第17話




 「うぅ〜……すごい寒くなってきたね〜」

 「確かに結構寒いね」


 季節はもう冬。外を歩くだけでも肌に刺さる風が冷たい。自ずとブルっと身体を震わせる。


 「ジャージ履こうかなぁ」

 「校則的に駄目じゃん」

 「そーなんだけどさー」


 さらにいえば夕方頃もあり寒さに拍車がかかっていると思う。


 「ね、きょーや。そっちに手入れてい?」

 「ん、良いよ」


 ダウンコートを着てるとはいえあかりも似たようなものを着てるけれどまぁ良いだろう。繋いだ状態で右ポケットに入れる。


 「あったか〜い!」

 「ははっ、そう? それなら良かった」

 「そういえばてんちょーから聞いたけどバイト入るんだっけ」

 「うん。冬休みにも入るしバイトしようかなとも思ってたからね。探そうとしてた時にミカさんが手が足りないから男手の一つでも欲しいなぁってボヤいててそれで入ることになったんだ」

 「じゃあこれからも一緒ってこと?」

 「あ、そうなるね。授業終わってから送ってたけどこれからは一緒に帰ることになるね」

 「えへへ、やった……!」

 「き、急に抱きついて来ないの」

 「え〜いーじゃーん」

 「まったくもう」


 あかりには言ってないけれどバイトをしようと思ったのは貯金はまぁまぁあるけれど働いて得たお金であかりにプレゼントでもと思った……というのはここだけの話。




⭐︎




 「初日だけれどどうだい?」


 厨房で注文を受けている珈琲を淹れながらもオムライスに作り終えそれをお皿に盛って持っていってもらうために置いたところで店長さんに声をかけられる。


 「全然楽しいですね。時折忙しい時ありますけど比較的楽ですね」

 「それなら良かった。まだ時間があるから休憩に入っといで」

 「はい。厨房任せました」


 タイムカードを押し、休憩室に入る。


 「あ、おつかれ〜きょーや」

 「お疲れ様あかり」


 丁度あかりも休憩に入っていた。僕は椅子に腰掛けながら執事服────バイトで着ることになっているものでベストは接客以外は着なくても良い────のネクタイを緩める。


 「はい、これ」

 「ふー……ん〜? あぁ、ありがとー」


 テーブルに置かれたのは自販機で買った缶コーヒーの無糖だった。素直に礼を言って口を開け一口飲み下す。


 「やっぱ、疲れるでしょ」

 「はは、うん。でも全然悪くない疲労だよ」

 「そうなの?」

 「うん。店長さんもちぃさんや皆が心優しく接してくれるからってのが大きな要因かもね」


 そう。初めて身体を動かすバイトをしたけれど案外楽しいのだ。それもこれもあかりのおかげなのかもしれない。如何にもあかりの周りは気分が良いのだ。類はなんとやらというものなのかもしれない。


 「じゃ〜……ん。膝枕、する?」


 ぺちぺちと自分の太腿を叩きつつ見つめてくる。なんとも甘い誘惑なのだろう。その甘言は抗えるわけもないだろう。僕は頷きつつそのまま太腿に頭を預ける。


 「少しの間寝てていーからねー」

 「……けれど仕事しなくちゃ、じゃない?」

 「いーのいーの。多分そこまで忙しくならないと思うし、普段休憩とか無いんだよ〜そこまで長いシフトじゃないんだもん」

 「あー……確かにそう言われてみれば」


 授業が終わりと言っても向かって着いてから着替え、仕事を始めるまでの時間は数十分と掛からない。けれど僕とあかりは学生だ。遅くまで働けない。だから基本20時から21時までの時間の勤務でそのたった数時間は休憩はないはずだ。だとしてもこうして店長さんが出してくれたというのは恐らく今後あまり忙しくならないだろうという店長さんなりの考えによるものなのだろう。


