第3話 あたしの運命!?

 ふむふむとうなずきながら目を閉じて語りだしたのは、神様って自称する目の前の女の子。

 取り立てて大仰おおぎょうな感じでもなく、意外な程に気さくな感じで。

「人間の運命っちゅーのはな、全部決まってるんや。少しばかりの回り道とかは無きにしも非ず」

「決まってる?」

「あんたがどー生きていくとかな。器以上のことは出来ひん。でも選択肢位はある。いい方にも悪い方にも転ぶっちゅーもんや。どえらい人間には選択肢もたくさんある。当たり前のことやな? 天は文字通り二物を与えるんや。何も出来ん人間にはそれなりの道しかない。それだけのことなんや。全く予想もつかんゆうのは人間同士でのこと。わしらにとっては当たり前のこと」

 うんうんとうなずいてしまったのは、凡庸ぼんようとして少しばかりの夢しか持ってないあたしには、何だかこの先に何かが待ってるとかそういうことはやっぱり全然思えなかったからで。期待してるとかそーゆーことじゃなく、いくら頑張ったところで、その……“何か”にはなれそうもないってことで。

資質ししつの差ぁとかそういうもんやないで? 最初はなっからそう決められるんや。役割っちゅうんかな。過去から未来まで。北から南までそない誰かと考え方が違うとかないやろ? やっとることの大同小異だいどうしょういなんてもんは、身の回りの現実によって変わるもんやしな」

「……最初から用意されている?」

 ゆっくりと、そして深く大きく深呼吸してかられた言葉。

「そういうことや。大きいのから小さいのまであらかじめ配置してしまう。ええか? ほんとーの最初さいしょっからやで? その舞台の中であんたはあんたを演じるっちゅうことや。上手くいかんことの裏返しには誰かが上手くいってるもん。それでも全体を見れば別に大差ないやろ? 周りを見渡せば五十歩百歩。それがどういうことか判るか?」

 もう一度繰り返してみるその言葉が少しだけ重くなった。

「……最初から全部決まってるから?」

わくが決まっているからはみ出すこともないんや。同じことを考えて同じ時間が過ぎて行く。いや、別に違っても構へん。つまり、あんたはあんた以外のものに絶対になることはない。」

 当たり前のようで当たり前じゃない。

 だって、大前提としてそれをたばねてまとめている何かが必要な話ってことじゃない? たがが外れてしまえば何もかもがどこかへかたよっていったって別におかしい訳じゃないし。

 空気が抜けた風船がどこへ落ちるのかなんて誰にも判らないんだから。

 つまらない日常生活がずっと続いているのだって、大事件が起きて世の中がひっくり返りそうになったって収まるべくして落ち着くとは限らない。そこにある感情論は別としてね。誰かがいなくなれば勿論悲しいし、何かを失えばポッカリと心に穴だって空く。

 要は、事もなく次の日がちゃんと来るってことがホントはあり得ないことかもしれないってこと。いや、あり得ないと考える方が普通であって、だからこそあたしだって明日も頑張ろうとか思えちゃう訳で。

 だから神様の言った言葉は、結局のところ予定調和のシナリオが“存在している”ってことをぶっちゃけ告白したようなもの。

 今の言葉はあたしの未来ってだけじゃなくて、あたし達の未来への可能性を否定されたってことでもあるから。

「よーするにあんたなんかおらんでもええっちゅー話やな。言葉通りの意味やないで? その程度のことやから同じよーなことが飽きもせんと続いとる。わくは決まっとるけど模様替えしたら中身も変わるだけのこと。別に人間風情ふぜいがなんもかんもで万能ばんのうってこともあらへんやろ?」

 つまり?

「この世界そのものが?」

「わしらは最初から存在しとったけどな」  

「……結局、あたしの人生はもう決まってるのね?」

「有りていに言えばそうや。さっきも言うたけど寄り道位はあるで? あんたの場合はそやな2つか3つ位か?」

 そー言って白い歯をさらに光らせるように見せ付けながら意地悪く笑う神様が。 

「この世界も案外とおもろいこともあるけどな?」

 あたしの顔に不意に近づいてくると、今度はさわやかな笑顔で目を細める。

「あんたみたいな阿呆あほうもおるしな?」

 呆れ顔で目を閉じてうな垂れるあたし。

 さっきの動画のことを言われてるんでしょーよ。

「つまらん話やったな? まぁ、おいおいと喋っていくさかいに、要点を述べよか」

 ついっと、あたしの横を短い歩幅でわずかに越えると、ベッドの上に胡坐あぐらをかいて、少し真面目そうな表情を作る。

「あんたな今まで遅刻したことて、ないやろ?」

 おもむろに問いかけられて、そう言えば? って視線を天井に向けながらふっと考える。

 言われてみれば? ……い、今何時かしら! いや、でも、それよりも?

