第12話
あの後何事もなく、クレープを買ったり、焼きそばを食べさせあったりと文化祭を満喫しながらもそのまま文化祭を終えていく。残すは後夜祭だけとなり、体育館に向かう。柳さんのバンドが最初を飾る後夜祭が始まるのだ。勿論、トリもまた同じなのだが……大変そうだなぁと他人事ながら思っている。
「すごいうまいね〜」
隣で囁くように耳許で呟くあかり。唐突だったため軽く驚くけれど頷く。
「結構無茶しながら練習してるみたいだね」
「ほぇ〜……だからきのうきょーやに行ったんだ」
「ほんとは本人が楽しんで欲しかったんだけどね。でもまぁ仕方なかったね」
チラリとあかりに目を向け頬を掻きつつ苦笑する。
『昨日は、喉の調子が悪くてライブを代わってくれた人がいます。その方にもう一度感謝したいと思います』
一曲終え、唐突にマイク越しでそう言う柳さん。それを聴き僕は「え…?」と驚いた顔でステージを見る。するとばっちり目があった。
『嶋山恭弥くん。本当にありがとう。いきなりだったのに受けてくれて、ちゃんとライブも成功して、けどきみは謙虚でメンバーを褒めててすごいなって思いました。それで、よかったらなんだけど、一曲一緒に歌ってくれませんか?』
皆の視線が一気に僕に集まる。僕は苦笑混じりに片頬が引き攣る感覚をしながらも背中にぽんと手が当たる。視線を向ければあかりがにこやかな笑顔だった。
「私、見てみたいな」
そんな目だった。僕は一度息を吐いて、「行ってくるよ」と伝えて人並みを掻き分ける。
「僕で良ければ何曲でも」
元より断る理由はない。僕自身文化祭という行事を楽しんでいるのかもしれない。浮かれているからこう判断できるのだと言い訳のように言い聞かせる。まぁ実際、言い訳なのだが。
『ほんとに!?』
「うん。マイク、一本借りるね」
ステージ横にあるマイクを手に取り、スイッチを入れトントンと指先で音をチェックする。
『なに、歌うの?』
『あ、これなんだけど……』
「あぁ、これだね。行けるよ」
柳さんの隣に立ち、曲名を聞く。話し声がマイクに乗っていることに気付き、マイクを離しつつ、曲名が知っているものだったため頷く。スマホを取り出し、歌詞をチラッと確認し思い出しつつスマホをしまう。
「ほんと行けるってすごいね」
「ははっ、記憶力にだけは自信あるから」
そう返し、ドラムの子に顔を向けて曲が始めるよう促し、再度柳さんに顔を向け、笑みを浮かべる。
『……皆! ライブ、楽しんでってね! 良い思い出を!』
マイクの音をつけ、一呼吸置いたのちにそう言い、まるで示し合わせたかのように照明が暗転し曲が始まる。ファンシーでかっこいいあるボーカロイドの曲。柳さんとハモリながら出始めを歌う。さぁ、楽しいライブの始まりだ。
『お幸せにどうぞ』
⭐︎
一曲どころか数曲勢いで歌った。ロックなものは大人な曲。どれもこれも柳さんたちのセトリにあるものでそれらは僕が知っているものでもあった。とても楽しく歌うことが出来た。
「たっのしかった〜!」
「きょーやすごい楽しそうに歌ってたね」
後夜祭を終え、その後片付けを行って下校。今は梨奈さんと沙美さんが興奮冷めやらぬまま二次会と称してまたもやカラオケに移動しているところだ。葵はそのまま帰ろうとしていたが梨奈さんたちが誘おうと言ったため誘ってみたらあっさりと了承し今同行している。
「あはは。これもあかりのおかげかもね」
「え、私?」
「うん。あかりが本だけの世界の僕から手を差し伸べてくれたから今があると思ってる。昔以上に「今」を楽しんでるって自覚できるくらいにね」
握っている手を握り直すように少しだけ強く握る。あかりもそれに応えるように指を絡めながら握る。
「そっか……私がきょーやを変えたんだね」
「状況は違えど状態は一緒だよ。もし、あかりに出会わなかったら多分ずっと根暗な感じのままだったと思う。現にこうして、ほら」
前を歩いてる前田くんや梨奈さん、沙美さんの背中に目を向ける。きっと以前の僕だったら夢物語だと切り捨てていた光景だろう。
「だからありがとうあかり」
再度あかりに目を向けながら笑って言うと、あかりは照れ笑いを浮かべて頷く。
「あ、ウチらが目離したらすーぐイチャつくんだからお二人さんは〜」
「べ、別にイチャついてないし!?」
「あらまぁ照れちゃって。やっぱり可愛いですな〜あーちゃんは」
「……ま、二人のいちゃつきは今に始まったことじゃねぇけどな」
「あ、前田くん今面倒だなって思ったでしょ」
「ははっ、思ってねぇよ。ただご馳走様って感じだな」
「なんだいそれは。どういう意味なの?」
こうしてふざけ合って歩くことが出来たのも全部あかりのおかげなんだ。隣を歩いてる葵も、あかりも中学からの付き合いでなんだかんだで仲良くしてくれる前田くんもあかりの友人で少しおちゃらけた梨奈さんも沙美さんも。今じゃあかけがえのないもので、きっとこれからもこの光景が想い出となって残るのだろう。僕は心の中で深くあかりに感謝と親愛を告げたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます