第6話 お饅頭とタブリスと。

 うだる様な暑さはなりを潜めたとはいえ、いまだ体感される夏の所在しょざいは、あたしを直ぐ様開放してくれる程ではない。

 停留所に位置したケヤキの小さな緑の葉っぱの大群が作る、揺れ動く影に身体からだを合わせてりょうを取る。まるでメトロノームの様に。

 風はその姿を見せずに木々を揺らし、その木々はあたしを揺らす。そのあたしから伸びた影の形の中に神様がすっぽりと収まっている。けれど、その神様はこの風だって容易にらすことが出来るのかもしれない。

 大きな流れのうずの中の、小さな波紋はもんのあたし。

 おっと! いけない、バスが到着したわ。

 やれやれ、これでやっとひた走った後の汗という汗の、いやーなべたつきが乾かせるわね。

 大きなとびら山折やまおり谷折たにおりになって開き、ひんやりとした心地よい空間が、あたしを気持ちよく迎えてくれた。

 少ないタラップを足早に昇ると、やっぱり目線のほんの少し上のタブリスも同じようなアクションをしていた。正し、一段一段ジャンプしながら昇っていたけれど。

 本当は、一番前の席に腰掛けるのが好きなあたし。

 真正面から流れる景色と合わせて、体ごと包み込むように移り変わる窓の外の風景を眺めながらボーっと色々考える。

 でも、今日は神様が同伴どうはん。目で合図して、一番後ろの席にそそくさと座ることにした。

 窓際の席を得たのは彼女。座るなり、外の景色を目をぱちくりさせてながめている。よく見ると、あたしが腰を下ろしている座席ざせきからほんのちょっと浮いている。

 全くのコピーの世界が存在しているならば、あたしの代わりもそこに存在してる? バスも景色も、空で光るあの太陽も?

 まだまだ聞いてみたいことは山程あるけれど、バスの中じゃそう簡単かんたんにはいかないわね。

 でも? ひょっとしてテレパシーみたいなものが使えたりするんじゃないかしら? そーよ! 頭の中で会話出来たりとか!? 窓の外の景色にすっかり見入っているタブリスにあたしは呪文をとなえるよーに念を送ってみた。

 なんだか目にばかり凄く力が入って、はたから見たら西川○よしみたいになってるんじゃないかしら?

 (聞こえてるんでしょ? 返事しなさいよ! もう!)

 ……何にも返事が返ってこないわね。

 いーや、きっと意地悪してるんだわ! その位のことわけないでしょ!?

 根拠こんきょの無い言い訳にのっけて、荒行を繰り返す山伏やまぶしのよーに必死なあたし。

 ……はぁぁ……無理みたいね。

 ……つまんない。

 急にテンションの下がったあたしは、かばんに入れておいたペットボトルを取り出すと、からびた体のシワシワをツヤツヤにするために、口をつけた。

 うら若き乙女のカラダから水分が抜けたら何が残るって言うの?

 え? 脂肪しぼう? ……あたしまだハムじゃないもん!

「遥果?!」

 ! んがぐぐっっ!? お魚をくわえたどら猫を、靴もはかずに追いかけて行った人みたいな呻き声を詰まらせ、あろうことかボトルを半分程飲み込んでしまい、あまりの苦しさに胸をどんどんと叩いたら、口から勢いよくすっぽ抜けてすっ飛んでしまった。

 ひゅーっっ、ぽかんっ! ……綺麗きれい放物線ほうぶつせんえがいて3つ程前に座っていたお爺ちゃんの頭の焼け野原(←失礼にも程がある)に着陸し、おっと失礼とばかりにつるりと足を滑らせ? 車内をコロコロと転がった……。

 空を舞う清涼飲料水に掛かった虹の橋が、とても鮮やかで思わず見惚みとれてしまうのであった……って違うったら、ちがうわー!!

 こらー!? あんたは今ここにいないのよ! いるけどいないのよ!? えっ? じゃあどこにいるの? ってややこしいわー!

 何大きな声出してるのよー!! 見て御覧ごらんなさいよ! あのお爺ちゃん、ペットボトルがぶつかった拍子に掛けていた眼鏡〈めがね〉が落ちちゃったじゃないのー!

「眼鏡、眼鏡……」

 ってぷるぷるチワワみたいに震えながら探すお爺ちゃんは、弱った横山○すしかーっっ! 西川き○しネタを↑で振ったら、やす○よネタに帰結きけつ!? って10代じゃ分かんないオチの持って行き方するなーっ!

 ……って、あたしが振ったのね……説明が長くてどぉーもすいません。(←ここが落語ネタ、笑いの3段オチです)

 ……もういい加減ノリツッコミのネタも切れてきたわ……そろそろ転職しようかしらあたし……。

 あわてて車内をキョロキョロしているお爺ちゃんに走り寄って、眼鏡めがねひろってぺこぺこと頭を下げる。

 急いでハンカチを取り出して、辺りに散らばりつぶれてひろがった水玉の箇所かしょをくまなく探していて回る。

 ちらっと、あたしの方を振り返った信号待ちの運転手以下同席者の方々の痛々しい視線しせんにも、固まった笑顔で何度も頭を下げ、元の席へおずおずと戻った。もちろんその途中でペットボトルはしっかりと回収かいしゅうしてさっさとかばんの中にしまい込んだけれど……。

 さいわいに、このハプニングで車内に響いた声の主までは詮索せんさくされることはなかった。

 もう!

