第5話 予備領域

 ここは某県某区の閑静かんせいな住宅街……とはちょっと呼べない、ていな説明らずの普通の住宅街。それがどーしても必要ならばしないこともないけれど、得意気に自慢することもない町並みが続く当たり前の風景なので思い切って割愛かつあい

 お隣さんとは、ぽんぽんと、持ちつ持たれつみたいな感覚で大地を分け合っているよーなそんな感じ。そこにハムスターのひたい程の面積めんせきの上にちょこんと立っているのが2階建てのあたしの家。

 でも、ローンは残っていないらしいのよ? パパがあたし達が生まれる前に建てたらしいから。

 それでもけっこーな値段だったんじゃないかな? ママはそこら辺のところ全然教えてはくれない。第一、パパが何をしていたのかも教えてもらっていない。大人になったらねって一言だけ。

 うーん? けっこー謎めいた家族なのかもしれないわ! で……!

「ちょっとー! なんでついてこようとしてるわけ?」

 戸締とじまりをバタバタと確認している間に姿を見せなかった神様は、玄関げんかんにぽつんと立って、まだかー? ってな顔でこっちを見ていた。

「あんたを中心にして事態を調査していかなあかんしな。家の中で日向ひなたぼっこしてるだけなんかつまらんし暑い」

 ……それはちょっと問題があるんじゃない? おっとガスの元栓もとせんの確認を忘れたわ! 急いできびすを返して指先確認……うん、おっけー! あたしのお腹におさまらなかった朝食の残像ざんぞうが目の前に浮かんだのを、頭をってあわててかき消した。

 しょうがないか! 晩御飯でリベンジということで!

「やっぱりマズイんじゃないかな? 仮にも神様なわけでしょ? 第一その姿じゃ何処どこに行くにも、"見てくれ”って言ってるようなものだし?」

 かばんを脇に置いて玄関に座り靴をく。そのさまをじーっと見つめる余裕よゆうしゃくしゃくな態度を無言で返される。

 ふう、心配してもどーにもなりやしない。

 玄関を開け鍵をポケットから取り出すかたわら、ヒョコヒョコと家を出たタブリスを見て、溜息ためいきいてバタンと閉める。

 女三人暮らしなんてちょっと危険かもしれないわね、不法侵入者を簡単に許すなんて。

 やれやれともう一度溜息を吐きながら。

 鍵を閉めたことをしっかり確かめてから振り向くと、丁度あたしの目線の先にタブリスの目と鼻があった。

 ……ん? あたしと目線が合うとにっこりと可愛らしく小首をかしげて微笑む。

 え? 何だか腹が立つ程可愛らしいわ! そんな微笑ほほえみを投げかけられたら、大抵の男の子は目をハートマークにして告白のラッシュをお相撲さんの突っ張りのごとくに猛進撃してくるんじゃないかしら! って!?

「う、浮いてるじゃない!?」

 見れば、愛くるしくまとまった靴の裏と地面の間には多分、目に見えない空気のかたまりくらいしか存在していない。

 たまにそよぐ風が、その間を行ったり来たり。

 そ、それって空中浮遊!? 怪しいわ! 怪しすぎる!? 絶対変な団体に教祖様として連れて行かれちゃうわ! それで神様とか呼ばれちゃって、つぼとかこねて売らなきゃいけなくなるのよ!

 ……訂正……ホンモノだったわね……。

「心配せんでええ。データの流れが違う場所に立っているだけのことや」

「データの流れ?」

「そうや、予備よび領域りょういきっちゅーところが存在しててな、あんたが立っている所とは普段、干渉かんしょうし合うことはない」

 ……領域りょういき? 干渉かんしょうし合わない? うーん分かるよーに説明して!

「そもそも、あんた達の存在もみんなある言語からつくられてるもんなんや。そんで、たまに表示されよる外観がいかんなりがそこなわれることがある。気付いたりせーへんで? あんたの頭が消えました、なんてないやろ? でも実際にはちょいちょいとあったりする。そないびっくりした顔なんかせんでええ。それをおぎなうバックアップのおさめられた領域りょういきが実はものごっつうあるんや」

 えー!? これマト○ックスかなんかのパクリだったの! あたし、そんな二番煎せんじの物語なんてイヤだからね!

 純情じゅんじょう可憐かれん乙女おとめのファンタジー立身りっしん出世しゅっせの運命の物語じゃなかったの!

 さらっと世界の真実とか語らないでよね!!

