第1話 転送(1)

 陰キャ、ボッチ、悲リア充。それだけだったらまだいい。世の中すべてから無視をされている。いつもそんな気がしている。

 俺以外の奴らで世界は回っている。選ばれるのはいつもそいつらだ。他が羨む晴天の霹靂のような偶然を手に入れるのもそいつらしかいない。

 目に見える見えないに関わらず、大なり小なり無料のランキングというものが世界にはあり、トップ10くらいには入らないと、ランキングに載っていないものとされ存在自体が透明になるも同然の扱いをされる。

 透明になった者は透明な奴にしか見えないし、透明な者が透明でなくなる日は一生来ない。

 だから、透明になったが最後、そのカテゴリではいつまで経っても透明のままだ。


 そんな透明人間である俺が、特に透明になるのは学校だ。

 よくわからない無料のランキングで縛られた世界。ランキング範囲内に入るにはそいつに顔なり身長なり金なり仲間なり。そのようなポイントをくれる奴らがメリットと感じる何かがなければならない。

 そして、いざランキングに入ると本来の自分が持つ価値、それ以上の評価が自然と与えられる。なぜなら、それが無料の世界の仕組みだからだ。

 ああ、しまった。

 無料のランキングに入るために、必須の物をひとつリストに入れ忘れていた。

 ランクインするために最も重要かつ欠落不可なそのピース。それは運だ。


 私立ファクト学園大附属黎明、都内でも有数といわれるこの在籍人数四千人超えのマンモス高で高校生になってはや半年。不幸な三年間を過ごすであろう生徒のテンプレ的な学園生活を俺は送っている。


 それは家でも同じだった。

 親とは飯時に少し話すくらいで、後はゲームをやったり、アニメを観たり、漫画を読んだりの毎日。

 友達が家に来たりはしないし、こっちから行くこともない。

 透明人間が送る日常は、そんなところが関の山だ。


 せめて野球漫画で出てくるような可愛らしい幼馴染らしき者でもいれば俺の人生も変わりそうなもんだが、もちろんそんな神にでも愛されたような幸運に俺が恵まれていることは、過去を振り返っても一度もない。


 今日も机の上に上半身を侍らせながら、怠惰に授業を受ける。


 英語教師で担任の二階堂が、神に選ばれた陽キャたちと何やら教壇付近ではしゃいでいる。

 紺色のスーツを着込んだセンター分けで少しばかり顔の良い男。教師としての二階堂は面白いやつだとは思うが、俺が率先して彼に話しかけることはない。

 彼の周りで繰り広げられる眩しいくらいの青春。生来根暗な俺がその中でやっていけるはずもないことは、俺自身が一番知っている。


 そんな俺の座席は教室最後列、窓際だ。

 入学してから一度として席替えがなく、ずっとここに座っている。俺のような一部の透明人間にとって憧れの場所だ。

 授業中、休み時間問わず校庭を眺められるというだけではない。

 片側に人がいないだけで、透明な身体を素通りしてその先にいる人間に話されることはなくなる。


 窓際奥のメリットと言えばもうひとつある。

 授業中に教師から無視されやすいということだ。

 いくら透明人間の俺でも、一応人間という名がつくからには、教師には生徒のひとりにカウントされている。

 だから、座席の真ん中で漫画など読みでもしていたら必ずバレてしまうし、窓の外を眺めようものなら、よそ見をしていると注意されてしまう。

 確かに漫画は窓際奥といえど、論外だ。

 授業中漫画を読んでいたら怒られるのは、漫画に集中し過ぎてこちらに視線を向けられていることに気がつかないことが原因だ。

 そうなると、どこにいようと関係なく怒られる可能性が高まってしまう。


 だが、窓際最後列で窓から外を見ているだけであれば、そんな事態に直面することはない。

 たいして変わり映えしない風景に漫画のような面白みはなく、そんなものに熱中することなんてありえない。

 ゆえに教師が近づいてきた気配を敏感に感じ取ることが可能だ。そして、その際には漫画のように、本を閉じる、引き出しにしまうなどの目立つ行為は発生しない。

 教師の叱責から逃れるためには、単純に顔を前に向けたら良いだけだ。

 ただこの時間は二階堂の授業なので、例え俺が漫画を読んでいたとしても注意を受けることはないだろう。


 ああ、平和だな。

 窓の外に目をやりながら、思う。


 真夏の澱みを窓の外の広々とした校庭に感じながら、古い家の縁側に佇み庭を愛でる老人が感じるであろうようなことを考える。

 そういえば、この席にあてがわれたのは、ここ数年の中で訪れた唯一の幸運ではないだろうか。

 でも、待ちに待ったゲームが出たり、面白いアニメを観たりすると、同じくらいの幸運は感じているような気もする。

 ということは、結構俺って幸運なのかもしれない。

 

 考えてみれば、何となく終わりのない同じような日々を過ごしている気がするが、こんなことができるのも日本に生まれたおかげといえるのではないだろうか。

 俺くらいの年齢で銃を撃っているやつとかいるんだもんな。飯にありつくことさえ困っている人たちもいる。

 リアルは充実していないが、その点では俺は運が良いとも……


「やあ、僕の名前はキャンセル。挨拶は抜きにしよう。きみが荒戸悠斗であることはもう知っているからね」

 突如として古めかしい機械が、ぼんやりと窓の外を見つめている俺の視界を遮った。


 何だこいつ?

 俺は意外にも冷静で、この時そんなことくらいしか思わなかった。

 あまりにも突然のことに、自分の目にしているものが実際に存在している物とは信じられなかったのだ。


 機械はプラグケーブルのような長い尻尾をゆらゆらと揺らめかしている。それはあたかも俺の応答時間を計測する時計の針のようだった。


 こいつは幻覚なのだろうか。

 それにしても、機械が名乗って俺の名前を確認するとは、白昼夢にしてはロマンがない。どうせなら、魔法少女なり女神が現れて欲しいものだ。

 ぼんやりとそれを窓越しに眺めなら、俺は胸中でそう呟いた。

 

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