第5話
片桐さんと付き合ってから二ヶ月ほど経過した初めてのスポーツ大会。片桐さんはバレーで僕はバスケを選択した。時間的にも互いの試合を観戦出来るからという安易なものだが、片桐さんはバレーが得意だとも言っていたし、観戦するのが楽しみだ。
「あ、きょーや! 観ててね!」
「うん。頑張ってね」
「うんっ!」
体育館の隅に来たというのに片桐さんはすぐに僕を見つけ笑顔で手を振った。僕もそれに答え手を振りかえす。
「やっぱお前らそういうことだったんだな」
「そういうことって? どういう意味か教えてよ前田くん」
どうやらサッカーに出場してたとこは終わったみたいで声をかけながら僕の隣に来た前田くん。彼は分かってるといった顔しながらこう言った。
「お前ら、互いに観戦したいんだろ?」
前田くんは勘がいいなと実感した。僕は素直に頷く。
「僕はどの競技に出ても良かったけど、あかりが観てて欲しいって言ったからね。それで前田くんの方はどうだったの?」
「ん? あぁ、なんとか勝ったぜ。うちのチームにサッカー部のやつが数人居たのが幸いしたな」
「それは良かったね。おめでと」
「おう。んで、恭弥はどっちが勝つと思ってるんだ?」
「あかりが勝つ……って言いたいとこだけど、分かんないな」
「へぇ、意外だな」
「そう? 僕は現時点でそう思っただけだよ。バレーは個人競技じゃないしね」
「ま、それもそだな」
けど、あかりには勝って欲しいと心の中では思ってる。体育館の壁に背を預けつつ片桐さんのチームを観戦する。今のところリードしてるけど、バレーもそうだけどいつ逆転するかは分からない。まぁ、片桐さんが観ててと言ったのだから僕は応援するだけだけれど。
⭐︎
「きょーや! 観てた!?」
「うん、観てたよ。おめでとう」
「ありがと! きょーやのおかげだよ〜!」
片桐さんのクラスは途中危なげではあったがなんとか勝ちをもぎ取り優勝した。汗だくな片桐さんはとっても楽しそうに嬉しそうに笑う。
「おめっとさん片桐」
「あ、ありがと。前田くん」
やっぱり僕以外だと堅い雰囲気だなぁ片桐さん。前田くんはそれを理解してるけど。
「バスケはいつなんだ?」
「えっと……今からお昼でしょ……一時間したらかな」
「頑張ってねきょーや」
「うん。出来る限りのことはするよ」
「ん〜じゃまぁ、昼飯にすっか〜。二人はどうすんだ?」
「お弁当作ってるから中庭が空いてたらそっちで食べるよ」
「そっか。んじゃ、また」
「うん」
前田くんとの会話は基本僕が取り持った。前田くんは気にしない素振りで片手上げながら体育館を出てった。
「やっぱり男の人は苦手?」
「うん……前田くんはあんまり平気だけど、でもちょっと警戒しちゃって」
持ってきたタオルを片桐さんに渡しつつ一度教室に戻る。片桐さんはどうして僕は平気なのだろうと思ったけど、聞くのは野暮だろうかと思うが……聞いておいた方が良いのかもしれない。
「僕は平気だった?」
「うん。きょーやはね〜なんか、私のことを変な目で見てなかったし、そんなことしない人って感じてたから平気だった」
「女の勘ってこと?」
「ん〜、そんな感じ?」
「疑問系で返されても僕は分からないよ」
「にゃはっ、確かに」
二人分のお弁当を持って中庭に来たけれど……考えることは誰だって一緒だと理解した。木陰で休んでる人が多かったのだ。
「あちゃ〜……場所、どーする?」
「空き教室行こっか」
「ん」
休み時間はまだあるし少し距離が遠くても問題ないだろう。渡り廊下を過ぎて空き教室に入る。
「はわ〜涼し〜!」
「日のあたってない教室だからね」
入るなり片桐さんは手を伸ばしながらそう言い僕は苦笑しつつ机を動かす。
「いっただきま〜す」
「頂きます」
休み時間を目一杯片桐さんと一緒に過ごした。とはいえ話の話題は基本片桐さんが出し、それに僕が乗っかり、広げたり広げれなかったりとしたが。
「がんばって〜きょーや!」
休み時間明け、第二体育館を移動し、シューズに履き替えながら片桐さんの声に手を振りかえす。
「ラブラブだな」
「あかりが甘えたがりなだけだよ前田くん」
「それを受け止めてるお前がすげぇよ」
「えぇ、そうかなぁ。あ、人数足りなくなったからとはいえ引き続き出場してくれてありがとう前田くん」
休み時間明けにクラスの出場メンバーの一人が体調を崩したというのを知り、急遽前田くんにお願いした。快く引き受けてくれ、大変感謝している。
「いーっていーって。けど、優勝しかねぇからな?」
「うん。わかってる。前から説明してる通り、基本的に僕は外側にいるから、僕がフリーの時に直ぐにボール回して。そしたら投げるから。リバウンドは出来るだけ。無理はしないこと。けど楽しんでやろう。おっけー?」
僕の言葉に前田くん含め四人が頷いた。僕はそれに頷き返して、手を握って前に出す。四人はそれに倣って拳を軽く打ちつけ合う。
「勝とう」
「おう!」
最初のジャンプボールはチームの中でも背が高い前田くんにお願いした。ホイッスルと同時にボールは高く真上に上がっていく。相手との身長差はあまり無いけれど、ジャンプ力で前田くんは指先でこちらにボールを渡してきた。僕はそれを受け取りドリブルをしつつ歩く。開始時には確認したけれど、一応念のためだ。相手の一人が僕の前で陣取るが基本一人を見ずに周りを見るようにする。視界の端で手が上がる。僕は其方に目を向ける。相手は勿論、僕の目線を追う。けれど僕は手を出さない。相手が視線を戻した瞬間にはそこには居ないからだ。
「カットしろ!」
何処からともなくその声と共に後ろから手が伸びるがそれと同時にドリブルする手を変える。そしてさらに踏み込む。また一人が防ごうとするけれどそのおかげで空いているとこがあった。僕はそこにボールを投げる。丁度前田くんがそれを受け取り、レイアップして点を入れる。
「ナイス前田くん」
「いや、それより恭弥ってバスケしたことあったか?」
手を合わせ合いながら前田くんはそう言う。
「あまり無いけど、暇な時本読みながらNBAの試合とか観てるんだ」
「え、おま、それでよく…」
「僕、誰かの真似をするのは得意なんだ」
とはいえ直ぐに動けるわけでは無い。多少なりとも運動はする。それに、俯瞰的に見るのは得意なのだ。
「さ、ほら、ディフェンスディフェンス」
「おう」
相手はどうやら速攻を仕掛けるみたいだ。いきなりエンジンかかってるけど良いのかと思うけどまぁエンジョイな大会だしチームそれぞれの試合の運びがあるのだろう。
「ナイスカット! そのまま上がって!」
シュートする間際に防がれ、前田くんにボールが回され、相手陣地まで走っていく。勿論相手も戻っていく。けれど流石前田くんだ。僕がフリーなのを見逃すことはなく、僕にボールをノールックで回してきた。間髪入れずに僕はシュートする。少し高いシュートだけれど山なりのボールはシュッとネットの先端を揺らすだけの静かなゴールだった。外したかと思ったけどちゃんとスリーポイント入って良かった。
「ナイッシュー! 恭弥!」
胸を撫で下ろす僕に手を上げながら声をかける前田くんとチームメイト。僕は笑いながら手を打ち合わせる。
結果を言えばしっかりと勝った。なんの危うげもなく先輩たちの学年にもそれなりのプレイで勝てた。もし先輩方が本気だったらきっと危なかったんだろうなとは思ったけど。
「すっごかったよ! きょーや! めっちゃかっこよかった!」
ぴょんぴょん跳ねながら嬉しそうに笑う片桐さん。僕はそんなふうに映ったのだろうかと思うとなんだか気恥ずかしいな。
「ナイス指示だったぞ恭弥」
「本当かい? とはいえ僕が言わなくても皆が適度に良い位置に居てくれたから動きやすかったしね。この勝利は皆のおかげだよ。勿論、応援してくれたあかりもね。ありがと」
「う、うん……!」
シャツの裾を捲り上げそれで顔の汗を拭いつつそう言い、また前田くんと手を鳴らすように合わせ、礼を言いながら片桐さんの頭を撫でる。良い思い出が出来たと僕は心からそう思った。
