第2話 食べ物の恨みはらさでおくべきか!?

 あたしの名前は神々地こうごうち遥果はるか

 大層たいそうな苗字に比べて、てんで普通の女子高生。

 少しばかりの? ドジっ子さを笑われたりな、成績普通、運動神経並、取り立ててまだ何の才能も見つかっていない、ただの通りすがりの女の子。

 夢見がちな思考回路が日々頭を巡ってるってだけじゃ、将来何かの役に立つわけでもなさそうだしね。

 それでも、乙女おとめなファンタジックアンテナだけは常に立ち張り巡らせている訳で。

 だからといって……この状況はあんまりじゃない?

 そりゃー例えば、おとぎ話に出てくるよーなかぼちゃの馬車を夢見たり、チーズをかじるだけだと思ってたねずみが突然しゃべりだしたり、どこから巻いたか分からないミイラに呪われたり(錯乱さくらんしてる)してみたいと思ったことはあるけれど!?

 よりにもよって目を覚ましてみたら、関西弁で怒鳴どなりつける民族衣装な女の子を目の前にして、ファンタジーの欠片かけらも何もありゃしない!

 こんなことになるんだったとしても、百歩ゆずってガラスの靴じゃなくてもいいから、せめて迎えの赤絨毯じゅうたん位は、ア○デミー賞みたいに用意して欲しかった!

 ……でも?ちょっと待って。まだ犯罪の可能性も無きにしもあらず?

 そーよ! 最近じゃ、外国の人のそういうドロボーみたいなのだって珍しくないじゃない。居直り強盗の可能性だって。

 でも、あの三頭身はどうみたってコスプレってだけじゃ説明出来ない、神懸かり的な足の短さよね……。

 とにかく、深呼吸を二つ三つ反復はんぷくし、階段を勢いよくドドドドっと降り、右へ曲がって洗面所の扉を開け勢いに任せて蛇口をひねり、思い切り顔をバシャバシャと洗う。バスタオルの感触を肌でしっかりと確認しながら鏡をまじまじと見つめる。

 あたしはあたし。他の誰でもないあたし。

 ゴシゴシと水気をしっかり毛穴の隅々すみずみまで取ってから、歯ブラシを握り締めて右に左に下に上に、おまけに斜めにって忙しく磨きに磨いた。

「落ち着くのよ! 先ずはいつもの通りのあたしらしく!」

 ブクブクと泡立った口許くちもとではてんでさまにもならないけれど……。

 ショートボブにしておいたお陰でドライヤーに時間を取られることもなく、チョイチョイと一連の身だしなみを完了させた。

 ダイニングには、木製のテーブルと椅子いすが三つ。

 扉を開けても火の気がしないのは、結構な時間が経過している証拠。

 ゆとりを持って楽しくご飯は食べましょうっていうのが、うちのママのルールだからここには時計がない。

 ましてテレビも置いていない。キッチンと冷蔵庫とくだんのセットが一式で、あとはこまごまと。

「そーいえば那菜子ななこはトーストだったっけ?」

 食べかけのハムエッグと空のお茶碗とお箸と、からのお皿が一枚。

 あたしは料理なんてしない。

 いや、出来ない……。

 いーじゃない? 現代には二十四時間、朝食から晩御飯からおやつまで用意してくれる、とーっても奇特な場所があるんだから、飢えることなんてない! そーよ、専業主婦になる予定なんてないったらない。

 なんて自分を納得させながら、うんうんと頷きながら同意してくれる声無き声を求めるあたし。

 うちのママは大変ね。

 あたし達にはパパがいない。生まれた時からいないんだからどーってこともないけれど。

 何が不便ふべんで、どこをどう損してるかなんてさっぱり分からないけれど、一人で働きながらあたし達二人を育ててくれているのだから、頭も上がらないしお小遣いも上がらない。

 文句の言い様もないけれど。

 でも、だからといって何もかも模範的優等生では送れないのがビミョーな年頃の女子高生なのよ!

 そうだわ、こんな時にこんな所で誰に向けたか分からない主張を続けてもしょうがない。

 取りえず、朝ご飯を食べて早いとこ現状把握をしなくちゃ!

 ……あいつの言いなりになるのは何だかしゃくだけどね。

 折角せっかく用意してくれたエネルギー源を無駄にしてしまう程、ダイエットなんて気にしたりはしない。

 食べることへの飽く無き探究心と冒険心は、数学の方程式よりよっぽどあたしの人生を豊かにしてくれるもの。

 さーてと。

「……無い?」

 ふたを開けてみて目が点になった。お味噌汁がなんだかお鍋の内側に大根の切れ端だとかをポツポツと残し、やたらと綺麗きれいさっぱり無くなっていた。

「いや、待てよ!?」

 何だかこの部屋の“食的質量あたし的な造語”がとっても軽く感じられる。

 あたしは半端はんぱない食の第六感を磨きに磨いてきたから、ここにあるはずの食材の気配を感じ取れるのよ!

 ……何だか思考がふつーじゃないのは気のせいってことで。

 慌てて冷蔵庫の扉を勢いよく引いて唖然あぜんと口を開いた。

「空っぽ?」

 昨日のお買い物はあたしの当番だったから、少なくともお豆腐にたまねぎ、ニンジンにショートケーキに豚肉200グラムに、ジャガイモにモンブランに……有るはずのものがみーんな無くなっていた。

「いや! そんな! まさか!?」

 当りたくもない予感は、炊飯すいはんジャーをカポリとひらいてみて的中した。

「な・ん・に・も・な・い!」

 那菜子ななこのやつ! あんな細くてしなやかな、うらやましいったらありゃしない体つきで全てをたいらげちゃうなんて!

 ……いや、勿論もちろんそんな訳ないかって思わず冤罪えんざいでしょっ引くところだったわ、危ない危ない。

 いくら姉妹とはいえ、ホドホドの礼儀れいぎくらいはってことで。

 ただし、食べ物の恨みはあたしの善良な判断すら重くにぶらせるけれど!

 ここでタイミング良くおなかの虫が、エモノを求めてえ立てた。

 で、何だか唐突とうとつにさっきまでの得体えたいの知れない未知との遭遇そうぐうが頭の中でめぐる。

 コマ送りよろしくさっきまで動転していた頭の中身を思い切りフラッシュバックさせて、はてな? と首をひねってみた。

 あたしの頭の中でいままさに腕を組んで立ちくしながら段々とアラビアンな? 3頭身の下唇したくちびるの、おまけにもっとしたっかわに徐々にクローズアップしてみると……?

 そこには何だかお米が2つ3つほどピタピタとくっついていた。

「……なーにがえりを正してよ!」

 土足であたしの胃袋を踏み荒らしてくれちゃって!

 うったえてやる! えーとずは大使館を通さなきゃいけないんだっけ?

 ううんっ! そんなことよりも!

 脱兎だっとのごとく廊下を抜け階段を走り上る。バタン! って部屋の扉を両のてのひらで突きけて語気荒く牙をく。

「ちょっとぉ! あたしの朝ご……パンっ!?」

 すぱぱぱぱーん!!

 ……思い切り唐突とうとつな往復びんたを食らいながらもんどりうって倒れるあたしの目の前に、お星様より大きな土星の輪がグルグルと回りながらはじけた。

 おまけにズドーン! って音がしたかどうかはシタタカ後頭部をベッドのかどに打ちつけたものだから、ムギューといういまだかつて発したことの無い声が口から思わず出たことに気を取られて、四肢ししの音響効果までには気が回らなかった。

 痛い! とかそんなことよりよっぽど恥ずかしいわ!

行儀ぎょうぎが悪いのぉ、一体どんな教育を受けとるんや? 廊下ろうかは走るわ、ドアの開け方もまるでなっとらん」

 だから! な・ん・で! あたしが怒られなきゃいけないのよ!

 頭をさすさすり必死で起き上がり、なんとかかんとか態勢を整えようとするけれど!

「最初に言っておく」

「?」

「わしは洋菓子よりもあんこの方が好きじゃ。特に粒あんじゃ」

 それを今言い放つ権利があなたにあるの? 最初っから最後までそんな嗜好しこうなんて聞く必要がまるでなかったわ!

「それよりも! あたしの朝ご飯、ううん! あんなにあった食材まで全部食べちゃってるじゃないの! なによ!? 何なのよ!」

「うむ、豚肉はそのまま食っても旨いもんやな」

 生なんか絶対ダメだしっていや違うわ! 調理法なんかどうでも良いってば! 論旨ろんしがまるでかみ合わないのは、あたしの気が立ってるから? ねぇ、違うでしょ!?

「さてと」

 さも、くつろいだ風(ふう)をこれ見よがしに見せつけちゃってくれると、どこから取り出したのか座布団の上にちょこんと座りお茶なんかすすり始めた。

  ……それだってあたしの湯呑(ゆのみ)じゃないの。

 こいこいと手招てまねきをして人差し指を下に、ここへ座れとちょんちょんと目の前の畳を指し示す。

 肩で息をしながらも渋々しぶしぶと従うけれど、慣れない正座をジロリとにらんだその目の奥から強制されたよーな気がしてそそくさと姿勢を正してしまった。

 何だかどーも逆らいきれない何かがあるのよ! うううっ……情けないあたし。

 さっぱりなんだか分からないままの侵入者は、コホンと咳払いを軽くついて口を開く。

「わしはタブリスっちゅーもんや。あんたがおもとるようなアラブのなんたらとかいう国のもんやない。まぁ、あんた達が言うところのカミサンの一人や」

 ニコッとこちらに笑いかけながらも、何だか絶妙な威厳いげんかもし出し加減だけは忘れない。

 ……よーな気がする。

 って?

「はぁぁ……カ・ミ・サ・ン……?」

「そうや、カミサン」

 え? 関西弁の欠片かけらをすぐさま翻訳してみると?

 かみさん? 神さん? って神様?

「またまたぁ……!」

 ジト目に込めたちょっと引きの姿勢に疑いのトーンを思い切り込めて否定しかけて。

「まぁな。低能ていのう)でボケボケのあんたに状況を即座に理解せぇとは言わへん。先刻《せんこく馳走ちそうになった朝食の礼もねてこれ以上の横暴おうぼうは許してやるさかいに」

 自白しやがった挙句あげくにメチャメチャにあたしの存在を無用むよう長物ちょうぶつ扱い!?

折角せっかくの朝食を惰眠だみんむさぼることで不意にしてしもうたあんたが全部悪いんやがな」

 カラカラと笑い声を立ててさもこれが当然の顛末てんまつであるよーに語るな!

 あたしの歯軋はぎしりが聞こえるならば、それは恨みのメロディーなんだから!

「そないに怒らんとよー聞けよ? 大変なのはお前自身のことなんや。いや、それが与える影響のことを考えたらそれだけじゃ済まへんかもしれん。これを見てくれるか」

 アラブ系の人……もとい、自分のことを神様だなんて大仰おおぎょうに語ったタブリスとかいう、やっぱりぴったり3頭身な目の前のトゥーンキャラみたいな女の子が、目を閉じて両の手を軽く突き出すと、そこから薄くほのかに光る青い長方形の形をした物体? が徐々にその形をしていく。

「何よこれ!?」

 何もない空間に、確かに安物の手品じゃ無理そうな光芒こうぼうを放ちながらそれはドンドン大きくなっていった。

「スクリーン……みたい?」

 有機LEDの薄さにはけっこー感動したわ、初めて見た時は。

 でも、そんなコトじゃない。宙に浮かんで向こう側がけて見えるディスプレイなんて?

 ありっこない。あたしの常識が、いくら4コママンガ並の小さな辞書からの引用だとしても。

 いきなりのSFチックな展開に、壷から現れた魔人がお願いをかなえてくれるよーなファンタジー路線が頭の上ではじけ飛んだ。

 ちょっとだけ手を差し出してみるけれど、やっぱりその平面体にはれることも出来ない。

 ブンブンと両手でその空間をかき乱してみたけれど、なんにも影響がないのはやっぱり実在してないとしか思えない。

 でも、確かにこの両のまなこに映っているものは?

 画面を挟んで向こう側のタブリスが目の前の空間をエアギターよろしくエアキーボード風に、そのプクプクとしたちっちゃな手で何かを叩いてる。カチャカチャとすべるよーに忙しく動くその両手の指先で叩いたそばから、どこから現れるんだろうって赤い光がその後を追っている。

「おっと、こっちのファイルやないな……ほなら行くで?」

 瞬時に何かの画像がたくさん並んで、すぐさま目の前がにぎやかしくなった。

「あたし……が映ってる?」

 DVDとかって映画のチャプターを選択する画面があるじゃない?

 たくさんの、いわゆるサムネイルって小さな画像が並んでいくつもそのが動いてる。観たい場面を選んでねってことで。

 そんなわくが何だかいわゆる系統図みたいに線で繋がってる。

 1つの小さな動画から2つの線が伸びている場所もあったり。

「え!? 何よこれ!」

 ふと目がまったあたしの動画。

 それは思いっきり見覚え……じゃないわね、体験したのはあたしだから鮮明に記憶しているあたしの体験。

 思いっきり走ってるあたしめがけてダラダラとよだれを垂らしながら追いかけてくる一頭のセントバーナード。

 後ろでハラハラと、右往左往うおうさおうしている飼い主らしき女性。

 あっ! すっ転んだわあたし! ちょっとー! そこにはなんにもないわよ! 何だかとても嬉しそうに尻尾を激しく左右にたなびかせながら夕日を背負い大ジャンプする犬が!

 そーよ、これは中学生の時のこと! 大きな口であたしの頭に食らいついた!

 あっ! でもあたし、白目をきながらすっくと立ち上がったわ! えっ!? ブンブンと頭を振り乱しながらついに振りほどかれた犬がを描きながら投げ出された!

 何でそこであたし、不敵ふてきな笑みを浮かべながら大きく口を開けたの?

 違うでしょ!? 逃げなきゃ! 攻守入れ替わってあたしのターン! 

 相手のフサフサした毛におおわれた頭にがぶりとみ付いたのはあたし……。

 ピューっと頭から血が吹き出ているのもあたし……。

 前半のモノローグ撤回。けっこー普通じゃないあたし……。

「これって……あたしの?」

 ニヤニヤ笑いを、面と向かったあたしへ投げ掛けながら見ていた画像をあごで指す。

「過去の記録か? そうやな、でも問題はそれやないで」

 信じるとか信じないとか、これが夢の続きじゃないこと位はっぺをつねらなくたって判るから。

 どーしたって日常生活の輪から全くもってはみ出したことが起こっている。

 だから目の前の“神様”に向き直ると、真剣な眼差まなざしを向けて言った。

「……簡単に説明してよ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る