりの時間。二人っきりの部屋。父さんはイブだというのにやっぱり忙しいみたいだ。一緒にいれなくてごめんと謝罪のメッセージを送られた時は父さんの現状に同情したくらいだ。社畜は辛いなと。


 「あだっ…!?」

 「だいじょーぶ!?」

 「あ、うん。考え事してたみたい」


 油断した。あまりないのだが、包丁で指の皮を切ってしまった。ぷっくりと浮いた血を吸う。確か戸棚に絆創膏あった気がするな。


 「きょーや、手出して?」

 「ん?うん」

 「……ぁむ…ちゅ……ちゅる」

 「#@〒%°$¥€!?!?」


 あまりの出来事に声にならない声を上げてしまった。あかりに言われた通りに手をあかりの前に出したら、切った部分を咥え、彼女の口内でねっとりと絡められてしまったのだ。ゾワっと背筋が這う。それと同時に何かイケないことをしているようなそんな背徳感を感じる。


 「……あ、あかり…? その……まだ仕込みが終わ……」

 「ん……わはっへふよ」

 「ま、まだやるの?」

 「ん……っぷは…だって血止まんなかったんだもん」

 「さ、さいですか」


 一応水道で手を洗ったのちに指先に絆創膏を貼り付け途中だった仕込みを終わらせる。まだご飯を食べるには早いから一度リビングのソファに座る。


 「……もしかしていやだった?」

 「へ? あ、いや……そうじゃないよ。ただその……」

 「その?」

 「変にドキッとしたし……なんか……その……今日はいつにも増して甘々だなって」


 あかりはソファに座った僕に擦り寄るように真横に座る。昨日まではそんなことはなかった筈なのだけれど……もしかして。


 「もしかして梨奈さん達に何か言われたの?」

 「うっ……」


 その反応は図星だ。まったく。何を吹き込まれたのやら。


 「あかり」

 「……な、なに?」

 「僕は基本的には大体は受け止めるよ」

 「うん知ってるよ?」

 「梨奈さん達に何か言われたとしても、あかりがほんとにしたいことあるなら言ってみ?」

 「あぅ……その…ね?」

 「うん」


 何でも、あかりは梨奈さん達に『更に嶋山くんを悩殺しちゃいなよ!』的な事を言われたとか。僕は困ったというよりもそれを超えて呆れてしまった。何を言ってるんだあの人たちと。僕はそっとあかりを僕の膝の上に乗せるように抱き寄せ、そっと頬を撫でる。


 「僕はもうあかりに駄目にされてるんだけどな」

 「ふぇ……そ、そうなの?」

 「うん。もうあかりがいなきゃ駄目なくらいだよ」

 「ほんとに?」

 「ほんとに」

 「ほんとのほんとに?」

 「ほんとのほんとに」

 「うそじゃない?」

 「嘘だったらこうしてないでしょ?」

 「ん、たしかに」

 「はは。あかり、目、閉じて」

 「ん」


 あかりは自分から行く分には全然良いのに、僕から向かわれると極端にしおらしくなる。そういうとこもまた僕は大好きだ。あかりの右頬に手を当てたままそう考えつつキスをする。あかりは僕の両肩に置いていた手をそのまま首の後ろへと回し僕は見上げるような形で抱き合う。


 「……んっ……はぁ…もっと……ぉ」

 「ん。でも、キスだけだよ?」

 「うん。わかった…ん………ちゅ」


 一度唇を離す。けれどあかりはもう一回と強請り、蕩けるような甘く熱いキスをする。あかりの声も目も甘く、潤んだ瞳だった。僕だけに見せるその乙女の顔は僕の目を離さなかった。薄目で揺れる彼女の瞳を見つめながらあかりの腰に置いている左手に少しだけ力を入れて腰を抱く。今は手に取るようにあかりの求めるモノが分かる。スッと開かれたあかりの目は嬉しそうに細められ、更に密着してくる。


 「ん…っ……あ…む……れろ……ぁ…」

 「…ん……く……ちゅ……」


 ただ唇を重ね、舌を絡め合っているだけなのに互いに唾液が分泌され、次第にぴちゃりと水音が口内を頭蓋を反芻する。どちらの唾液かも分からないまま喉に流れてくる唾液を嚥下する。すると今度はあかりが僕の上唇を食む。ちゅっとリップ音を上げながら僕の唇を貪っていく。この静かな空間に唇を重ねあう音が響く。そしてゆっくり顔を離し、蕩け切った目で見つめてくる。その目を見て、ここ数日確かにこんなふうにキスをしたことはなかったなと思い浮かべる。


 「きょーや……もっとシたい」

 「キスだけだよって言ったよ?」

 「ヤだ」

 「だめ。キスだけ」

 「むぅ……じゃあきょーやの耳食べる」

 「え? あ、ちょ……んっ!?」


 流石にそれは予想外過ぎた。唐突に僕の左耳にかなり熱い吐息がかかったと思えば次いで湿り気を帯びた音と共にリップ音を耳許で鳴らされる。そして前に見た夢と同じような事をされる。僕は振り払えばいいものをそれが出来なかった。出来るはずもなかった。熱い吐息と共にゾワリとした感覚をさせながら僕の聴覚も触覚もすべてあかりによって犯された。耳朶も、耳の軟骨も、そのすべてをあかりの舌が這回す。水っぽさと共にざらりとした舌が僕の理性を壊していく。


 「……んっ、こ、ら……やめ…っ!」

 「ん、ちゅ……れろ……ちゅる…」


 このままでは本当に悪い意味で駄目になってしまう。身を捩りどうにか逃れようとするけれど密着した状態での行為だ。逃げれられるわけもない。




 そしてどれくらい責められていただろう。体感的には何十分と責められた気がする。ソファの背凭れに頭を預け息を荒く吐く。


 「……ん。きょーや……ね、シよ?」

 「……けど僕たちは学生で」

 「私じゃあだめ?」

 「別に駄目では」

 「じゃあいいでしょ?」

 「うぐ……」

 「それに……お腹に当たってるの分かるもん」

 「こ、これはただの生理現象で……」

 「興奮……したんでしょ?」


 否定ができないのが憎らしい。


 「良いって言うまできょーやの首にいっぱいちゅーするから」

 「ちょ、そ、それは……!」


 如何にも僕はあかりには抗えないらしい。あかりに首筋にキスをされる中で僕は頷いてしまう。最後の最後まで保っていた僕の理性の敗北勧告だ。あかりはにぃ〜ッと妖艶に微笑い、あかりの柔らかく温かな肌と甘く淫靡な女の子特有の匂いに僕は溺れ堕ちていく日になった。





⭐︎




 僕のを経験したあと一度シャワーを浴びてからご飯を食べることになった。一度冷静になればなんてことをしたのだろうと己を恥じたけれど、あの経験を僕は絶対に忘れることはないだろう。


 「あかり」

 「なに〜きょーや」

 「順序まったく逆になっちゃったけどさ」

 「うん」


 僕は自室から一つの小さな上質な紙袋を持ってくる。その中から小振りの入れ物を取り出す。


 「え、これって……!」

 「察しいいねあかり」


 そう。僕がバイトを始めたのはこのためでもある。幾度となく手を繋いできたのもあり、あかりの指の太さを基に作ってもらったのだ。


 「まだ高校生だけどさ。けれどこれからもあかりを支えていきたいしあかりと一緒に居たいんだ。だからこれは婚約って感じなんだけど……受け取ってくれる?」

 「…………………!!!!!」


 あかりは両手を口に当て涙を浮かべてふるふると小刻みに震えている。僕の言葉から一拍置いて何度も頷くのを確認する。そして掠れた声でけれどかなり嬉しそうな声色で言う。


 「お願いします……!」



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