第8話
あの人と話をした日からさらに日が経ったとはいえまだ夏休みの最中。片桐さんの課題も無事終え、当の本人から夏祭り一緒に行きたいと誘われた。葵も一緒で良く、それなら前田くんたちも誘わないかと打診したが、三人が良いそうで、僕は心の中で前田くんに謝罪した。
「ねぇねぇ、きょーや。葵ちゃんのすごい良くない?」
ふと物思いに耽る僕にそう声を掛ける片桐さんに目を向ける。今日はその夏祭りに行くための浴衣選びと称したショッピングだ。
「あぁ、良いと思うよ。葵自身の雰囲気にも合う淡い青色に……これは紫陽花かな? も合ってて似合ってると思うよ」
「ぐ、具体的じゃなくても良いのに…」
「そういうわけにもいかないでしょ?ってまぁファッションには疎いから分からないけどね。でも似合ってるのは本当だよ葵」
「あ、ありがとう……ございます」
葵は気恥ずかしそうに頬を朱に染め顔を俯かせ気味にしながら笑みを浮かべる。
「じゃあ、私の方はどう?」
今度は片桐さんが試着した浴衣を見せる。レモンイエローの淡い生地にこちらは向日葵の花が散りばめられている。普段から明るい感じの片桐さんには合っているだろう。
「とても良く似合ってると思う……多分、黄色系統の明るい色合いが似合うんだろうね。僕からしたら羨ましい限りだよ」
「ほんと〜?」
「あぁ、本当だとも」
「えへへ、ありがと」
「ん」
くるりと萌え袖をしつつ緩やかに回り、僕の褒め言葉がお世辞ではないのだとわかり、照れ笑いを浮かべ相好を崩す。
「それじゃあ……私はこれにします」
「うんっ、私も〜!」
二人の仲睦まじくしている姿はとても絵になるなと思いつつ理由もなくスマホを取り出しその二人の姿を写真に収めて。音が小さかったとはいえカシャっという音に二人とも気付きこちらに顔を向け僕はバレちゃったかと苦笑する。
「ごめんごめん。二人の様子がとても良くてさ……つい撮りたくなったんだ」
「も〜、夏祭りまで待てなかった?」
「うん。今撮らなきゃって思って……都合悪かったら消すよ」
「ん〜ん、きょーやだから全然消さなくていーよー」
「ふふっ、はい」
にぃ〜っと笑う片桐さんと「仕方ない人ですね」といった目をしながら微笑む葵にこの二人で良かったなとホッと胸を撫で下ろした。
「じゃあじゃあ、きょーやも選ぼうよ」
「…え、僕も?」
「そーだよー。きょーやも一緒に浴衣着よ?」
「これとかどうですか兄さん」
「い、息ぴったりだね二人とも」
さすがに僕のもというのは予想外でパニクったが、葵の細く小さいが長い人差し指の先に目を向けては僕は少し考え込む。柄が良かったからだ。僕好みの暗色と言えば良いだろうか。真っ黒というわけではなく、何処となく夜空を窺わせるような配色で目立たないよう似たような色でストライプの浴衣。
「……そうだね。これにしようかな」
「試着しなくても良いのですか?」
「うん。着なくてもこれなら問題ないかなって思ったから」
「カンってやつだね」
「まぁ、そうとも言う」
二人を着替えさせ、その二人分の浴衣も一緒に会計する。お財布がまた少し軽くなったけれどこれくらいの出費は問題ないだろう。これからも着ると考えれば。
「夏祭り、楽しみだね〜」
その後、フードコーナーで昼食を食べた後二人はコスメを僕は中古屋の古本を巡った。生憎、化粧品だとかには疎いためそれならと僕が提案し、数時間程二手に分かれ買い物を楽しんだ。そして気付けば外は夕闇に包まれつつある時間。
「着付けとかは問題ないんだよね二人とも」
「うん、私は全然平気だよ〜」
「はい。私も大丈夫です」
「おっけー。それじゃあ明日の夏祭り一緒に楽しもう」
「うんっ!」
「はい…!」
あの人との会話以降、葵をこちらに住まわせることにした。叔母さんたちにはお世話になった感謝と迷惑をかけた謝罪を込めて人気な菓子店の詰め合わせを渡した。
