お願い!フラグの神さま!!

ぞう3

第1話 主人公の名前はこうごうちはるか、女子高生です。


 もしもの話よ?

 もしもあたしが世界のルールとかモラルとかぜーんぶ取っ払っちゃって生きていけるのだとしたら、それはとっても凄いことじゃない?

 運命に逆い駆け抜ける、裸足はだしのお姫様!

 ガラスの靴はあたしには重たすぎるもの。

 時計の針は反対には進まない。

 だから、おもいっきり元気良く走って秒針びょうしんだって追い越して未来さえも変えてしまう。

 いつものように変わらない毎日なんてあっという間に飛び越えて、余計なことなんて考えられないように!

 春の芽吹めぶきの清々すがすがしさは、きっと誰かの憂鬱ゆううつとちょっぴりの後悔こうかいが溶けて流れていく遺伝子いでんしの砂時計の回転がくるくると繰り返されることへのはげましのエールなのかもしれない。

 そう! だから、あたしは負けてなんかいられない。

 

 でも、これはそんな些細ささいでつまらないあたしの“運命”の物語だから。

 さぁ! 今からでも遅くはないから!

 始まりなんていつだって! どこでだって!

 

 だからお願い!

 お願い神様!



                  ◇




 空色のカーテンをした朝陽あさひが、部屋中をゆらゆらと揺れながら、おはようの挨拶あいさつを繰り返している。

 もちろん返事なんて返せやしないし、両瞼りょうまぶたはあからさまな反抗の意図で波打っている。

 要するに、いつものように寝坊ねぼすけなのだ。

 うーんと寝返り打ったその先の、さっきから口やかましい目覚まし時計に気絶する程の手刀しゅとうをお見舞いする。

「……安心せい」

 悪代官あくだいかんは、もんどり打ってベッドから転がり落ち、くやしそうに息を止める。

「……峰打みねうちじゃ」

 むにゃむにゃ……これで三千世界さんぜんせかいにも平和が訪れるというもの。

 茶店ちゃみせでお団子でも山盛り頬張ほおばってる夢でも見れますように。

 ふぁーあ……おやすみなさぁい……。 

遥果はるか?」

 誰かがあたしの邪魔をする。

遙果はるかいつまで寝てるの? 今日位早く支度したくなさい」

 部屋の扉向こうから、あたしを呼ぶ声が聞こえるけれど。

 すでにタオルケットはベッドの下でやたらと無暗むやみにくるまっていて、可愛かわいらしい寝相ねぞうになんてえんの無い、だらしないパジャマ姿のあたしがさらしものになっている。

 仰向あおむけになった猫みたいに、両手はなんだかニギニギしていて、それでもやっと開いた唇からかすかにしぼり出した断末魔だんまつま

「おねふぁーい……あと……あと30秒だけぇ」

 そんな短い時間で何かがどうかなっちゃう訳でもないのは判ってるんだけれど。

 でもね。

 何処どこかの国の眠り姫のはかない願い事ならば、喜んで従ってくれる王子様がいるのかもしれない。

 もちろん、おこがましいのは百も承知。

「ほら、寝ぼけてないで! ママ仕事に行ってくるから。朝ご飯、テーブルの上よ。お味噌汁もちゃんと飲んで行きなさい」

 トタタタと階段を忙しそうに降りて行く音と共に、扉向こうの悪い魔法使いが去っていく。

 いけないっ! モノローグのトーンがはっきりしすぎてる!

 ここは道理どうりを引っ込めてでも、残された朝の大切なひと時を有意義ゆういぎにしなきゃ! という訳で……再び……おやすみなさぁーい。

「お姉ちゃん! ちょっとほら、起きて!」

 バタン! と勢いよく、最後の城門も遂に突き破られ現れたラスボス……もとい、妹の那菜子ななこ

「ちょっとー、部屋に入る時はノック位してケーキと紅茶くらい持ってきなさいよぉー」

「はぁ……いつもいつも! お笑い芸人みたいにボケ続ければいいってもんじゃないのよ! そんなんじゃ若手に仕事を取られるんだから!」

 もちろん、あたしは道端みちばたでも直ぐにだって漫才始められる様な器用で世渡り上手な関西人じゃないし、どこかの事務所に所属している訳でもない。素人程度の芸風が、意外にも内輪うちわでは通用している位な、そんなポジション。