 やにわにかばんからノートを取り出し顔を隠すように開き、こぼれそうな会話自体をおおかくす。 

「びっくりするじゃない!(小声で) 何よ! 急に突然!(更に小声で)」

 一連いちれん事態じたいにもまるで関心を示さなかったタブリスをうらめしそうな目でねめつけ、悪態あくたいをつく。

獅子屋ししやがあったんや! わし、獅子屋の饅頭まんじゅう食いたい!」

 そんなことのために大声であたしの名前を車内に打ち上げたの!? 全く!

 ……獅子屋ってゆーのは老舗しにせ和菓子わがし店のこと。創業そうぎょう何百年っていうよーなはくのあるお店。

 豊臣秀吉のお茶会でも頻繁ひんぱんに使用されたっていうのがまことしやかなお話で。

 そりゃーもう舌にのっかった時の絶妙ぜつみょうにして甘露かんろな味わいは他に比類ひるいするもの無し! って位に美味しいわよ? 値段もそんなに高くもないし。戦国武将からサラリーマン家庭までってのが売り文句。

 小豆あずきの美味しさには思わず胃袋が笑っちゃう程。あー、思い出しただけでよだれ滝壺たきつぼに落ちていきそう。

 じーっとあたしのひとみを何やら期待した爛々らんらんとした目でのぞき込む。

 ……駄目だめよ! じょーだんじゃないわよ! ここでりる訳ないでしょ。あたし達の目的地は学校よ? 一時いっとき誘惑ゆうわくに身をゆだね続けたら、それこそ涅槃ねはんに到着するまで煩悩ぼんのうけよ?

 ん? 一体全体咥くわえた指の隙間すきまから、何やら欲望よくぼうしたた水滴すいてきが……ってもう! お行儀ぎょうぎ

が悪いのはどっちよ!

 やれやれ。

「あとでね(小声で)。」

 しーっとくちびるに人差し指をたてにして、大きな声を出さないでと言わんばかりにジェスチャーを送る。

「ホンマか? 約束やで? うそついたら針万本で毛穴という毛穴をめつくすで?(やっと小声で)」

 どこの国のどんな拷問ごうもん仕方しかたよ! あんたホントに神様!? 想像するだけで全身がはりねずみみたいになったじゃない!

 まったく!

 でも、この世界自体がデータってお話ならば、あなたがお饅頭まんじゅうなんか食べてもちゃんと味がするわけ? 朝ご飯だってそーだけど。

「別に構成物質がそない変わることはないしな。わしらとあんたらでちゃんと互換性は保たれとる。辛い、甘い、すっぱい、旨み、とかな。伝達される情報は共通。ま、程度の差はあるし、このカラダで食うからにはそれなりに現地でしか味わえん楽しみもある(もちろん小声で)」

 そんなものなのね……? っていうかこの会話なんとかならないの? 姿隠して声隠さずなんて全くゆーずーのきかない!

「そんなあんた、SFじゃあるまいし?(やっぱり小声で、以下略)」

 それすらもうえとるっちゅーねん! すでに!

 ううっ! 関西弁がうつってきたじゃないの! どないしてけつかんねん!

 んん? そう言えば?

 初めて遥果って呼ばれたよーな気がする。最初は突然の訪問ほうもん只々ただただ驚くばかりだったけれど。

 もっと超然ちょうぜんとしてほこり高く、数多あまたの存在の頂点に立つよーな存在が、いるんだかいないんだか分からない神様のイメージだった。

 お饅頭まんじゅうひとつで取り乱してしまうなんて、ちょっと笑っちゃうわね。何だか昔からコンビを組んでいたようなそんな感覚? とても初めて会ったとは思えない。

「あんたを担当しとんのはわしや。とーぜんや、何もかんも知っとる」

 それを聞いて納得。あたしがボケ(その多くがノリ突っ込みなのではないかという不安が遥果の胸をつらぬいた)担当を拝借はいしゃくしているのはあなたの神業かみわざによる賜物たまものなのね? それはもうあたしの意思ではどうにもならないわ。

「そうか、だからさっき、あたしの次の選択の結果なんてさらっと答えられたのね?」

「そんぐらいのこと覚えとらんで何が神様や」

 ……まぁ獅子屋の件についてはてがあるから。

 なんだかんだこの際だから、ちょっと良いところを食べさせてあげようかしらね。

「本場で食う獅子屋の饅頭まんじゅううまいやろなぁ。こっち来て良かったなぁ」

 目を細めながらつぶやいて微笑ほほえんでる。

 はいはい、あたしの存在はお饅頭ひとつで胡散霧消うさんむしょうしてしまったのね。

 次に生まれ変わった時には、あたしにもそれくらいの価値はインプットしておいてちょーだいね。

 はぁ……。

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