葵は「先に入ってますね」と言いつつ浴衣の入った袋と持たなくても良かったのに────本十数冊入ってるためかなり重い────それを僕の手から取り、あまりの重さに「うっ」と声を上げつつ部屋に向かっていった。僕は葵の行動に仕方ないなと思いつつももう少しだけ片桐さんと一緒にいれる事に少なからず嬉しくもあった。
「優しいね〜葵ちゃん」
「うん。ほんと良く出来た妹だよ」
「きょーやも優しいからきょーやに似たのかも?」
「それはそれで嬉しいかな……でも、ほんとに夏祭りは二人きりじゃなくても良かったの?」
「ん〜……ほんとはいたかったけど、葵ちゃんとも仲良くなりたかったし、それに思い出も作りたかったし」
「そっか……なら、良かった」
「きょーやは二人が良かった?」
片桐さんは前のめりになりつつ僕の顔を覗き込む。僕は「どうだろ」と嘯きつつ頬を掻く。
「……少なくとも、葵も一緒でも良いとは思ってるよ」
「でも、そうじゃないんでしょ?」
「…………多分」
何故か分からないが二人じゃないということに胸がモヤッとしている。そんな僕の様子を察してか、
「じゃあ……今日、一緒にいよっか?」
「えっ……?」
彼女の言葉についぞドキッとしてしまいまじまじと見つめる。
「あしたはずーっと二人でいれないけど、きょうはずっといれるよ?それに、葵ちゃんもそうしてくれたんだと思うし」
「そ、それは……」
確かに先程の葵の言動はいつもとは違う気の遣いようだった。僕は片桐さんの言葉に甘えようかと目を迷わせる。正直に言うとこのまま2人で居たい。これがきっと依存というのだろうことは今の僕には分からないけれど、それでも今はそうしたかった。
「……い」
「ん? な〜にきょーや」
僕の呟きに優しく笑みながら見つめて首を傾げる。僕は今一度口をキュッと横に結んでからもう一度言葉にする。
「……一緒に居たい」
「……んっ。うちおいできょーや」
彼女の白く小さな細長い柔らかな手に引かれつつ何度目かの彼女の部屋に招かれる。互いにシャワーを浴びてから一緒に寝るときは背を向け合って寝ていたのに今日だけは彼女に抱き留められながら片桐さんの温もりに包まれ意識を手放した。
⭐︎
翌日、片桐さんに抱き締められながら起きた。一線はまだ超えてはないけれど何故か背徳感を覚えた。
「……あ、起きた。おはよ、きょーや」
「ん……おはよう、あかり……」
いつもであれば途轍もなく寝起きは悪いが、今回だけはとても良かった。
「おはようのちゅー、する?」
「……ん」
とはいえ頭は働いているわけでもなく、ほぼほぼ脳死で頷く。
「んっふふ、か〜わい〜な〜きょーや……ん」
そっと重ねられる唇とその間から漏れる吐息。ゆっくり離れても尚近い距離で見つめ合う。
「目、覚めた?」
「…うん。少し」
「ふふっ、そっか」
「今……何時?」
欠伸を噛み殺しつつそう言い、ベッドの側のローテーブルの上のスマホを取ろうと手を伸ばす。無事手に取り、タップして確認する。
「まだ、全然時間あるね」
「うん。そうみたいだね。10時過ぎ……か。寝過ぎたかも」
「珍しくいっぱい寝てたもんね〜」
ベッドから起き上がりつつ大きく伸びをしカーテンから漏れる日の光に目を細める。
「……寝心地良かったから、かな」
「ぎゅーってしながら寝るの良かった?」
「うん。でも昨日は甘え過ぎたかもなって思った」
「え〜、全然気にしないのに〜」
そうは言うが今思えば僕は甘え過ぎたとかなり恥ずかしく思ってる。それもそのはず、甘えた事はほぼほぼ無く、片桐さんが甘えさせてくれるというのもあるからなのだろう。
「だとしたら僕はダメになっちゃいそうだね」
「んっ、いーよー。ほら、ぎゅーしよぎゅー」
僕は彼女に敵わないのかもしれないと片桐さんの言葉に自嘲気味に思いつつもその彼女の包容力に抗う事は出来ることなく片桐さんを抱き締める。
「ん〜、えっへへ。きょーやから私の匂いする〜」
「そ、そりゃあ、あれだけきみに抱き締められつつ寝てたんだからそりゃあね」
「きょーやは私の匂い、すき?」
「うん。落ち着く」
「えへへ、そっか〜じゃあ、も〜っときょーやになすりつけちゃお〜。うりうり〜」
僕の胸許でぐりぐりと額を押し付けるように回し、さらに密着してくる。