「ああっ! もう何で二度寝の邪魔するのよっ! まだ大丈夫じゃない! いやだ! もうちょっと寝るんだもん!」

 ねた振りをして正確な時間を教えてもくれない新米の目覚まし時計は、てんで役にも立ちやしない。

 それでも多分、グリニッジ標準時刻より正確なあたしのお腹の時計がまだ鳴らないから全然大丈夫なはず。

 じたばたと、両手両足をぎっこんばったん。いやいやをしてみせる。

 嫌だったらいやだ! 学校に行くのは女子高生の“仕事”だから仕方ないとしても、二度と来ない今日という日の貴重な“もうちょっとだけ眠ってもばちはあたらない(と思う)時間”を、何で邪魔されなきゃいけないのっ!

「やだ……お姉ちゃん、ぜんぜん可愛くないわよ、馬鹿なんじゃない?」

 冷静に切り返して地平線のはるか遠く彼方かなたにまで那菜子ななこが引いた声で言い放つ。

 ……あぁ、そうですか……っていうか、メチャクチャに言い放ってくれるわね……。

「とにかく、いい加減起きてよね? あたし先に行くわよ?」

 右手にはかばん、左手には焼きたてのトースト。もうすでに準備万端じゅんびばんたんで、ドラマの様な登校劇を繰り広げようとしている。どこかの曲がり角で運命の出会いなんて……いや、止めておくわ。鼻で笑われるのがオチね。

 考えてる間にも、パタパタと可愛かわいらしい足音を振りまいてトントンと階段を降りていった。

「ちょっとぉ、扉くらい閉めなさいよぉー」

 もう一度タオルケットを鼻まで隠れる程の態勢たいせいにもっていき、もごもごとしゃべりながら意識を段々と落とし、幸せの色に染まる程の寝息を立てる準備に入る。

 ドタン! と玄関の閉まる音。ほー、それがあなたの返事ですか。まぁいいわ、帰ってきたらあなたの大切なピ○チュウのヌイグルミがただのモグラになっているかもしれないけれど……(任○堂様ゴメンナサイ)。

 今はそんなことは……どうでもいいわ……まだ、もうちょっとだけ……。



 どれ位の時間だろう。少しだけ長い夢を見た。広い花畑、たくさんの木々。豊潤ほうじゅんな実りと甘い香りに包まれた楽園の様な大地。

 誰もいない場所には、でも確かに人の手を加えた整然せいぜんとして規則正しい豊かさが見て取れる。

 白い雲がゆっくりと流れ、太陽の光は色とりどりな森のざわめきににぎわいを与え、流れる川のほとりでは、あでやかな金色の小鳥達がさえずりを風にのせ、遠くまで響かせる。

 ……どこだろうここは? 天国?

 完璧かんぺきなまでに絵画足りえる世界が、悠然ゆうぜんと目の前にひろがっていた。

 全ての存在が美しく調和ちょうわし合う構図を目の前にして、夢の中とはいえ思わず感嘆かんたんのため息をらす。

 不意に、どこからか聞こえてくる声に耳をかたむける。

 何て言ってるんだろう?

 辺りを見渡しても誰もいない。静かな風にのり、ゆっくりとたゆたう不思議な音色ねいろ

 柔らかな音と光のダンスが青くキラキラと輝きながら、やがて水面みなもを揺らす天上てんじょうの流れに沿って近づいてくる。

 まどろむあたしの見ている景観けいかんを、スローモーションの様にうつし、凡庸ぼんようなあたしの存在を確かな聴衆ちょうしゅうとして導きながら、やがてやわらかにうばいさろうとする……吸い込まれてしまう程の美しい調しらべは、やがて……瑞々みずみずしくも、その神々こうごうしさを増しながら……。


「……起きろゆーとるやろが!」


 この世のものとは思えない甘い旋律せんりつ調しらべは、怒号どごうの如く関西弁に変わって、頭の中を乱反射らんはんしゃしながら大爆発した。

「なにをブツクサ言うとんねんな! あほか! 何時やと思とんのじゃ!! こっちはさっきから何遍なんべん何遍なんべんも耳元であんたのこと呼んどるっちゅーに! しまいにゃいてもうたるでほんま!」

 思わずウサギみたいにぴょんとねながら飛び起き、そのまま床の上に正座してしまった。

 なに? なにが誰でどーしてって! あんた一体誰よぉぉ!!