「まぁ、だらだらと寝坊ねぼすけなのはいつものことやな。それでも朝飯あさめしの時間に間に合わんかったことなんか一度もないはずや。なんやおかしなもんでもひろおてうたんか?」

 し、失礼な! 最低限の常識くらいは普通に持ち合わせています! でも? 今日は夏休み明けの始業式の日。昨日はちゃんとご飯を食べてテレビを観てお風呂に入ってベッドに入ったから、寝過ごすような要因よういんが何も見当たらないといえば見当たらない。

 ごく普通の昨日だったし。まぁ目覚まし時計に八つ当たりするのはいつものことだしね……。

「何か妙なことでもなかったか?」

 そう言われても……特にこれといって思い浮かぶこともないけれど。

 ん? でもそうね、ひとつだけ。

「夢を見てたわ」

「どんな?」

 そう、それはとてもとても綺麗きれいな世界がおどる、風景という名の財宝。

 そう思える程の、けがれとは全くと言っていほどの無縁の恍惚こうこつ坩堝るつぼの情景が頭の中にまだ残ってるから。

 ううん、残像ざんぞうなんかじゃない

 それは本当にくっきりと。

「ふん? 食べ物の夢しかいひんあんたがなぁ? そういえばなんぞ最近は男の夢なんか……」

「わぁぁ! な、なんでそんなこと知ってんのよ!」

 あわてた顔が赤く熱さを増しながら、ワタワタと目を白黒させる。

 ちょ、ちょっとぉ! 乙女の秘密を迂闊うかつに口にするなんて……信じらんない!

「どんな夢やったか言うてみ?」

 挙句あげくてにさらっと流されたのも何だか納得いかない複雑な乙女心が。

「楽園がすぐそこにある様なそんな場所にあたしが立ってるの。そう、金色の鳥が飛んでたわ。思わず見惚みとれてた時、誰かに呼ばれたよーな気がして」

「金色の……鳥?」

 ちょっとだけ小首をかしげて、ぐに左右に頭をゆらゆらと振りながら。記憶を辿たどるような仕草しぐさが、何だかテスト中の自分を見てるみたいで。

「あんた……エデンのそのって知ってるか?」

「エデン? あれでしょ? アダムとイブが追い出されたって場所のこと? 神話?」

「まぁそんなもんでえーな。知っていることと理解してることは別もんやし。あんたが知っていることも多くはないけれど、理解していることは案外あったりするもんかな」

 何だかよく判らないけれど?

「それはつまり、あたしが見たのはエデンの園の夢ってこと?」

 無言でその可愛かわいらしいあごでながら、うなずきもしないし、まして答えてもくれない。

 ちょっとした知識としては一応理解してるつもりだけれど、写真で見たことなんて勿論もちろんある訳がないんだし、興味も無いんだから別にそんなに詳しく知ろうとしたこともない。

 食べちゃいけないって言われてた果物くだもの内緒ないしょで二人で食べちゃったんでしょ? それでその果樹園かじゅえんから追放されたんだっけ?

 気持ちは分からなくもないわ。食べちゃいけないって言われてたってどうしたってその欲求よっきゅうには勝てない! 食べたい! って気持ちがまさっちゃう!

「まぁええわ。ぶっちゃけて言うとな、あんたが今日遅刻したりすることは、わしらにとっては予想外なんや」

「は?」

 キョトンとしたあたしをさっぱり置いてけぼりにして話を続ける神様が。

「大したことや無いて思うかもしれへんけどな。これが大有おおありなんや。縦横無尽じゅうおうむじんな運命の連鎖れんさがどう、くんずほぐれつしようともな、あんたが今日遅刻するなんてことは起こらへん筈なんや。1秒? 2秒? いいや、塵芥ちりあくたさえはいりきれへんのが運命の輪の流れっちゅうもんや。バグ? そんなもんが発生する可能性は“0”や。限りなく“0”に近い“0”とかゆう意味やないで? 0なんや」

 はぁ……遅刻なんて毎日誰かがするもんじゃないの?

「さっき見せたアレな。もうちょっと見てもらおか」

 たくさんの動画が所狭しと並んでいる画面から、ページごと移動するみたいに、次のチャプター画面に切り替わる。会話してる最中さいちゅうも身がよじれるほど恥ずかしい場面がわらわらと流れていくのをつとめて無視してたけれど、今度の場合それは大きく違った。

 多分、ひとつ手前にうつってるのは昨日のあたしの場面。どれだけかその過去の映像を手繰たぐり戻っても、大概たいがい同じ様なことが続いてるってのは、あたしの毎日なんて全然大した日々ではないってことの裏返し。 でも、そこから伸びてる一本の線の先は……。

「何にも映《うつ」ってないわよ?」

 にぎやかだった場面はそのりをひそめて、このページ沈黙ちんもく度合どあいは異様に感じるほど

 何やら白い枠の中に文字が?