⭐︎
スポーツ大会を無事終えて、片桐さんはバイトが休みともあり、友人二人と打ち上げに。それに何故か僕と前田くんが付き添うようになった。ほんとに何故なのだろうと思う。
「ねね、嶋山くん嶋山くん」
向かいの席からそう声をかけられ、端末を動かしている隣に座ってる片桐さんの手許から目を向ける。
「どうしたの?」
「いや〜……こうしてカラオケに来てるじゃん?」
「え、うん」
「ウチらばっかじゃなくてさ……嶋山くんの歌も聴きたいな〜って思ってさ」
「え、でも僕付き添いみたいなもんだしそれこそ前田くんも歌ってないし…」
「え、俺は歌下手だしな。来たとしても聴き専に徹してるぞ」
「それを早く言って欲しかったなぁ!?」
「ははっ、わりぃわりぃ」
そう。打ち上げと言ったらカラオケ。ファミレスも候補に上がったけれどどうやらまだまだエネルギーが余ってるらしい。
「あーちゃんだって聴きたいっしょ?」
「へ? あ、あー……でも、きょーやがだめって言うなら無理させれないよ?」
端末から顔を上げて僕を見ながら首を傾げる。何より僕はカラオケというのに一度も来たことがない。だから少し抵抗があるけれど、片桐さんの目を見て僕は息を少し吐き、まだ未使用のマイクを手に取る。
「端末貸してあかり」
「え、う、うん。はい」
「ありがと」
「歌ってくれんの?」
「あかりが歌って欲しそうだからね。初めてだけど……ま、何とかなるでしょ」
多分、この中では片桐さんなら知ってはいるだろうジャンルから一つ選曲しつつ、マイクの音量を設定する。
『…あ、あー。少し下げるかな……良し、これくらいで……うん、良し』
「あ、これ…」
「あかり、前に歌って欲しいみたいなこと言ってたでしょ」
「え、覚えてたの!?」
片桐さんに目を向けて頷く。ジャンルはネットから今やメジャーになりつつあるボーカロイドの曲。書籍化もされてて勿論、読んだこともある。だからお勧めされた時は「へぇ、こんな感じの曲なんだ」と感心しそれ以降ちょくちょく調べたりしていたら、それなりに色々な曲を知るようになった。選曲した曲は言っている言葉とは反対の言葉だけど実際は違う……そんな曲だ。
「……わ、うっま」
「恭弥くん歌上手いね」
「初めて聴いたけどめっちゃ上手いな」
三者三様の声を聞きながらも僕は画面から目を離さず、歌い続ける。そして一曲しっかりと歌い終わり、マイクの電源を切りながら席に座る。
「……ほぅ……ん? どうしたの? 皆」
「……いや、嶋山くん初めてなんだよね?」
「うん。初めてカラオケ来たよ」
「もしかして絶対音感ってやつだったり?」
「いや〜どうだろ……楽器で少し齧った程度なのはドラムくらいだしそこまで誇るようなものじゃ無いと思うけどね」
「じ、十分凄いよ! きょーや!」
「え、そう……なのかな」
「恭弥って意外とっていうか結構ズレてるとこあるよなやっぱ」
「え〜何それ」
ただ一曲歌い終わっただけだというのにこの有り様で少しおかしかったとここでは言っておこう。
「恭弥くんってさ、やっぱあかりに勧められたクチ?」
「うん。僕は大体本から入るけど、あかりからこういうの良いよって言ってくれたものは比較的優先して観てるよ。だからアニメとかボーカロイドとかも全然行けるよ。あ〜でも、流石に他のジャンルは疎いかな」
あははとはにかみつつそう答える。隣では小声で「つ、次はあれ歌って欲しいな……あ、でもこれも良いな」と何やらそんな声が聞こえるが……まぁ、良いだろう。
「す、スパダリだ…」
「ちょー優良物件ってことじゃん」
「いや、僕家じゃ無いんだけど?」
「そのツッコミも違く無いか?」
「え、うそ……というかスパダリって?」
「え〜とねぇ……凄いカレシ?」
「何で言った本人が分かってないんだい?」
「そ、そのツッコミはウチにぶっ刺さった…」
「あ、ごめん」
「ノリ軽いからちょー話しやすいわ嶋山くん」
