第4話

 翌日。

 昨日と同じ時間に、菊池玲美はホテルのフロントに現れた。


「魔法士さーん!」


 昨日のおどおどしていた表情とは打って変わって、玲美は笑顔だった。


「うまくいきました!」

「そう。よかったね。じゃ、これにサインして」


 由紀恵はその場で、依頼達成の証明書を渡した。玲美は「はーい」と上機嫌で応じた。


「じゃ、私はこれで」

「えっ、待ってくださいよ、せっかくだからお話聞いてください」

「い、いや、そういうのはいいから」

「聞いてください!」


 玲美に押し通されて、由紀恵は仕方なく自分の部屋に向かった。この年頃の女の子は、色恋沙汰を誰かに話したくて仕方ないのだ。由紀恵もそれはわかっているが、乗り気ではなかった。

 部屋に入り、昨日と同じように座ると、玲美がハイテンションで話しはじめた。


「いや、もう、ほんとすごかったです。初めてだったんですけど、カレの方がすごくて――」


 この後、由紀恵は玲美の初体験について延々と聞かされた。彼のかっこよさから、生々しい体の交わりの部分まで、すべて聞いた。由紀恵は経験がないのでわからない部分もあるが、かなり激しい初体験だったようだ。

 聞き終わった頃には、由紀恵はぐったりとしていた。というか、由紀恵が居眠りを始めそうになったのを見て、玲美が察してくれた。

 由紀恵は、別に玲美が憎い訳ではなかったが、十代の女の子のパワーは彼女の身に余った。十年程度の差だが、決して埋まるものではない。


「お話聞いてくれて、ありがとうございました」

「ああ、うん。上手くいってよかったね」

「このあたり、高校卒業したらみんな都会へ出るか、さっさと結婚しちゃうかで、こういうこと相談できる年上の女の人、ほとんどいないんです。だから魔法士さんにお話聞いてもらえたの、すごく嬉しかったです」

「……そっか」


 最後の言葉で、由紀恵は納得した。由紀恵が育った四国の田舎もそうだったが、地方都市は若い人があまり集まらないのだ。特にここ大船渡では、震災の影響もあるのだろう。それを考えると、由紀恵は少しだけ、自分がいいことをした気持ちになった。


「ところで、魔法士さんの許嫁さんってどんな人ですか?」

「えっ? ううんと、優しい人だよ」

「写真見せてくださいよ」

「えー」

「私もさっき彼の写真見せてあげたじゃないですか」

「あなたが見せつけてきたんでしょ」

「あー、ひどい! せっかくだから見せてくださいよ」


 仕方なく、由紀恵はスマホに許嫁の写真を表示した。


「ええっ! すごいイケメンじゃないですか! 頭良さそうだし! なんではやく結婚しないんですか!?」

「大人には色々あるのよ」

「じゃあ私の彼氏と交換してください!」

「あなた、ラブラブだって言ってたよね? もう飽きちゃったの?」

「ふふ。冗談ですよ。私の彼氏は誰にもあげません。でも、魔法士さんもちょっとは急がないと、誰かにとられちゃいますよ、こんないい人」

「その時はその時だよ」

「余裕ですね~」


 玲美は由紀恵と盛り上がって、やがて去った。嵐のような子だな、と由紀恵は思った。


* * *


 その日の夜、九時過ぎになって、由紀恵はビデオ通話を発信した。

 相手は、魔法庁魔法管理局の職員、天原聖人。

 魔法士は、使った魔法をすべて魔法庁へ報告することになっている。依頼の内容報告も含めて、由紀恵は聖人と話す約束をしていた。

フリーで活動する由紀恵と違い、魔法庁勤めは魔法士の中でもエリートだ。魔法管理官という役職名をもち、由紀恵を含め何人もの魔法士の仕事を管理しており、多忙を極める。だから連絡はいつも遅くなる。お互いに慣れているから、何も気にしていないのだが。

画面に、聖人の姿が映る。とても理知的で、メガネがよく似合う顔の男だ。


『由紀恵さん、ちょっとサービスしすぎですよ』


 通話が始まるなり、聖人はそう言った。使用した魔法と依頼内容、結果は全て事前にテキストで送信してある。


「そう?」

『これ、今回の魔法報酬と釣り合わないんですけど』


 聖人は画面に報告内容を移し、二行ある使用魔法のうち、下の方をマウスで示した。

 上の行には、『装飾魔法:タトゥー貼り付け』とあった。

 そして下の行には『心理魔法:性的魅了』とある。

 つまり、由紀恵はタトゥーを貼るだけのように思わせておきながら、相手の男が興奮するための魔法を仕込んでいたのだ。


「おかげでかなり激しかったみたいですよ」

『別にそういう仕事じゃないですよ』

「わかってますよ、もう。でもこれで依頼は達成したからいいでしょ?」

『由紀恵さんの受け取る報酬が、使った魔法のわりに釣り合わないのを認めてくれるならいいです』

「えー」


 魔法報酬は様々だが、装飾魔法だけでも今回の報酬額である二十五万円に匹敵する。由紀恵もそれはわかっているが、確実に玲美を満足させるため、別の手を打ったのだ。


『はあ。それで、依頼者はどうでした?』

「うーん。見た感じは普通の女子高生って感じかなあ。特に変わったところはないですよ」

『発現しそうですか?』

「今のところその兆候はないですね」

『じゃあ、経過観察ですね』

「それでいいと思います。あの、聖人さん」

『なんですか?』

「女の子とエッチする時、胸に傷跡があったら嫌ですか?」


 聖人は頭を抱えた。デリカシーのない質問だとか、そもそもエッチするとかいきなり男に向かって言うな、とか、色々なことを由紀恵は感じ取った。

 にやにやしながら待っていると、ため息をつきながら聖人が答えた。


『私は、そんなもので女性の評価を変えたりしません』

「聖人さんはそう言いますよね」

『みんなそうだと思いますよ。でも、女性は気にするでしょうね。男なんかよりずっと、美に関する意識が高いですから』

「そうなんですよね。だからこの子の気持ちもわかっちゃうんですよね」

『だからって、あんまり高い魔法を使われると困りますよ』

「はいはい、気をつけまーす」

『それでは、おやすみなさい、由紀恵さん』

「おやすみなさい」

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