「なんか……今更だけど」
「ん〜?どーしたのー?」
僕の言葉に疑問符を浮かべつつ見上げる片桐さんに朝から刺激が強いなとドキッとしつつも彼女の頭を優しく撫でながら続ける。
「あかりってうさぎみたいだなって」
「え〜うさぎさんに?」
「うん。なんかこう……甘えたがりなとことか特に」
「初めて言われたかも」
「そうなの?」
こくんと頷く彼女に僕は「じゃあ、どんなふうに思われてるんだろう」と思ったがそれを察してか知らずか、
「猫さんみたいだ〜とかはよく言われるよー私」
「あ、あ〜猫かぁ……納得したよ。確かに猫っぽいとこもあるね」
「きょーや以外には警戒心あるとことか猫さんっぽいって言われたな〜」
「ふふっ、確かにそうかもしれないね」
いつもの片桐さんは僕以外だとすごい塩対応なところがある。それなりに接してはいるみたいだけど僕と話す時よりも壁を感じるのだ。
「やっぱりそういうのはわかっちゃうんだね」
「そーだねー……あ、この人は私の体にきょーみあるんだーとかすぐ分かるよ」
「なるほど。その点、僕はそう見てないから安心してるって事か」
「そゆこと〜」
にへ〜とこれまただらしなく笑いすりすりとしてくるところは確かにうさぎよりも猫に近い。もしファンタジーモノだったら片桐さんの頭には猫耳を尾骶骨の辺りには猫尻尾が生えていて、ぶんぶんと振っている様を幻視した。そしてそれが滅茶苦茶可愛いということも。
(あぁ、僕は益々片桐さんのことを「好き」になってるのか)
「あかり」
「ん〜?」
「……おでこに、キス、していい?」
「ん、いーよー。んっ」
前髪を巻き上げ突き出してくる。僕はそっと白く透き通った額に唇を付ける。なんと言うのだろうかこの気持ちは。今、無性に──────。
「……独り占めしたい?」
「えっ?」
不意に僕の思考を読んだかのように彼女はそう呟く。僕はそれに目を丸め少し呆然とする。
「私、きょーやのこと独り占めしたいって思ってるんだ。きょーやの好きなことも共有したいし、きょーやともっと一緒にいたいし、きょーやとも〜っとぎゅーってしてたい」
あぁ、同じなんだと理解した。
「うん。僕もそう思うよ。そっか……これが」
「うん。それが好きってことだよきょーや」
これが……これが好きという気持ちか。心臓が高鳴る程に彼女と一緒にいることが嬉しい。よりもっと一緒にいたいと思う程に。
「胸が苦しくなるくらいのこの思いがそうなんだ」
「ん、またひとつ、知れたね」
僕はゆっくりと頷き、彼女の肩に顔を埋めるように抱き締め直す。片桐さんの匂いが心地良い。片桐さんの温かい体温が心地良い。抱き締め合っているだけだというのに溢れるくらいの充足感が苦しいけれど心地良い。
「……あかり」
「ん〜? な〜に、きょーや」
「……好きだよ」
「………えへへ、嬉しいなぁ」
今僕の顔は茹でったタコのように赤いだろう。自分でも自覚するほどに顔が熱い。なるほど。あかりはこんな気持ちを抱えてたのか。胸が張り裂けそうなほど苦しくて、それでも幸せで。嬉しくて。狂おしい程に愛おしい。僕は顔を少しだけ上げ、僕を見つめる彼女の瞳と目が合う。数秒だけの見つめ合いが実に長く感じた。揺れる瞳。長い睫毛。白く細やかな肌。くっきりとした眉。小さくけれどぷっくりとしている桜色の唇。間近で彼女の顔を眼窩に収めつつも息を呑む。あかりは薄く目を閉じて顔を傾ける。それで察し、僕もまた薄目になり反対側に傾けそっと重ねる。瞬間、僕の背中に回されている彼女の腕に力が入る。
離したくない。
そんな気持ちが今わかる。何故なら僕も彼女を抱き締め、右手は彼女の右頬に添え左腕でぎゅっと細い腰を抱き締める。
「んっ……ぁ」
唇が少し離れ、吐息が声と共に漏れる。すぐさま彼女の方から重ねられる。
「んっ…!?」
「ん……ちゅ……」