 驚いた(と思う)タオルケットも、宙をひとしきり(だと思う)舞いながら、ばさりと頭上に落ちてきた。

 無我夢中むがむちゅうはらいのけ、呆然ぼうぜんとして自失じしつした声にならない声で身を乗り出して、金魚のよーにパクパクした口のあたしを見て、にやりと笑う目の前に突如とつじょ出現した、何だかちょっとちっちゃな女の子!?

「おっと、そないなこと言うとるひまはないんや。大変なんや!!」

 大変なのはあたしの心臓です! バクバク、ドコドコと鳴りまず、今にも何処どこかへ飛んでいってしまいそうなところを必死にのどおさえつけながらめようとする。

 え? のどからは出ない? うるさいわね! のどから手が出るほどって言うじゃない!?

 ぜぇはぁと一人でもがいてみても、目の前のアラビアン? な衣装をまとった子は全然消えてくれない。

 夢の続きにしては浪漫ろまん微塵みじん欠片かけらも見当たらないし、第一ここはあたしの部屋。

 典雅てんがな香りなんてぜーんぜん気配すら見当たらない畳の部屋に、無理を言って洋風を持ちこんだ女の子の夢である愛しいベッドが一つに机が一つ。殺風景さっぷうけいこの上ない4畳半。

「だ、だ、だ、誰?」

 やっとの思いでしぼり出した声は、最初の“だ”から最後の“だ”まで全部、音階おんかいがまるで違っていた。

 相手の鼻のまっ先を、ふるえる指で指して食い入り、けれどもそれはフニャリとした情けない問い掛けにしかならなかった。

ふふふん! と鼻を鳴らし、何だか三頭身程しかない、それでいてとーっても偉そうな御仁ごじんは、あたしのその人差し指をパシンと払いけ、更に偉そうな声色こわいろで語りかけてきた。

「教えて欲しいのならば、先ずきちんと目を覚まし顔を洗って歯を磨いて着替えをし朝食を食べ、もう一度(強調)歯を磨いてから、わしの前に正座をしてえりを正してからじゃの!」

 なぜ? なんでこんなに不遜ふそんなまでの偉さなの!? 腰に両手をやり、褐色かっしょくに黒い瞳でふんぞり返っても、やっぱり三頭身は三頭身。

「あのぉー?」

 恐る恐る話しを切り出してみる。

「なんじゃ?」

「……つぼから出てきた訳じゃ……ないですよね?」

 なんだか気圧けおされて、思わず不法侵入者ふほうしんにゅうしゃに対してへりくだってしまう情けないあたし。

「……われぇ……死にたいんか?」

 瞳の奥に、人外じんがい秘境ひきょうひそむ野獣より恐ろしい殺気を感じ取ったあたしは、思わず問いかけたことを後悔してしまった。

 川○浩ネタが古すぎる!が洞窟に入れるのは、きちんとした台本に綿密めんみつなロケハンがあるからなのよ! 決まってるじゃない!

「す、すみませんすみません! いや、何だか雰囲気ふんいきがアレなモノに似てたもので、ハ、ハックション!!」

 もちろんそんなものが、ここの何処どこにも無いことは、キョロキョロと見回す程でもないインテリアの数が物語っている訳で。

 米つきバッタみたく平身へいしんを、そしてどん底まで低頭ていとう、何度もペコペコと謝ってしまった。

 なんなのよ? なんでこんなことになるの!?

「クシャミひとつで呼ばれる程わしはひまではない。えーからよしいや」

 パンパンと手を叩き、こしくだけなあたしを無理やり部屋の外へとり出した。

 正確に言うと、パジャマはいつの間にか制服に着替えさせられていたんだけれど。

 

 びっくりマークが頭の中で掛けたり割ったり、引いたり足したりしながらその数を増やしていく。

 いっ、一体全体なにがどーなってるの?あれは誰で?

 

 て、ていうか、い、今何時!?

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