第10話




 夏休みも明け、残暑も冷めやらぬ九月。もうじき文化祭がやってくる。


 「ねね、きょーや」

 「ん〜? どうしたの?」


 休み時間。梨奈さんと沙美さんを連れ僕の席に来る。


 「ほら、もーすぐ文化祭じゃん?」

 「あ〜そうだね。確か次の時間はその文化祭でやることを話し合うんだったね。それがどうかしたの?」

 「いや〜嶋山くんは何かあるのかな〜ってね」

 「僕は……う〜ん……何もないんだよねぇ」

 「え、なにも?」

 「うん。何にも」

 「クラスの案に任せる感じ?」

 「そうだね。そういう三人は?」


 別段これをしたいというのはなく、梨奈さんに聞かれ、少し考えた後にそう応える。僕としてはあかりと楽しめればそれで良い。


 「私はね〜ほら、私バイトしてるでしょ?」

 「うん。してるね。あ、もしかして」


 あかりのやりたいことはしっかりと理解した。喫茶店だろうなと。


 「うんっ、さすがだね〜きょーや。私、喫茶店やってみたいな〜って」

 「ウチはそれに賛成したって感じ」

 「あたしも〜」


 喫茶店か。普段あかりのメイド服を見慣れているためすぐに思い浮かべることが出来た。


 「確かに良いかもね」

 「あ、それでね?」

 「ん?」




⭐︎




 「こんな感じで良いのかな」

 「うんっ! 全然かっこいいよ〜!」

 「凄い似合うね嶋山くん」

 「お、似合ってるじゃねぇか恭弥」


 結局、僕らのクラスは喫茶店をすることになった。それで接客する上で必要だろうということで衣装を着ることに。あかりはバイト先の喫茶店の制服にしようとしていたみたいだがそれは僕が必死に止め、同じように衣装班に作ってもらった。それで今作り終えたとのことで試着をしてみたのだ。だが気になるのは。


 「……どうして衣装が燕尾服なの?」


 袖を合わせたりネクタイを合わせたりしながら疑問符を浮かべる。


 「いや〜、こういうのってやっぱり執事とかかな〜って」

 「なるほど。であればあかりの服装がメイド服に近いというのも納得だよ」


 沙美さんの言葉に頷き、同時進行で進めているメニューを見る。


 「珈琲に関しては僕の担当ってことだけど、珈琲豆を挽きたいけどそれでも大丈夫?」


 前田くんにメニュー表を見せつつ尋ねる。


 「あぁ、良いと思うぞ。というより思い浮かべてるのが少しお洒落な喫茶店なんだろ?」

 「うん。あかりがそう言ってたしね」

 「じゃあ、目の前でそれやるってのはどうだ?」

 「あ〜、純喫茶にあるようなカウンター式だね。わかった。器具に関しては持ってきて良いか先生に聞いてみるね」


 手鏡も置いてあり、それを見ながら服装を整える。


 「みんなに見せる? きょーや」

 「ん〜うん、そうだね。ちょっと行ってくるよ」


 更衣室としている空き教室を出てクラスに入る。すぐに全員の視線を浴びる。


 「うぉ、すっげ! めっちゃかっけぇ〜!」

 「え、ねぇイケメンじゃん!」

 「わぁ、やば〜」


 などなど声が聞こえるが聞き流す。


 「この反応は大当たりだね〜」

 「うん。どうやらそうみたいだね。あ、ほかの衣装はどうかな?間に合いそう?」

 「え? あっ! は、はい! じゃなくてうん! 間に合うよ!」


 僕が唐突に声をかけたため肩をビクッと震わせそう応える衣装班の子に少なからず申し訳ないことをしたと思った。


 「それじゃあ頼んだよ」

 「うんっ! 任せて! 嶋山くん」


 もう一度空き教室に戻り、制服に着替える。その時ちょうど担任が入ってきた。


 「あ、先生」

 「ん? なに?」

 「珈琲豆挽くために使うハンドミルだとか持ってきて良いですか?」

 「あ〜別に構わんけど大変じゃないか?」

 「全然大丈夫ですよー。お店にあるようなハンドミルより手頃な大きさですし」

 「そうか。嶋山」

 「はい?」

 「良い顔するようになったな」

 「……………」


 先生の言葉に目を丸くするが意味を理解しはにかむ。少し気恥ずかしい。




⭐︎




 文化祭当日。準備期間中にいくらハンドメイドの珈琲とはいえ一人でやるにも限度がある。そのため登校してからすぐに豆を挽き、蒸らし、ポッドに溜まった珈琲を匂いや味が劣化しにくいものを入念に吟味した──────あの純喫茶の店主に話を聞いた後に用意した────ボトルに入れ、あまり時間をとらないようにする。