僕は一瞬硬直する。その隙を穿つように僕の口内にざらりとした感触とぬめりが襲う。あかりの舌だと理解したのはそれから少し後だ。僕は彼女にされるがままのように彼女のことを受け止める。口内でゆっくりと彼女の舌が這う。自然と唾液が分泌する。それはあかりも同じで、絡められる舌は自分の唾液なのかは定かでは無く、けれど濡れていて、ぴちゃりぴちゃりと淫靡な音を立て僕の理性を崩しにかかる。僕は薄目から少しずつ目を開くとふにゃっとした目をするあかりと目が合った。見たことのない目だった。それがまた僕の目を惹きつける。それと同時に途轍もない幸福感が襲いかかる。キスをしているだけ。抱き合っているだけ。ただそれだけなのに、泣きそうなほど幸せを感じている。
「…ん……ちゅ…ぁ……ん…っは…ぁ」
「……っはぁ……はぁ…」
どれくらいキスをしていただろうか。短くも長い時間だった気がする。ゆっくりと舌が出ていき、唇も離れていく。その時名残惜しいように互いの舌先から唾液の橋が糸を引きながら垂れ落ちる。あかりは笑みを浮かべる。
「ふふっ……大人のちゅー……しちゃったね」
その顔はとても──────扇状的だった。
⭐︎
「わぁ……! ねぇ、きょーや! 葵ちゃん! 出店いっぱいだよ〜!」
「そうですね……どれから見て回りましょうか片桐先輩」
あの後、僕の部屋に移り葵と共に浴衣に着替え────僕は自分の部屋で着替えて二人は葵の部屋で────流石に履き慣れないものを履く勇気がなかったため、いつも履いているのと同じだが色は黒のハイカットスニーカーを履いて、夏祭りに向かった。二人は浴衣を楽しみたいとかで雪駄を履いている。
「あんまり離れないでね二人とも」
そんな二人に僕はそう声をかける。とはいえ、あかりは僕の右手を握って、葵はあかりの隣をくっついて歩いているのかそうなる素振りは無いのだが。
「じゃあじゃあ、あのわたあめ屋さん行こ!」
「行きましょうか!」
「わかったよ。けど急がずにね」
僕の話を聞いているのか分からないけどまぁいいか。二人とも楽しそうだし。
「ねねっ、このお面、どうかな〜」
わたあめをひとつ買い、今度はお面を見て白い狐のお面を頭に付け見せてくる。
「似合ってますよ片桐先輩」
「ほんと〜?」
「ふふっ、はい」
「うん。似合ってると思うよ」
「えへへ、そっか!」
「じゃあ、親父さんこれひとつ良いですか?」
「おう! まいどあり!」
一度手を離し、財布から小銭を出して払いしまってから再度手を繋ぎ直す。
「今度はどこ行こうか」
「じゃあ兄さん、あれなんてどうです?」
「あ、射的良いね」
「あ〜射的か……そういうのやったことないけど面白そうだね」
「やってみよ!」
「そうだね。やってみようか」
葵が指差した先の射的屋に向かい、三人で一度やった。結果は。
「……やっぱり難しいですね」
「ん〜そうだねぇ〜」
「確かにそうだね」
三人して成果はあまりなかった。それぞれ10発やり、手に出来たのはお菓子数個程で、射的の難しさを痛感した。けれど楽しかった。
「あれ〜、嶋山くんじゃん。やっほ〜」
「あーちゃんもいるじゃ〜んやっほやっほ」
「あ、梨奈さん、沙美さん、奇遇だね」
「やっほ〜りなっち、さなっち」
僕たちが来た方向から聞き馴染みのある声が聞こえ、そちらに顔を向けると片腕を上げながら来る梨奈さんと沙美さんの二人だった。そしてそのあとを追うように……というか若干疲れてるのか分からないけれど微妙そうな顔をした前田くんが来る。
「前田くんも奇遇だね」
「お〜恭弥……悪りぃな」
僕たちのことでバツが悪いのだろう。そう言葉にする前田くんはやっぱり優しい。
「全然良いよ。散々楽しんでたから」
「そっか。なら良いんだけどよ。っと、久しぶりだな葵ちゃん」
「は、はい。お久しぶりです…前田先輩」
「んぇ? 顔見知りなん? この子」
梨奈さんは前田くんを見つつ首を傾げる。前田くんは僕に目配せするけれど僕は頷く。
「葵は僕の妹だよ。葵、こちらの華やかな浴衣の方が梨奈さん。それでこっちの明るい感じの浴衣の方が沙美さん」
「よろしくね〜」
「よろしく〜葵ちゃん。あ、葵ちゃんって呼んでいい?」