「Not foundって? 見つかりません?」

「つまり未来が消えてるんやな。」

ふうっと重たいめ息を一つ、宙に浮かぶスクリーンに向かって投げつけた神様が。

「見つかりませんだらけじゃないの? これって?」

 どれだけか続くサムネイルにも同じ言葉が乗っかってるってことは?

 あたしにはもう未来が無いってこと?

「今見てもろた画面はあんたの全記録や。すごいやろ? 全ての存在の記録が日々毎日ちゃんと残っとるんや。いや、そう言うのは適切やないな。生命の終わりまでの全記録。生涯しょうがいの物語が此処ここつづられてるんや」

 そう言って、得意気とくいげに胸をらしてるけれど、これを知ってしまったあたしとしてはなにやらズドンと急に気が重たく……。

 どっちみち、何だかどうやったってあたしはあたしから逃れられないというか、つまり、想像しる限りのあたしにしかなりないってこと?

 ううん、そういうことじゃないか。

 どんなに唐突とうとつに運命のどんでん返しが起こった様に見えたとしても、所詮しょせんは決定付けられたしがない命運めいうんきるまでってお話ってことなのね……。

「本命はこっちやな。チャッチャと見ていくで」

 さらページ遷移せんいして、さっきよりもスッキリとした画面にどうやら行き着いた。これは? サムネイル自体の数が少ないけど?

「これが運命の全貌全貌や。ようてみ? あんたが生まれた場面から始まって、あんたの人生を決定付ける“フラグ”の場面だけがえがかれてるんや。これを見てみると……」

 あたしの記憶にも無い、あたしが生まれた場面がそこにあって。それは、唐突とうとつな命の始まりを記した場面。

 ここは病院なのね……。

 ママが泣きながらあたしをっこしてくれてる……そばに寄りって微笑ほほんでるのは? パパ? 二人が顔を見合わせて何か言ってる。

 ううっ、何だかまあまあな期待をけられてる言葉を口にしているような気がするけれど、将来あなた方の娘は何だかよく判らないうちに神様に往復おうふくびんたを食らわされるような人間になってしまいます……。

 何だか罪悪感ばかりが込み上げる悲しいあたしにやっぱり納得いかないあたしもいるけれど。

 って言うか? 何だかやたら少ないわ! あたしが生まれたところから線が延びていて、あたしが小学校に入学した場面、高校に入った場面?そこからほとんど一直線って! どれだけ選択肢が少ないの!? あたしの秘めたる可能性は一体どこ!!

「まぁ人生なんてなんぼのもんや」

 のほほんと当たり障りの無い言葉でお茶を濁されても! もう少し波乱万丈な設定作りをしておいてくれなきゃキャラとしてたてないわ、これじゃあ!

「あんたの基本設定か? うーん、データを見る限り天然ボケで周囲を笑かす、強いて言えばホッカイロ並の必要性しかないなぁ」

 冬季限定キャラなの!? それもジャケットのポケットの中とかジャケットと背中の間とか! ジャケットがないと意味ないじゃない!

「こたつに入ったら真っ先に、”ぽい”やな?」

 ごみ箱に何かを放り投げる振りをしてケタケタと笑う。

 うううっっ! 打倒エアコン!!

 打ちひしがれてうな垂れるあたしは、すでに熱を奪い去られた使い捨ての鉄の塊みたいに固まっていた。

 って! そんなことじゃなくて!

「これ、高校に入学した後の画像が全部映ってないわよ?」

 張り出された掲示板の前でみんなに胴上げされているあたしの画像。その後に続くサムネイルがほとんど全部一直線に繋がっているのが何だか気に入らないけれど、その全てが全く何も映し出していない。

「だからなんや。すべては運命という物語な筈。こんなことはありえへん。ちなみに次の画像は……」

 ストーップ! ストップ! 見えないなら見えなくていいから! 知りたくないわ! そんな恥の上塗りのストーリーなんて!

「なんやねん。次は普通に大学に入学や。ええやないか、わしとあんたの上下関係なんやし」

 ああ、そうなんだ。ていうか全然つまらないわね。

 もっとなんか宇宙人とか未来人とか予知能力者とか、現代まで実は生きていた織田信長と遭遇して再び天下統一! とかそんなのないの?

 あぁ……神様と出会ったんだっけ……。

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