第2話 転送(2)
宙に浮いている百センチメートルに満たないであろう古めかしい機体。まん丸の目玉らしき物が顔部分両端に付属している。その球体の形状からすると、おそらくはレンズのような役割を果たしているのであろう。
さらに特徴的なプラグのような尻尾。手の部分は人間のものと同じく五本指。鉄製なのか肌に触れられると痛そうだ。二本の足は経年劣化が激しい。さらにところどころシルバーだが全体的に黒ずんでいた。
「おめでとう。きみは選ばれたんだ。きみにはある能力が与えられる。だけど、それを使うかどうかはきみ次第だ」
いつの間に教室内に――
窓が閉まっているのにどうやって入ってきたんだ。いや、それより俺はずっとこいつを注目していたはず。なのに……
「さあ、荒戸悠斗。何も迷うことはない。きみには冒険が待っている」
キャンセルと名乗った機械は少し甲高い音声を出す。
言っていることは意味不明だが、何か納得させられるようなトーンのように感じた。
ちょっと待てよ。
確か今機械は俺の名前を呼ばなかったか? そういえば最初に現れたときも……
周囲を軽く確認する。
隣の席に座っている涼風桂は何も気が付いていない。それより遠くにいる他のクラスメートも同様だ。
要は、誰もこいつの出現に対し、反応を見せていないということだ。
俺の名前の件を含めてこれらを鑑みると、目の前にいるキャンセルは俺の妄想である確率が高い。
「……? 何か困惑しているようだね。ああ、そうか。どんな能力か言っていなかったからか。では早速だが、悠斗。きみに与えられるのは……転送能力。異界転送能力さ」
「転送能力――転送とは何のこと……いや、それより異界? それは異世界のことか?」
「ああ、そうだね。きみたちの観点からいえばおそらくそうなるだろう」
さらに混迷を極める俺の海馬。頭を振ったタイミングで、涼風と目があった。彼女は怪訝そうに眉をひそめていた。
俺がキャンセルと会話している声が聞こえていたのであろう。おそらく、一人で馬鹿なことを話していると思われたはずだ。
恥ずかしくなり、彼女の視線から顔を逸らした。
その反動で、ふくよかな谷間が見える胸元のあいた水色のカッターシャツ、少し短めのチェックのスカートへと図らずも俺の視点が順に移動する。
しまった。これでは何と思われるか……
そう胸の内で焦りの言葉を吐きながら、恐る恐る涼風の顔色をうかがう。
幸いなことに俺の行動に興味がなかったのか、涼風はプイッと教壇の方へと顔を向けたのみだった。
微妙な吐息を漏らしてから、俺は再びキャンセルと名乗った物体に目を移す。とはいえ、こいつにそのまま語りかけるとまた涼風に妙な目で見られてしまう。
「おや? ああ、今は話せないんだったね。でも、きみは祈るだけでいい。さあ、冒険に出かけよう」
キャンセルは、相変わらず意味不明な言葉を吐き続けてくる。
じっとこちらを見つめる若干赤みがかったその眼球。表情は機械なのでまったく変わらない。また口らしきものはあり台詞に連動しているように思えるが、そこから感情らしきものを感じ取れることはなかった。
その機械が何度か繰り返した冒険という言葉。そんなことを一度でも俺はしようとしたことがあっただろうか。
つまらない生活。つまらない人生。つまらない同級生。つまらない自分。何もかもがつまらない。
冒険――それはそれでありかもしれない。
キャンセルをどこまで信用して良いかは不明だ。先程ちょっと思った通り、俺が生み出した幻覚だっていう可能性も十分ある。
だけど、胸の内で願うだけで良いのであれば、暇潰しとしてやってみても良いのではないだろうか。
それであれば失敗したころで、誰も変に思うことはない。
「ああ、きみに伝えなければならないことがあったんだった。悠斗、きみの転送能力にはできる範囲……転送可能な範囲に限界がある。つまり、きみが異世界に転送できるのは、この学校が最大範囲ということだ」
キャンセルが、よくわからない曖昧な制限を告げる。
どうせやるなら最大範囲だろう。
俺はそもそもこの学校にいるやつらが好きではない。
単に彼らは同じ学校の人間というだけで、ほとんど俺と関係しない。以前から、そして今からも。そんな人間をどうやって好きになれというのだ。
キャンセルは俺の瞳に視点を当てているのだろうか、微動だにしない。
喋らなければ喋らないで、不気味ではある。
おそらく、俺が能力を使うのを待っているのだろう。
異世界なんて夢物語を高校生にもなって信じるとは、気がおかしくなってしまったのだろうか。
実際にやってみるとなると、少し気恥ずかしい。だが、高校生活三年間の内一度くらい、そのような厨二病的な試みを行なっても罰があたることはないだろう。
クラスにいる人間たちの姿を確認する。
当然だが、全員見知った顔だ。とはいえ、一部を除きまともに話したことがないのでどんな奴らかほとんど知らない。
しかし、若干一名外れるが、目に映っている彼らは高校生だ。こいつらだって、異世界に転送されたら、それはそれで案外楽しむんじゃないだろうか。
そうして、俺はキャンセルに言われた通り、ただ異世界に学校が転送されるよう祈った。
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