第11話




 三曲歌い終え、初めて疲労感を感じた。それと同時に何処かフワフワした感覚も。


 「す、凄い歌上手かったよ! 恭弥くん!」


 ドラムやその他機器の片付けを手伝いながら柳さんは興奮気味に言う。


 「あはは、ありがとう。けど明日もあるし、その時は柳さんの歌声聴かせてよ。っと、これで終わりかな」

 「うん。少しずつだけど喉のイガイガも治ってきたけど、今日は練習しない方が良いよね?」

 「当たり前でしょ!? 柳ったら無理してやってたら体壊すよ? だから今日はもう休んで。良い?」

 「う、うん。わかった」


 どうやら柳さんはストイックに練習する人のようだ。バンドメンバーにそう叱られる柳さんを横目に片付いた楽器を見つめる。


 「バンドのボーカルとしてやったけれど、僕よりも柳さんの方がよりもっと良いライブが出来るかもね」

 「え?」

 「あ、あぁいや……彼女たちが僕に合わせてくれてたからさ。きっと柳さんだったら違うんじゃないかなってこと。明日、喫茶店の方が暇になったら必ず観に行くよ。それじゃ」


 少なからず楽器は齧った程度の経験しかない。けれど分かる。柳さんたちの結束力やきっと凄い演奏なんだろうな。僕は「お大事にね」と言葉を残してクラスの喫茶店に戻る。


 「お、戻ってきたか。おかえり恭弥」

 「うん。ただいま戻ったよ。お店の方は問題ないみたいだね」


 カウンターに入りつつ、前田くんに感謝を述べる。


 「そうだな。今んとこお前が煎れた珈琲を美味いって言いながら飲んでくれてた人多かったな」

 「それは嬉しい限りだよ。趣味程度だけどやってて良かったな」


 時間はもうそろそろ終わり。空いているボトルを片付ける。


 「お、手伝うぜ」

 「ん、お願い」


 そうこうしている内に終了の時間になる。まだ中身が残ってるボトルは持って帰り捨てるか飲み干す。いくら保存がきくからといっても完璧じゃないため味も少なくとも変わっているだろうけれど。