「学校で習ったやろ? 人間のカラダはたんぱく質とか水とかで出来てますーって?  同じことや。世界そのものがデータで出来とるんやさかい、作りもんとかまがいもんとかやない。そのカラダを構成こうせいする物質がさらにある言語げんごで出来てますってことや」

 にわかには信じがたいけれど? あたし達の存在ってマ○オとかル○ージとかと同じなわけ?

「でも、さっきバグとかってあり得ないって言ってたじゃない? それって、つまりバグじゃないの?」

 今やもう常識じょうしきとして、がりなりにも通ってる学校にだって、当然のように情報処理教育が導入されてるし、少し位の素養そようはあたしにだってある。バグってつまり欠陥けっかんわけでしょ?

 神様の情報処理概論がいろんなんて分かんないけれど。

「全生命の存在と運命を司るのは全く別のもんでな。役割分担と考えてもらって結構や。あんたがさっき見た宙に浮かんだパソコンな、あれもそっちとつながってるんや」

 あー、あれやっぱりパソコンなんだ……神様もパソコン使うんだ……。

「そっちの方に不具合が起こったりすることはせん。中心はぶれたりせえへんってことで」

 街路樹がいろじゅの立ち並ぶ歩道を、たまに犬を連れた近所の人を会釈えしゃくしながらけ、お散歩中の老夫婦の脇をすり抜け、実は息せき切って走りながらやっとのことでバス亭に立っていたあたしとタブリスの二人。

 会話をしながらずーっと玄関の前にいた訳じゃないのよ? その道中にも、多分そーなんじゃないかなーって少しは思ったんだけれど、肩で呼吸をひとしきり付いてからその疑問をお約束のよーに聞いてみた。

「つまり、浮いてるとこも見えてないのね?」

「別の領域りょういきはあんた達には見えん。この世界の全てのものの、つまりコピーの世界がそのままの形でかさなりあって存在している。うまいこと、こー重複じゅうふくしてるっちゅー感じやな。そんで、なんかおかしなことがあった箇所かしょをその一つからそこだけ抜き出して修復しゅうふくしてしまいや。残った部品は一切いっさい合切がっさい消滅する。そんで、またその修復しゅうふくされたこの世界は他の無数むすうのバックアップに上書うわがきされていく。ぐるぐるとそれを繰り返していく。あんたには特別にそこにいるわしの姿が見えるよーにしとる。都合つごうがええのは神様だからっちゅーことで」

 すずしい顔をして、あたしの横でまるで脚立きゃたつに上がり下がりを繰り返すよーに、ほいほいと立ち位置を変える。ほど、その一段一段にその世界? があるわけね。

「世界っちゅーのは唯一ゆいいつ無二むにのもの。あんたが今立っているその場所そこだけが真実なんや。歴史のIFとかゆーやろ? そんなもんない。選択肢せんたくしはあるけど、運命は決まっとる。過去とか未来の世界とかな? 概念がいねんにしかぎん。あんたはあんたや。そんだけ覚えとけばけっこーや」

 そう告げるタブリスの顔はやっぱり何故なぜかちょっぴり悲しそうに見える。

 それは何故なぜだろう? 造物主ぞうぶつしゅとしてのあわれみの表情?

 だからって、あたしは卑下ひげしたりなんかしない。

 なりたいものになれなくったって、多少の夢が壊れたって。

 そうよ、あたしはあたしだもの。

 それ以外のものになんて、なりたくってなれないし!

 バス停の時刻表を確かめると? あと10分かぁ……もうみんな、実は帰宅の途中とちゅうだったりするのかなぁ……。

「そう言えば、あたしの運命って今のところその管理からはずれてるんでしょ?」

 ふと気になって聞いてみる。だとすると、あたしの存在なんて消えて無くなってるんじゃない? 文章が消えてしまった小説の主人公なんて、挿絵さしえ位しか残らないんじゃないの?

「それが遺伝子いでんしっちゅーもんがあるおかげで、固体としては動くことが出来るんや。生物としての存在としてちゃんと機能しとる。ゆーたやろ? 大きいのから小さいのまで配置してしまうて? 物体としては情報とそれを駆使くしするだけの身体からだは与えられてるんやから動くのは当然。正し、その交通整理が出来ん状態やな。わしらから見たらあんたは暴走機関車みたいなもんや。」

 バタフライ効果ならぬ、よそ見運転え事故的効果? あたしだって好きで人生の無免許運転やってる訳じゃないのよ?

 ちょっぴりの馬鹿は死ぬ気でやらなきゃ直らないって? ……ええ今考えましたとも。

 それからひとしきり、あいわらずボケと突っ込みをまじえながらあーだこーだと舌戦ぜっせん(一方的な防戦だけど)をひろげながらバスを待った。

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