第3話

「そんな……私、どうすれば……」


 まさか魔法士が依頼を放棄すると思わなかった玲美は、途方に暮れてしまった。


「せっかく……せっかく付き合えたのに……大事な日なのに……」


 由紀恵はちらりと玲美の顔を見た。真剣に落ち込んでいて、今にも泣きそうだった。


「家が近くで、小さい頃からずっと一緒に遊んでて……でも、高一の時に彼女ができちゃって、それから私とはあんまり話さなくなって、彼女と別れたって聞いた後に猛アタックして、やっと付き合えた彼氏なんですよ……」

「……」

「病気は仕方ないですけど……初めての時くらい、キレイな体を見せてあげたいんですよ……」

「ふんす」


 涙ながらに語る玲美へ、由紀恵は枕を投げつけた。


「ぎゃっ! 何するんですか!」


 玲美は枕をダイレクトキャッチして、由紀恵に投げ返した。由紀恵はかわせず、顔に枕を食らってしまった。


「ぐえっ」

「魔法士さんのばか! 大人げないですよ!」

「うるさい! 彼氏いない歴イコール年齢のお姉さんにそんな泣き落としは通用しませんっての!」

「えっ、お姉さん彼氏いないんですか!? けっこう美人だし、普通にいると思ってました」

「ま、まあ、そこは色々あってね」


 美人、と言われ、由紀恵は照れた。単独行動の多い由紀恵は、友人から容姿やファッションについて褒められるという女性特有のコミュニケーションをとる機会が少なく、すぐ有頂天になる。


「何があるんですか? 教えてください!」


 玲美は目を輝かせていた。先程まで落ち込んでいたとは思えない。さすが十代の女の子、他人の恋愛話が気になるお年頃だよね、と由紀恵は思った。


「彼氏はいないんだよ。許嫁はいるけど」

「い、許嫁ですか? なにそれすごっ! 日和佐さん、貴族か何かなんですか?」

「貴族じゃないけど、魔法の才能って遺伝によるところが大きいから、生まれた時に魔法を使える人どうしで縁組しちゃうパターンは多いよ」

「えー、なんか、ファンタジーのヒロインみたいですごいです。その許嫁さんとラブラブなんですか?」

「うーん、週イチくらいで話すだけかな。ビデオ通話だけど」

「そ、そうなんですか。社会人のひとは忙しいから仕方ないですよね……も、もうしちゃったんですか?」

「何を?」

「エッチなことに決まってるじゃないですか」

「ないよ。だってまだ結婚してないもん」

「今どき、結婚する前にしちゃうのが普通じゃないですか?」

「あーーーー!! 悪かったですねアラサーのくせに処女で!!」

「そんなこと言ってないじゃないですかあっ! 痛いっ! やめてっ!」


 由紀恵は怒り狂い、枕で玲美をべしべしと叩いていた。どちらが大人かわからないほど、由紀恵は大人気なかった。


「はあ……暴れたら疲れちゃった。もう寝よっかな」

「まだお昼ですよ」

「お昼寝だよ」

「寝るならこの傷跡治してからにしてくれません?」

「はあ。わかったわかった。治せばいいんでしょ、治せば」


 由紀恵は玲美の胸にある傷を平手でべちんっ、と叩いた。

 その瞬間、胸にある傷が怪しく光る。


「痛っ!」

「あ~、すごい弾力だねえ」

「おっさんみたいなノリやめてください……あれ?」


 玲美が確認すると、傷の代わりに、天使の羽根が片方だけ生えているような模様が胸に刻まれていた。


「これって……?」

「傷跡は魔法でキレイに治せないんだよね、本当に。だから気にならないようにしてあげた」

「タトゥーってこと、ですか?」

「そうだよ。傷が消えるくらいになったら自然に落ちるから。一生ものじゃないから安心して」


 そのタトゥーは大きな胸にとても似合っていて、玲美は目を輝かせていた。新しい服を着た時のように、心を踊らせている。


「すご……タトゥーって、不良のイメージあったんですけど、これは可愛いですね」

「ピアスみたいなもんだよ。別に、どんな風に体を着飾ってもいいでしょ?」

「……でも、男の子はこれで引いたりしませんか?」

「それくらいで引いちゃう男は、そもそもあなたのこと本気で好きじゃないから別れちゃいな」

「うっ」

「それで傷跡は隠せるし、それを見た彼氏があなたのことをどう思ってるかわかって一石二鳥でしょ。完全にキレイにするのは無理なんだから、プラス思考でいきなよ」

「……はいっ! わかりました!」


 これならいける、と思ったのか、玲美は礼を言った。

 

「お泊りはいつ?」

「実は今日なんです」

「そんな気はしてた。さっきから時計を気にしてたもん」

「よく見てますね……」

「こういう仕事だからね。じゃあ、うまくいったら明日、お姉さんに報告しに来ること。わかった?」

「はいっ!」

「頑張りなよ」

「ありがとうございます!」


 玲美はぺこりと頭を下げ、服を着直したあと、また「ありがとうございました!」と礼を言って、ホテルの部屋を去った。


「はあ。若い子はいいなあ」


 由紀恵はばたん、とベッドに倒れ、昼寝をはじめた。玲美の相手をするのに疲れたのもあるが、魔法を使ったことでそれなりに体力を消耗していたのだ。

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