「あかりの友人だからね。それなりに打ち解けようと思ってるんだ」
「ねぇ、あーちゃん。あーちゃんのカレシ好きになりそう」
「え〜だめに決まってるじゃん。きょーやは私の何だから」
ぎゅーっと左腕に抱きつかれ思わず固まるが、頬を膨らませた片桐さんの横顔につい笑ってしまう。
「じょーだんじょーだん。ウチの愛しい愛しいあーちゃんから取ったりなんてしませんとも」
「そーそー。こんなラブラブなとこ見せつけられたらご馳走様ですしか出てこんて」
「そこまで出てるかな……」
「さぁ……」
「自覚なしかよお前ら」
「え、うん」
「即答かよ!」
ぶはっと前田くんは笑う。バンバン自分の膝を叩きつつ豪快に笑う彼に釣られて僕も笑う。
「あ、ねぇねぇ。今度これ歌ってみてほしいんだけどさ……歌える?」
いつの間にやら端末を操作していたようで検索された曲を端末ごと向けられ、歌詞を確認しつつも頷く。
「前に動画見たやつだから行けるよ」
「マジ? じゃあ、おねがーい」
「了解。んんっ」
リクエストされた曲は今時の人たちに向けられたある種風刺的なものではあるが僕としても一度聴いただけで気に入っている曲だ。片桐さんも知っている曲のようでぱちぱちと拍手している。マイクを手に取り前奏から程なくして歌詞が出てそれを目で追いつつ歌い出す。この曲のMVが衝撃的でそれが頭の中で再生されつつも曲は進んでいく。
カラオケで歌わされることかれこれ二時間は経過しただろう。解散ということで前田くんは片桐さんの友人二人───梨奈さんと沙美さんというそうだ───を送っていくとのことで別れた。
「楽しかったね〜きょーや」
僕の右腕に抱きつきながら朗らかに笑う片桐さん。僕はチラリと見ながら頷く。
「初めて……カラオケに行ったよ」
「また、行きたいね。二人で」
「そうだね。カラオケも悪く無いなって思ったよ。歌うのは楽しいんだって気付いたし」
「歌じょーずだったもんね〜」
「結構頑張ったよ歌えるの」
「ふふっ、きょーやは努力家さんだもんね」
「きみのためだからだよ一番は」
「……ぅえ?」
僕の何気ない本心が片桐さんは刺さったようだ。顔を紅くし目を見開いてこちらを見つめる視線を感じる。僕は再度言う。
「僕はきみのためだから努力したんだよ。多分……梨奈さんたちにお願いされても快諾はしないと思う」
「……ふ〜ん、断りはしないんだ」
「NOとは言えない人間で申し訳限りだよ」
「ふっ、ふふ…きょーやらしいや」
「そうかい? ……そうかな…ん〜……」
「そーなんだよーきょーやは。「誰かのために」考えることが出来るし行動に移せるそんな優しい男子だよ」
あの時ナンパされていた片桐さんを無視しようと思っていたことが少なからずあったのだが……結局助けてしまったし片桐さんの言葉は言い得て妙だろう。けど──────。
「────けどきっとあかり以外だと見捨てるというか、見逃すんだろうなとは思うよ」
「どうして?」
「面倒ごとには首を突っ込みたくないでしょ?」
「あ、確かにそだね。じゃあ……私は特別だったんだ」
「今でも何でああしたのか分かってないけどね」
「きょーや」
「うん? どうしたの?」
ふと立ち止まり、傍らの片桐さんの顔を見る。その顔は言おうかどうしようか悩んでいる顔だった。が、意を決したというような目付きで僕の目を見つめてこう続けた。
「じ、実はね私たち前に一度話したことあるんだよ」
その言葉に僕は息を飲んだ。自分で言うのもなんだけれど記憶力は良い方だ。話したことがあるのなら少なからず覚えているはずだ。けれどそれを知らないというのはなんというか奇妙な話だ。
「ほ、んとうに?」
その事実に僕はただ息を飲むだけだった。何せ彼女の口から語られたのは今の彼女が────片桐さんとして生活する所以で、僕が忘れるはずもないあるあの日のことだったのだから。
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