「あ、は、はい。その……呼びやすい呼び方で大丈夫です。その……葵と言います。よろしくお願いします」
上手く馴染めるといいね。そう思っていると袖を引かれ、そちらに顔を向ければあかりが耳許で囁いてきた。
「結局大所帯になっちゃったね」
にゃははと笑う彼女に僕は「そうだね」と返しつつ笑い返す。
「と、こんなとこで立ち止まってても通行人の邪魔になるしどこ行こうか皆」
三人ならまだしも、六人で屯していれば流石に邪魔だろうとそう切り返す。
「それじゃあ色々見て回らない?って言ってもあーちゃんたちほぼほぼ見て回ったんだっけ」
「私は全然大丈夫だよ〜。ね、きょーや」
「ん? あぁ、まぁそうだね。あとは花火観るだけだしまた冷やかしに行くのも全然アリだね」
「んーじゃ、行くか」
「お〜!」
それからは楽しい楽しい出店巡りだった。前田くんが射的でかなり物をゲットするということもあったり、沙美さんが金魚掬いが得意だったりと知らないことが知れたりして非常に楽しい時間だった。
「きょーや、私たち別行動で良かったのかな?」
そんなこんなでもうそろそろ花火の時間で、前田くんが気を利かしたのかなんなのか、僕とあかりだけにしてくれた。チラッとスマホを見れば、前田くんからメッセージが来ていた。
『すまねぇな。結構楽しんでただろ? だからそういうことで』
まったく。前田くんはほんとに優しいなぁ。
「うん。全然良いみたい。前田くんからはしっかりと楽しんでだってさ」
スマホをしまいつつ前田くんの文面から察し、そう言いつつ、手頃なベンチを見つけ、座る前にハンドタオルを取り出しベンチに置き、僕はその隣に腰を下ろし、あかりを座らせる。
「そっか〜じゃあ、いっか」
「うん」
自然と僕の右肩に頭を預けてくる。いつにも増して距離感の近い現状に心拍が上がる。
「今度さ、課題終わらせたから海に行こ」
「ん〜……その……なんていうかな。行っても良いんだけど…」
「ん〜? けど?」
横からの視線が当たっていることに少し気まずさを感じる。けれど、本音を言えばいいだけなのだ。うん。僕はそう思い込ませながら言い淀む口を動かす。
「……他の人にあかりの水着姿見せたくないかな……って」
これは流石に引かれたかなと思いつつも決して右には目を向けないように前を見続ける。
「そっか〜。きょーやってばそんなに私のこと大好きなんだ〜」
「な、なんだよ…」
「んっふふ〜べっつに〜?可愛いな〜って」
「い、いまのどこに可愛いなんていう要素があるの!?」
思わずそうツッコミを入れざるを得ずあかりの方に目を向ける。ばっちりと目が合い、ニィ〜っと笑う彼女の顔が目に映る。
「そっかそっか〜。でも大丈夫だよ〜きょーや。私、きょーやしか興味ないし、他の男に靡くつもりもないし、なんなら家に帰ったら見せてあげても良いんだよ?」
「え?」
彼女の言葉に困惑する。
「水着はね、とっくに買ってるんだ。だからきょーやに見せたいなって」
「あ、あ〜……まぁ……見てみたいけど……後で屋内レジャー施設とか探してみるよ」
「ほんと?」
「うん。流石に海はハードルが…」
「あははっ、も〜きょーやは外に出なさすぎだよ〜?」
「い、一応筋トレのためにたまにジムに行くけど、日に焼けるのが嫌なだけだよ」
「うわ、めっちゃ女の子みたいなこと言うんだ」
「いや事実だし」
「ふふっ、そーいうとこだよ〜きょーやの可愛いとこ」
「え、えぇ…」
楽しげに笑う彼女を見ながら僕も釣られて笑う。本当に、あかりがいるだけでとても楽しい気持ちになる。それはきっと、あかりの持ち前の明るさが起因しているんだろう。そんなこんなで話をしていると、夜空が色めき出す。
「わ〜! 綺麗だねぇ〜きょーや」
「………うん」
今まで僕は花火を見たことがなかった。興味すらなかった。けれど今日、あかりと一緒に見れた夜空を彩る花たちを僕は忘れないだろう。好きな人と見れたこの景色はきっと……素敵なもののはずだから。
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