第9話
さて、残るは朝日こころと近藤結花の間に三角関係をもたらす可能性のある黒澤大地に聞き取りをすべきだったが、由紀恵は大地とコンタクトを取れなかった。
大学の学務課は、高校などと違って学生の事を詳細に把握していないので、呼び出しをかけてもらっても応じないとの事だった。
結花を経由して大地と話すことも試みたが、結花いわく「先輩、数週間誰とも連絡とらない時期あるんで、今それなんで無理です」との事だった。
由紀恵がこれまで行ってきた聞き込みは、全て相手の任意によるものだ。魔法庁から正式に呼び出したものではない。そうすることも可能だが、天原聖人に頼んで正式な手続きを踏まなければならない。こころが指定した例の水曜日まで、あと一週間を切っている。おそらく今からでは、手続きは間に合わないだろう。
そんな訳で、由紀恵は例の喫茶店にて、一人でメロンクリームソーダを飲みながら対応策を考えていた。メロンクリームソーダなんて、アラサー女子が一人で飲むものではないが、ここはアニメの聖地巡礼ということで許されるからいいな、と思っていた。
由紀恵は悩んだ。このままでは、特に解決の糸口をつかめないまま、予知魔法で見た事件へ突入してしまう。
由紀恵の脳裏に、ネットニュースで女子高生が同学年の生徒を殺害、という痛々しい記事が浮かんだ。
それだけは阻止したい。本来魔法士の仕事ではないにしても、あの二人で殺人事件が発生することだけは避けたかった。
だから由紀恵は、予知魔法で見たものから事実を変えずに、事件を阻止する方法を考えた。
由紀恵が予知魔法で見た未来とくらべて変化がなければ、あとは何をしてもタイムパラドックス症候群は起こらないとされている。
由紀恵は、結花と思われる女子が刺される決定的瞬間を見ていない。だから、結花が刺される必要はない。何か他の理由で出血していればよいことになる。
とはいえ出血自体が異常な行為であり、市に直結する。やはり、血糊のような代用品で再現するしかないと思われた。
しかし、その日結花に血糊を渡し、倒れて死んだフリをしろ、というのはやはり無理がある。結花には、由紀恵が未来を見てしまったとはいえないので、行為の意味を理解させられない。たちの悪いドッキリにしかならないだろう。そうなると細かい行動が整合しない。
だったら、由紀恵が結花を、魔法で死なない程度に攻撃するか。
いや、ダメだ。
一瞬浮かんだ考えを、由紀恵は必死でかき消した。
結花が死んでしまうよりはマシだ。しかし魔法士といえども、そんなことをしたら殺人未遂で由紀恵が逮捕されてしまう。不逮捕特権はない。
そもそも由紀恵が結花を刺す理由もわからない。未来予知の再現のため、といえば魔法庁に予知魔法の無断使用がバレてしまう。
うーん、詰んでるなあ。
由紀恵は悩んだ。しかしこころを助けることは諦めなかった。
こんな時に限って、天原聖人は別件が忙しくなった、との事で連絡がつかない。こころの指定した次の水曜日まで待機する、という指示は継続したまま。
いっそ魔法庁に全部バラしてしまおうか。でも予知魔法の無断使用がバレたら、由紀恵だけでなく監督している聖人にも迷惑がかかるし……
なかなか円満な解決策は浮かばなかった。何もしないで結花が殺され、こころが犯罪者になるか。それとも由紀恵が未来を変えて、タイムパラドックス症候群を受けるか。
どちらも、地獄だ。
行き詰まって、由紀恵はふと別のテーブルの客を見た。
女性二人組だったが、どうやら涼宮ハルヒのアニメの事を知っているようで、メロンクリームソーダが二つ、机に置かれていた。
同じグラス、上に乗ったアイスも同じような高さで揃っている。
待てよ。
近藤結花は、わたしと背が同じくらいの高さだったよな。
由紀恵はその名も知らぬアニメファンの客に感謝しながら、最終手段ともいえる大胆な計画をはじめた。
* * *
こころが予言した水曜日がやってきた。
由紀恵は前日に学校の先生へ事情を話し、学校内に入れてもらった。もちろん未来予知をしたことは伝えず、こころが何かある、と言っていることだけ説明して。
職員室の一角から向かいにある校舎の、こころがいる教室が見えたので、由紀恵はそこでこころを観察することになった。この日は体育などの教室を移動する授業はなく、こころはトイレ以外で教室を出ることはあまりないらしかった。
また前日に校舎を見させてもらったところ、由紀恵が事件を見た女子トイレは、保健室の近くにあるものだとわかった。洗面台の形が他と違っていたのでそこしかなかった。
朝、授業が始まってから、しばらくは何もなかった。二時間目になって、一時間目の授業を終えたこころの担任の女性教師が由紀恵に話しかけてきた。
「あの、関係あるかわからないんですけど、近藤さんが朝から体調不良で保健室にいます」
「えっ」
由紀恵は保健室に行って、カーテンの隙間から少しだけ結花の顔色を見た。かなり具合が悪そうで、吐き気があるらしくゴミ箱を近くに置いていた。
気になったが、このタイミングであまり結花に干渉したら、これからの行動が変わってしまうかもしれない。そう考えて、由紀恵は結花と話さなかった。
そして三時間目になり、職員室の角から教室を覗いていた時、こころが教室から出てきた。
少し調子が悪そうな様子だったが、教室の外に出て廊下を少し歩いた瞬間、普通の顔色に戻った。何か決意を固めたような表情だった。
由紀恵はこれから何かが起こる、と確信して、保健室の前のトイレへ向かった。
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