第9話




 夏休みも佳境に差し掛かり、当初の約束通り海はハードルが高かったので屋内プールのレジャー施設に来た。


 「きょーや〜、どう? 似合ってる?」


 淡い黄色の水着────ビキニというのだろう────は途轍もないほど似合っている。あかりはとてもスタイルが良い為、しばらく見惚れた。


 「きょーや?」

 「え、あ、ごめん。その……似合いすぎてて見惚れてた」


 もっと上手く褒めることもできただろうが我に返り言った言葉はとても語彙力皆無だった。言った後に恥ずかしさが込み上げるほどに。


 「ふふっ、そっか〜見惚れちゃったか〜ありがときょーや」

 「…ん」


 頬を掻き照れ隠しで顔を逸らしつつ頷き彼女の手を取る。


 「……何処から入る?」


 一拍置き落ち着かせてから施設内を見回す。


 「じゃあ……あ、あの波のプールのやつ行こっ」

 「アレか。うん、わかった。行こうか」

 「お〜!」


 あかりが指差した先にある波のプールに向かう。どうやら等間隔で少し大きな波が柵の中から出てきて人を流すようだ。


 「ひゃ〜! ちょっと冷たいね〜」

 「う、うん。でもちょうどいいかもね」

 「だね。あ、波がきたよ!」

 「手は握ったままがいい?」

 「んっ! もちろん!」

 「おっけー」


 ザブーンと押し流される。二人で顔を見合わせびっしょりになった姿を見て笑い合う。


 「あっはは! すごかったね〜!」

 「ふふっ、うん。初めてだったけどすんごい楽しいや」


 そう。こういったレジャー施設もまた、来たことがない。それ故もありいつもよりテンションが高い。


 「じゃあじゃあ! 次アレやろうよ!」

 「え、もうウォータースライダーやるの?」

 「いっぱいやりたいじゃん?ウォータースライダー」

 「結構な距離あるけど……まぁ、やるだけやってみるか」

 「うんっ」


 今度はウォータースライダーに向かう。あまり並んで無くすんなりと階段を上がり早い段階で挑むことが出来た。


 「お一人ずつやりますか?」

 「いえ、二人で」

 「畏まりました。それではどちらが前にお乗りになられますか?」

 「ん〜……あかりはどっちが良い?」

 「ん〜………じゃあ前っ!」

 「おっけー。じゃあ、僕後ろに乗ります」

 「畏まりました。では準備が宜しければそのままお滑りください」


 係員の指示に従い、二人用の浮き輪に乗り、僕は後ろからあかりを抱き締めるような体勢で座る。


 「それじゃあ、いこっか!」

 「うん。せー……の!」


 すすすーっと落ちていく感覚と共に滑っていく。


 「ほわ〜っ!」

 「お、おおっ!? い、意外と速いよ!?」

 「たっのしい〜ね〜!」


 カーブやらなんやらを結構なスピードで滑っていき、その速さに少し度肝を抜かれつつ、左手は浮き輪に付いている吊り革を抑え、右手であかりの腹部に回し抱き締め、あかりはそんな僕に背中をぴったりとくっつかせ、「きゃはは!」と楽しげな声を上げる。体感10秒程だろうか。ぐわ〜っと滑った後にザバッと水を盛大に浴びつつ着水する。


 「っぷはぁ〜! ねっ!? 楽しかったでしょ!?」


 振り返りキラキラとした目をするあかりに反射的に頷く。


 「少し速さに驚いたけどめっちゃ楽しいこれ」

 「もっかいする?」

 「けど、少し間を置かせて」

 「にゃはは、じゃあ、流れるプールでぷかぷかしてよっか」

 「うん」


 浮き輪から降り、陸に上がり浮き輪を置き場に置いてから流れるプールに向かう。流れるプールはゆったりとした速さでプールが楕円形に流れていて、人もそれなりにいた。


 「そういえばきょーやってば上脱がないよね」


 流れるプールに入り、あかりは浮き輪で浮かびながらで僕はその浮き輪を軽く掴みながらふよふよと浮けるようゆっくり両足を振る。


 「あ〜……まぁ、あんまり上裸にはなりたくないってのが理由かな。それに別に自慢するほどのものでもないし」

 「そっか〜私、見たかったのにな〜」

 「あはは……二人きりの時にね?」


 そう。僕はかなり薄地の黒いチャック式のパーカーを着ている。まぁ普通にずぶ濡れだから肌に張り付いたりしているけれど。とはいえこれもまた水着の一つだしそこまで気にはしてない。けど、自分で言ったようにそこまで自慢できるほど体型は良くない……と思う。少し引き締まってる程度だと思ってる。