 「お疲れ様〜皆。明日も頑張ろう」


 身の回りの片付けの確認もしてから残っているクラスの子たちにそう声をかけて帰り支度をする。着替えるのも面倒だしこのまま帰るとするかな。


 「おつかれ〜嶋山くん。あれ、そのまんま帰る感じ?」

 「うん。着替えるの面倒だからね」

 「ほーなるほどね〜。だってよ、あーちゃん」

 「そっか。じゃあ、私もこのまま帰ろっかな」


 いや、あかりは無理して着てなくてもと言おうとするが、あかりの笑顔にまぁ、いいかと口を閉ざし、頷く。


 「わかった。じゃあ先に帰るね。この珈琲を早く消費しないといけないから」

 「あーい。あ、明日はウチらに任せて良いからね〜」


 梨奈さんの言葉に察しがつき頷く。


 「わかった。明日はじゃあ基本前田くんと梨奈さん、沙美さんたちに任せるね。何かあったら連絡ちょうだい」


 明日のことを確認し、メモに残しつつ鞄を持つ。


 「それじゃあ、先に帰るね。行こ。あかり」

 「んっ! ばいばーい」

 「またね〜」

 「ばいばーい」

 「おう」


 一足先に僕とあかりは帰る。いくら文化祭の日とはいえあかりはどうやらバイトのシフトを入れているからだ。


 「楽しかったね〜」

 「うん。初めての感覚だよこの……充足感のある疲労感?ってやつ」

 「うんうん! 私の我儘だったけど喫茶店やれて嬉しいしきょーやと一緒に働けて嬉しいな〜」

 「はは、それは僕もだよ。あ、そうだ。梨奈さんが明日は任せてって言ってたけど」

 「うん。明日はさ、見て回りたいかなって」

 「そういえば今日はあの助っ人以外一度も離れてなかったなぁ。うん。わかった。一緒に回ろっか」

 「やった〜! 文化祭デート楽しみだなぁ」


 隣でにこにこと笑みを浮かべながら言うあかりを目に収めつつ僕も頷く。そんなふうに話をしつつ歩いているとバイト先の喫茶店に着く。


 「あ、きょーや」

 「ん?」

 「そのまま中に入って待ってなよ」

 「あ〜……うん。そうしようかな。見た感じそこまで混んでなさそうだしいつもの席も空いてるみたいだね」

 「えへへ。見ててくれる?」

 「うん。バイトがんばってね」

 「んっ」




⭐︎




 数時間バイトが終わるのを待ち、終わったあと互いにくたくたになりつつ帰宅する。持って帰ってきたボトルの中身の珈琲は言うほど味の変化はなく、我ながら出来は良いなと思いながら片付ける。恐らくいつもより結構な量の珈琲を飲んでいる気がするのは……気のせいにしておこう。


 葵も最初は飲んでいたが、どうにも口には合わないからか二杯目以降は口にしなかった。苦いのが苦手だと言ってくれれば良かったのにと兄としての悩みもここだけの話にしておこう。


 翌日、いつもより早く起きるよう努力して支度を整える。


 「きょーや眠そうだね〜」

 「大分ぐっすり寝たんだけどね……ふわぁ……やっぱりいつもの時間に起きないと身体は目覚めないか〜」


 早く起きたのは偏に準備のためなのだが、いかんせん眠い。まだ頭が寝ている気がする。


 「兄さん、ほんとに朝弱いですね」

 「ん〜……寝つきは良いんだけどね〜」

 「めざまし凄かったですよ」

 「え、そんなに?」

 「凄いジリリリって響いてました」

 「うわ、それで僕起きないんだ……やっば」


 葵の言葉に引き攣った笑いをする。僕って大分やばいな。


 「あ、兄さん」

 「うん?」

 「喫茶店の方はどうですか?」

 「あぁ、今日は前田くんたちに任せるつもりだよ」

 「え、そうなんですか?」

 「そうだよ〜。昨日、いっぱい働いてたもんね」

 「まぁ、言い出しっぺだからね」

 「そう…だったんですね」


 なにやら浮かない顔のようだけれど……もしかして?


 「もしかして、僕たちの喫茶店に来たい?」

 「はい……その、兄さんが珈琲を淹れてる姿が見たいんです」


 僕の問い掛けに迷いなく頷く葵。僕は少し考える。


 「……じゃあ、今行ったら準備するだけだけど、見てく? 葵の方なんの出し物?」

 「あ、えっと……お化け屋敷です」

 「お化け屋敷か。じゃあ、あかりと一緒に行くね」

 「はいっ。待ってますね。それと……準備してるところをお邪魔しても宜しいのでしょうか?」

 「まぁ、良いと思うよ? ね、きょーや」

 「うん。後輩が来てても邪険にはしないと思うしね僕たちのクラス」

 「で、ではその……伺っても良いですか?」

 「良いよ。おいで。とはいえ、ただ黙々と豆を砕いて、蒸らして、ボトルに入れての作業をしてるだけになるけど」

 「それでも構いません。兄さんがしてるとこを見たいので」

 「すごい様になってるんだよ〜葵ちゃん」

 「ほんとですか!?」

 「うんうん! 執事服って言うんだっけあれ」

 「まぁ、そう言うらしいね」

 「それ着てるだけでもカッコいいんだけど、作ってるとこもすんごいカッコいいんだ〜」


 そ、そこまで褒められることあるのかなとべた褒めの言葉に困惑する。葵は強く首を縦に振りながらあかりの話を聞く。うん。これは誉め殺しってやつだ。僕のSAN値がゴリゴリガリガリ削れてくのが自覚できる。もうやめておくれお二人さん。僕のSAN値はもうゼロよ。