 「だから、休憩終わりそうになったら起こすから今だけでも休んじゃいなよ。ね?」


 さわりさわりととても優しい手付きで頭部を撫でながら優しい声音のあかりの甘言は思っていた以上に疲れている僕の心内に染み渡っていく。何だろう……どんどんあかりに駄目にされてるような感覚がするけれど……まぁ、良いか。


 「………ふふっ、ちゃーんと起こしてあげるからねきょーや」


 そんな言葉なんて歯牙にもかけないほどに僕の意識は暗い水底に落ちていくように沈んでいった。




⭐︎




 「ふわぁ〜……ぁ。疲れたけど楽しかったなぁ」


 あれからしっかりと勤務して、思いの外スッキリとした心持ちで最後までやれたかもしれない。そんなふうに思いながらあかりと家路につく。


 「たま〜に接客もやってたの見てたけどばっちりだったって褒められてたね」

 「あはは、ちょっと照れるけど嬉しかったな」

 「これからも頑張れそ?」

 「うん。多分やれると思う。皆優しいし」

 「ミカさんが基礎が良いとかも言ってたよね」

 「あ、そうなの?」

 「うん。本当にバイトしたことないの?ってくらいしっかりしてたって」

 「へぇ〜そうだったんだ」


 それなりに意識はしていたから問題なかったなら安心かな。


 「あ、ご飯どうする? 食べてく?」

 「いいの?」

 「うん。葵も嬉しいだろうしね」

 「えへへ…じゃあ、そうしよーかな」

 「ん」


 あかりとあかりのお母さんが住んでる階を素通りし僕と葵と父さんの住んでる部屋に入る。


 「ただいまー」

 「お邪魔しま〜す」

 「あ、おかえりなさい兄さん。それと片桐先輩」

 「父さんは今日も遅くなりそうって?」

 「はい。なので、いつも通り冷蔵庫に入れておいて欲しいと言われました」

 「おっけー。じゃあ今から作るから待ってて二人とも」

 「は〜い」

 「わかりました」


 鞄とコートを適当にソファに置いて晩御飯を作る。とはいえ、何個か作り置きしているものを火にかけたりと手抜きではあるけれど。程なくして出来上がり、三人でご飯を食べる。食べ終えた後は食器の片付けを葵にお願いしあかりを部屋まで見送る。


 「きょーや。あしたはお昼からあるから休憩用のご飯は忘れずにだよ?」

 「ん、わかった。あかりのも作っとくよ」

 「え、いーよー別に」

 「でも、あかりは栄養偏るじゃん」

 「うっ……何も言い返せないや」


 そう。以前、休憩用のものを見かけ、あまりの手抜きさに急いで仕立てたものをあげた。何でも、おにぎり二個だとかで済ませることがあるというのだ。それでは栄養が偏ってしまうと危惧したからだ。


 「だから、作ります」

 「あい…おねがいします」


 互いに顔を見てぷはっと笑い合う。


 「それじゃ、おやすみきょーや」

 「うん。おやすみあかり」


 部屋の前に着いてそっとあかりを抱き寄せ、ゆっくりと唇を重ねる。瞬間、慣れたように僕の口内にあかりの小さな舌が侵入する。僕は受け止め、絡める。たった数秒のキスでも今その間だけは何分でも何時間でも経ったような感覚になる。


 「……っはぁ」

 「……はふ……きょーやとのちゅー、しあわせだよ」

 「うん。僕も」

 「ね、きょーや」

 「うん?」

 「………あ……ううん、やっぱり何でもないや」

 「……?」


 何か言いかけた素振りのあかりに首を傾げる。少なからずあかりの顔は仄かに紅かった。


 「─────」

 「………っ!?」


 すると、耳打ちされた言葉に目を丸くする。あかりはまだ紅い顔のままはにかみ、部屋へと入っていった。


 「……な……えぇ……?」


 ただ一人、言われたことを頭の中で反芻し耳まで赤くさせた僕を置いたまま。



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