第2話

 翌日の午後。

 菊池玲美は、高校の制服姿でホテルのロビーに現れた。

 初めて会う魔法士に緊張しているのか、慣れないホテルのロビーに戸惑っているのか。菊池玲美はとてもおどおどしていた。その様子を少しだけ観察してから、由紀恵は玲美に話しかけた。


「こんにちは。魔法士の日和佐由紀恵です」


 由紀恵は名刺を渡した。名刺と言っても、名前と肩書しか書いておらず、電話番号やメールアドレスは一切教えないのだが。


「あっ、えと、菊池です、きょ、今日はよろしくお願いします」

「はーい。じゃ、そこのラウンジでお話聞こうか?」

「えっと、その、ここじゃまずいっていうか……誰にも見られないところがいいんですけど」

「そっか。じゃあ、私の部屋に来る?」

「……はい、お願いします」


 身体的なコンプレックスについての相談だったので、こうなることは由紀恵も予想していた。部屋は片付けてある。いつもは荷物が散らかりっぱなしで、だらしないのだが。

 玲美は緊張していたが、想像よりはきはきしていて、明るい子のように見えた。

 ツインルームだったので、由紀恵と玲美は椅子に座り、机をはさんで話をはじめる。


「えっと、最初に依頼料いただけます?」

「あっ、はい。これでいいんですよね」


 玲美が封筒を取り出し、中から万札を取り出した。由紀恵は五万円あることを確かめ、仕事用の財布に納めた。


「はい。確かにいただきました。領収書いります?」

「あっ、えっと、いらないです、特に」

「そうですか。それで、あなたのご相談はなんですか?」

「えっと……見てもらった方が早いと思うんですけど、ちょっと服脱いでもいいですか」

「いいですよ」


 由紀恵はブレザータイプの制服を脱ぎ、それからカッターシャツを脱いだ。さらに肌着のキャミソールを脱ぐと、紫色のとても綺麗な柄がついたブラジャーが現れた。


「……勝負下着?」

「えっ、いや、そういう訳じゃないですけど! 人に見せるのに地味なやつだと失礼かなと思って!」

「そう? 私なんかいつもブラトップで、ちゃんとしたブラなんか何年もつけてないよ」

「えっ、そうなんですか? ブラトップだと胸の形が綺麗にならなくないですか」

「そ、そうなの? あんまり気にしたことないけど」


 由紀恵は正真正銘のAカップで、膨らみがほとんどない。対する玲美の胸はかなり大きく、確かにちゃんとしたブラジャーでなければ、固定できなさそうだ。


「……ちなみに何カップ?」

「一応、Fカップですけど」

「Fカップもある女の子に悩み事なんかないんじゃない?」

「あ、ありますよ。ほら、ここ見てください」


 玲美が、左胸の上のほうを指さした。

 そこには、二センチほどの細く、赤い傷跡があった。鮮明な赤い線が、きれいな胸の表面に沿って横切っている。自然にできた傷ではなさそうだった。


「実は、一ヶ月前に手術したんです。葉状腫瘍、っていうらしいんですけど、悪性かもしれないから早めにとった方がいいってお医者さんに言われて。そうしたら、この傷跡が残っちゃったんです」

「ふうん」


 由紀恵は傷跡をじっと眺めた。その傷跡の他には、玲美はにきびの一つもないキレイな白い肌をしていた。確かにこれは目立つ。特に、高校生というお年頃の玲美なら気にしてしまうだろう。


「腫瘍は小さかったからよかったんですけど……この傷跡、どうしても彼氏に見られたくなくて」

「見せなければいいんじゃない?」

「それが……今度、彼氏の家族が誰もいない日に、遊びに行く約束しちゃって」

「ほう……」

「そうなったら、絶対、その、しちゃうじゃないですか。その時までになんとかしてほしいんです」

「……それが今回の相談なの?」

「はい」


 由紀恵は頭を抱え、数十秒の間、黙っていた。

 それから急に立ち上がり、ベッドへダイブした。


「知らないっ!」

「え、ええっ!?」


 突然子供のように駄々をこねはじめた由紀恵を見て、玲美は慌てた。


「ちょ、ちょっとまってください、私の依頼、受けてくれたんですよね?」

「知らない。レーザー手術でもすれば治るんじゃないの」

「それはお医者さんに勧められましたけど、お金かかるし、完全には消せないんですよ」

「じゃあ知らない。傷跡が消えるまで待ってればいいじゃん!」

「魔法でなんとかしてくれるんじゃないんですか!?」

「私よりずっと大きいんだから、そんなことでうじうじ悩むんじゃないの!」


 傷跡があるとはいえ、玲美の胸はとても綺麗だった。傷はそんなに大きくないし、男は大して気にしないんじゃないか、と由紀恵は考えた。

 というか、恵まれた体を持っているのに、小さな事で悩んでいる玲美を見て、由紀恵は腹が立っていた。もちろん玲美にとっては切実な悩みなのだが。


「じゃ、じゃあお金返してくださいよ! 頑張ってバイトして貯めたんですよ? しかも時給はいいけどめっちゃ魚臭い水産工場で!」

「やだ」

「なんでですか!」

「その依頼料って手付金だから。魔法士への依頼料は二割負担だから、本当は二十五万円するんだよ。私を今日ここに呼んだだけで五万円の経費はかかってるの。だから、仮に依頼を解決できなかったとしても返せない」

「そ、そんな……」

「ふんだ」


 由紀恵は布団をかぶり、完全にすねてしまった。

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