 「あ、それじゃあ、着替えたらいつでもおいで〜」

 「はい! 必ず行きますね!」


 そんなこんなで僕を誉め殺ししつつも学校に着き、そう交わしながらそれぞれの教室に向かう。


 「ねぇ、少し騒がしいね?」

 「そうみたいだね。何かあったのかな」


 何やら喫茶店の洋装にしている教室が騒がしい。あかりと顔を見合わせ首を傾げてると。


 「おっ、恭弥! やっと来たか。来てくれ!」


 教室の中から手を上げつつ声を上げる前田くんを見つける。促されるまま入る。


 「どうしたの? 何か……あぁ、そういうこと」

 「ちょ、これ……」


 僕たちの目の前には斬り裂かれた袋の中から珈琲豆が散乱していた。確かに昨日はしっかりと酸化しないよう努めてしっかりと保存した。疲れてはいたがそうしていたのは覚えている。


 「恭弥。珈琲って悪くなりやすいんだったよな?」


 前田くんの言葉に即座に頷く。


 「うん。豆は極度に空気に敏感でちゃんとした保存してないとすぐに劣化してしまうんだ。それは珈琲として抽出してからも一緒だけど……最初に見つけたのは誰?」


 散乱した豆と袋を持ちながら溜息をつく。


 「俺だ。中入ってみりゃあ匂いがしてな。あ、もう恭弥来てんのかと思ったんだけど来てなくてそしたらこうなってたんだ」

 「なるほどね。まぁ良いよ。ちゃんと保存してたとはいえ、温度にも変化することもあると思ったから予備で新しいの持ってきてたし」


 小袋に入れつつカバンから真新しい豆の入った袋を取り出す。


 「床に落ちてた豆は勿体無いけど処分だね。袋の中に入ってたのは味が落ちてはいるけど飲めなくもないから持って帰るよ。心配しなくても今日の分に支障はきたさないと思うよ」

 「でもきょーや、これ嫌がらせなんじゃ……」


 あかりの心配そうにしている顔を見つつも首を振る。


 「誰かがやったという証拠もないしいまから準備しないと間に合わない。こんなことで時間を食ってるわけにはいかないよ。それに僅かばかりの損害だし気にするだけ無駄だよ。さっ、準備して」


 ぽんぽんとあかりを落ち着かせるように頭を撫でてから手を打ち鳴らし、カバンを持って控え室にしている空き教室に向かって着替えを済ませる。


 「……悪りぃな恭弥」


 作業中にそう声を掛けてくる前田くん。彼の顔はとても良いとは言えない。


 「気にしなくて良いよ。この豆、千円くらいで買える安物だし、スーパーでもいつでも買えるから」


 なんてことないと返しつつハンドミルで豆を砕いていく。


 「けどお前、怒ってんの分かってるからな?」

 「さすがだね。とはいえ僕が怒ってるのはこんなことをしたことじゃなくて、豆を無駄にされたことで少なからず来店してくれるお客様に提供する量が減ってしまうことだよ。当初の予定だと昨日と同じ容量でも事足りると考えてたけれど、一袋無駄になったから少し考えなきゃ行けない。プランを崩されるのが腹立たしいね」