 「じゃあ、触ってみて良い?」

 「え、うん。それは構わないけど……喜ぶようなもんでもないとおもうけど」

 「きょーやだから良ーのー」

 「さいですか」


 ぺたぺたと触っては、「ほ〜」やら「おぉ」と声を上げるあかり。人の筋肉とかってそんなに良いもんなのかなと疑問に思いつつ少しこそばゆさを感じる。


 「きょーやのお腹、もしかして割れてる?」

 「ん〜……薄く入ってる程度だったと思うけど」

 「も〜自分に興味なさすぎじゃない?」

 「それだけきみに夢中だってことでもあるけどねそれ」

 「えへへ、それは嬉しいな」

 「ふふっ、そっか」


 その後、二回ほどウォータースライダーを堪能した後、温泉プールなるものもあるようで勿論それも堪能した。




⭐︎




 散々プールを楽しんだ僕たちは家に帰り、クーラーで効いた僕の部屋で二人してフローリングの上で寝転がる。


 「いっぱい遊んだね〜」

 「うーん、そうだねぇ」


 天井をぼーっと見上げながら疲れからかうつらうつらとしてきた。どうやらそれはあかりも同じようで。


 「ん〜……ねぇ、きょーや」

 「ん〜?」

 「寝ちゃいそう」

 「ん、僕も」

 「ベッド入ろ〜」

 「ん」


 のそのそと亀のようにゆっくりとした動きで起き上がりベッドに寝転がる。次いで、あかりが隣に寝転び、ぴったりと密着してくる。


 『あの、兄さん。片桐先輩』


 すると部屋の外から葵がノックしながら声をかけてくる。


 「ん〜? どしたの? 葵」

 『…その……わ、私もご一緒していいですか?』

 「あー……」


 チラリとあかりを見る。あかりは「大丈夫だよ」と頷く。


 「良いよ〜、入っといで」

 「は、はい。失礼します……って、寝そうだったんですね」

 「あはは、まぁね……たくさん遊んだし」

 「葵ちゃんも来れば良かったのに〜」

 「私はあまりそういったところは苦手でして…」


 そう言いつつ部屋に入り、後ろ手で扉を閉め、僕の左側に寝転がってくる。


 「……狭くない? 大丈夫?」

 「はい、私は問題ありませんよ」

 「ん、私も〜」


 非常にゆったりとした口調だ。そろそろ意識を保ってるのも疲れてきた。僕は一つ深呼吸しながら目を閉じる。


 「おやすみなさい兄さん、片桐先輩」

 「ん、おやすみ」

 「おやすみ〜」


 そう言うや否や割とすぐに眠りについた。



 ぼんやりとした感覚が僕を包む。あぁ、夢なのだなとうっすらと自覚する。


 珍しいこともあるものだね。


 「きょー……やっ」


 いきなり後ろから抱き付かれる。背中に柔らかな感触と共に温もりに覆われる。僕は顔を向けるとそこには、猫耳の生えたあかりがいた。僕は目をぱちくりとした。夢だとしてもリアルな温もりだったというのもあるけれど、やはり猫耳は可愛いく抜群に似合っていた。


 「んふふ〜。きょーや、きょーやっ」


 どう表現すれば良いだろうか。愉しげに、快楽的に、淫靡的に恐らくはその全部。言い表し難い声音で何度も僕の名前を呼んでは、首筋に歯を突き立てる。まるで猫の甘噛みのように。そして僕はそんな彼女に応えるように口を開けるが、不思議なことに声が出ない。一音も出ないのだ。夢だとしてもその事態に僕は焦る。けれどもあかりはそんな僕をお構いなしに後ろから抱き着いたまま押し倒す。猫のような態度の彼女の目は人のようで人ではなかった。まさしく獲物を逃がさない狩人のようなそんな目でありながらも、惹きつけられるような目だった。


 「すきぃ……きょーや、だいすき。すき。すき、あいしてるよぉ」


 素直に感情を伝えてくれるのは夢のあかりであっても嬉しいけれど、些か怖い。夢ならもう少しマシな夢を見せて欲しい。


 「はぁ……はぁ……ァ…」


 いつの間にか彼女の吐き出す吐息は熱っぽく、湿り気を帯びていて、吐息のかかる首筋からゾクッと何かが身体を巡った。これ以上この夢を見てはいけない。そう思う度にドツボに嵌っていく感覚に陥る。そうドギマギしている間にも猫あかりは徐々に顔を首筋から上げていく。口が僕の右耳に接触した瞬間。


 「……ちゅ」

 「……!?」


 猫あかりは僕の耳にキスをしながら食み始めた。突然の感覚に驚き身を固めてしまった。それを彼女は抵抗しないのだと思ったのか、にゅるりとした感触が僕の耳を襲った。


 「…ん、ちゅ……ぁ、む」


 舐めている。食みながら。そのゾワッとする感覚と共に逃れ得ない感情に包まれる。声が出ないというのに、捉えようのない感覚に堕ちていく。そして僕は目を閉じて、猫あかりからの行為をただただ受けるのだった。



 「……はっ…!?」


 飛び起きるように目を覚ます。ドクドクと心臓の鼓動が五月蝿い。胸に手を当てた時嫌な感触がした。シャツが寝汗でぐっしょりとかいていた。


 「…………」


 両隣二人を起こさないよう気を付けつつベッドから降りシャツを着替える。汗でぐっしょりとなったシャツを洗濯カゴに入れた後リビングに向かい、水を飲む。起きた後でもまだ鮮明に覚えているあの感覚。じっとりとしたあの背徳的な感覚。何故かあかりに申し訳なさを感じている。普段は夢など見ないのだが。


 「………はぁ。寝れそうにないな」


 そう独り言ちながら部屋に戻り、二人が起きるまで本を読む僕だった。


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