 ちなみにカウンターの配置は窓側の教卓の一角をカウンターとして配置し、他はテーブル席などにしている。


 「もうそろそろ始まるね〜」


 準備もそれなりに済んだ頃、あかりが声をかけてくる。


 「うん。柄にもなく楽しみだよ」

 「来てくれた人にきょーやの珈琲、楽しんでもらえたら良いね」

 「そうしてもらえたらとても嬉しいね」


 会話も程々にして、空きのボトルを確認していると校内放送がかかる。


 『これより、文化祭を開始いたします。生徒の皆さんはハメを外しすぎない程度に楽しんでください』


 一言余計では?と思ったがどうやら昨年、少し事件が起こったらしくこうなったのだとか。


 「お、もう来てるみたいだな」


 隣で窓を見ながら前田くんがそう言う。僕もチラッと窓に目を向けてすぐに手許に目を戻す。


 「まぁ、僕たちの喫茶店はゆったり寛いでもらうってのがコンセプトだから落ち着いた雰囲気が好きな人が来てくれるだけでも嬉しいよ」

 「あ〜、売り上げとか気にしないって言ってたもんな」

 「うん。だから今のところクラスの大半は全然校内を見て回って良いって言ったからね。前田くんも見て回って良かったんだよ?」

 「いや、俺はこっちの方が良いかな」

 「そう。それじゃあ接客頼んだよ」

 「なーに言ってんだよ。お前もすんだろ?」

 「これは一枚取られたね」


 などと口だけでふざけ合っていれば。


 「お客さん来たよ〜」


 という一言ですぐに切り替える。


 「いらっしゃいませ」

 「いらっしゃいませ〜」


 僕含め数人ウェイトレス、ウェイターとして残った人数で声をかけ、二人組をカウンターへ案内する。


 「ご注文をお伺いします」

 「あ、あ〜…それじゃあ珈琲二人分頂ける?」

 「畏まりました。お砂糖とミルクは如何なさいますか?」

 「あ、一つずつ頂くよ」

 「私はブラックで」

 「畏まりました。では少々お待ちください」


 隣で前田くんが伝票を書き、僕は会釈程度に礼し珈琲をカップに注ぐ。瞬間、元々教室に珈琲の匂いで包まれていたものがボトルからカップに注がれる珈琲でより濃い匂いに包まれていく。ソーサーの上に置き、カウンター席故少し身を乗り出す。


 「お待たせ致しました。ご注文のブラック珈琲とこちらはお砂糖とミルクお一つずつの珈琲になります。ごゆっくり」

 「ありがとう」

 「頂くよ」


 初めてあかり以外の人に自身の珈琲を飲ませる。とはいえ、練習中に前田くんや先生にも協力してもらったが。


 「……おぉ、これは美味い」

 「ううむ……これはきみが煎れた珈琲かい?」

 「はい。ちゃんとした喫茶店の珈琲に比べればまだまだですが」

 「驚いたよ。良い味だ」

 「ありがとうございます。お口に合う珈琲で良かったです」


 会釈し二人の言葉にそう返す。


 「……あ、前田くん。この曲、流してくれる? 一応許可は取ってるから大きすぎない程度の音量で四隅のスピーカーに接続してね」

 「……準備いいな」

 「雰囲気から入りたいでしょ?」




⭐︎




 文化祭も終盤。ステージでの公演もあるらしいが、暇とはいえない接客をしていると。


 「ごめん……! 嶋山くんいる!?」


 突然声をかけられる。声からして緊迫しているのだろう。


 「はい、いますけれど……どうかしましたか?」


 接客中とはいえ、なるべくは素を見せないよう留意しつつ入り口に向かう。


 「あのね……」


 声をかけてきたのはクラスメイトで文化祭実行委員の子だった。


 「……なるほど。わかった。服はこのままで良い?」

 「うん。大丈夫。ごめんね折角の時間を取らせちゃって」

 「良いよ良いよ。こっちこそ我儘聞いてもらってるんだし。お互い様だよ。ちょっと待ってて」


 そう言葉を交わし、一度戻る。


 「前田くん。アクシデントがあったみたいだから行ってくるよ。接客の方、任せても良い?」

 「ん? おう。問題ないぞ。なんかあったのか?」

 「うん。なんでも、バンド演奏する子の一人が声枯らしちゃったみたいで」

 「ありゃりゃ。大丈夫なのか?」

 「セトリ聞いてそれから曲知らなかったら聴けば大体行けるよ」

 「お前やっぱすげぇわ」

 「あはは、ありがと。それじゃあ行ってくるよ」

 「おう。いってら」


前田くんにそう言葉を残して体育館に向かう。



 「ほんっとごめん、ありがとう恭弥くん」


 ボーカルを担当するはずだった柳さんは両手を顔の前で合わせながら言ってくる。まだ喉痛いだろうに無理はさせられない。


 「全然大丈夫だよ。セトリはこれで良いんだね?」

 「あ、うん。それで全部だけどいけそう?」

 「うん。どれも知ってる……というかオススメされた曲だから歌えるよ」

 『よかった〜!』


 三人して安堵してる。まぁそれもそうか。


 「リハも済ませたし本番に備えようか」

 「うん」

 「わ、わかった」

 「……緊張してきたなぁ」

 「柳さん。本当は歌いたかったでしょ?」

 「え、うん。そりゃあね」


 のど飴を口に含みながら頷く。僕はその思い出に残ることを代わりにすることに少なからず罪悪感がある。だから。


 「喉、大丈夫になったらライブを開いてほしい。たとえ文化祭で披露できなかったのだとしても、僕含めみんな楽しみしてたから」

 「え……? そ、れって良いのかな」

 「大丈夫だと思う。なんなら一緒に頼み込もう」


 そう声をかけながらも時間になり、ステージのライトが暗転する。


 「行ってくるよ」

 「うん……ありがとう恭弥くん」


 流し目で目を向けて頷きつつステージに向かう。全員配置についてからドラムのスティックが打ち鳴らされる。そしてスティック同士の音が止んだ瞬間。


 『〜〜〜♪』


 2年目の文化祭。代わりとはいえライブが始まった。


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