 前田くんとは中学からの付き合いだ。いくら僕が表に出してなかろうと僕の思ってることは分かるのだろう。それ故に僕は隠さずに本音を言う。


 「ま、ボトルがこれだけ有れば問題はないと思うけどね」


 既に入れているボトルに目を向け苦笑する。


 「はぁ〜……ったく、慌ててる俺が馬鹿みたいだな」

 「ははっ、僕の代わりに怒ってくれてるから大丈夫だよ」


 そんなふうに話していれば入り口で話し声が聞こえる。そちらに目を向ければ葵が立っていた。クラスTシャツを着用している葵は新鮮だ。


 「葵、入っておいで」


 にこやかに手招きして中に入れさせる。


 「あ、は、はい。その、失礼します」

 「きゃ〜! かわいい〜! え、この子嶋山さんの妹さん?」


 クラスの女子がそう声をかける。


 「うん。僕の珈琲を淹れてるとこ見たいからって言っててね。僕の妹で、葵って言うんだ」


 また新しく豆をミルの中に入れ、ハンドルをゆっくり回していく。どうやら葵の容姿にクラスの女子たちが注目しているようだ。これを機に葵にはもっと交友関係を増やしていってほしいと兄心ながらも思っている。


 「あ、前田くん。葵に一杯ご馳走してあげて」

 「え、い、いえ全然大丈夫ですよ?」

 「そう? 欲しいなら言ってね。一杯くらいなら全然大丈夫だから」


 さっきの騒動が嘘のように空気が葵のことで持ちきりになっていた。男子も気になっているようだけれど、葵は渡しません。まぁ、葵が気にかけている人がいるのなら葵に任せるけれど。


 「……ん、大体これくらいかな」


 葵が来てから暫く経ち、もうそろそろ文化祭最終日が始まろうとしていた時間に準備を終える。


 「もう、良いんですか?」

 「うん。あとは足りなくなったらその時はその時で呼んでくれたら挽くよ。それじゃあお店は前田くんたちに任せるね」

 「おう。恭弥たちはしっかりと楽しんでこいよ」


 カウンターから出て、あかりと葵を連れて教室を出る。こうして練り歩いていれば宣伝効果にもなるだろう。


 「あ、始まったね」

 「はい」

 「じゃあ、葵を送りに行くがてら、葵のクラスのお化け屋敷体験してみようか」


 開始の校内放送が掛かり、それを聴きながら葵のクラスに向かう。


 「どういうお化け屋敷なの?」

 「えっと、モチーフになっているのはとあるホラーゲーム? らしいです」

 「へぇ〜ホラーゲームか。あかりはやったことあるの?」

 「ん〜ん。やったことないかな」


 葵の説明を聞くと、お化け屋敷の中は迷路になっており、要所要所には3つの光る勾玉があり、それを集めながら出口を目指すお化け屋敷となっているようだ。勿論、お化け役の人はお面を被り、背後や壁からぬるっと出ては脅かしてくるのだという。暗がりからいきなりお面が出てくるのは確かに怖いなと葵の説明に笑ってしまう。


 「あ、ここですね」

 「……結構、本格的なお化け屋敷だね」

 「みたいだね」


 お化け屋敷の様相は結構本格的な感じだ。


 「あ、昨日のバンドのボーカルの人ですね」


 入り口横の受け付けに座っている女子がそう声をかける。


 「あぁ、あれは助っ人みたいなものだったけど聴いてくれてありがとう。入っても大丈夫?」

 「あ、大丈夫ですよ。人数は二人ですか?」

 「え? 葵も一緒じゃないの?」

 「すみません兄さん。受け付けの方だったんですけど代わってもらったんです。この子が本来は脅かす役だったんですけど……兄さんと片桐先輩を脅かしたいと思ったんです」


 唐突の葵の暴露に僕とあかりはきょとんとする。葵は「黙っていてすみません」と苦笑する。


 「なるほどね。わかった。じゃあ、二人で」

 「分かりました。ではこちらのキャンドルと鈴を持ってください」


 受け付けの子からきっとそこまで明るくないだろう電池式のキャンドルと手首に付ける用の鈴を渡される。僕とあかりは受け取り、鈴を身につけていると葵はいつの間にかいなくなっていた。準備に取り掛かったのだろう。あかりと顔を見合わせて頷き合ってからキャンドルを片手にお化け屋敷の中へと入っていくのだった。




 「うわっ、意外と怖っ!?」

 「きゃーーーーーーーーっ!?」


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