第11話 第一歩

美沙の家を後にして、柾の家へ向かった。その道中、胸が落ち着かなくて安易な表現かもしれないがまさに飛び出しそうな感じだった。はやる気持ちを抑えながら走った。柾の家へ行くのはなんといってもこの時初めてなものだったからそれもあってかとにかく心臓の音がうるさかった。ドキドキして自分でも驚くくらい冷静ではなかったのだと思う。途中迷ったりしながら無事にたどり着き、インターホンを押した。


「はい、どちら様ですか」


少し年の取った女の人の声がした。母親なのだろう、確か専業主婦と言っていたので出るのも当然だった。



「あの、私柾くんのクラスメイトの瀬戸なんですが、柾くん学校にプリントを先生から受け取り忘れてたみたいで一番家の近い私が頼まれたのですが、いらっしゃいますか」



「それはわざわざご足労おかけしてすみません、いま呼びますからちょっと待っててくださいね」



母親に勘繰られたくなかったので嘘をついた。彼もさすがに分かってくれるはずだ。嘘をついたことに後ろめたさを感じたが、そうしなければ彼には一生会えない気がしたからだ。彼特有の足音が聞こえてきた。


「愛…。どうしたんだよ急に、俺プリントなんて忘れてないぜ」



「急じゃない、私あの時逃げちゃったからどうしても話をしたくて」


俺ちょっと出かけてくるわと母親に言い残し、彼は私と三角公園で話そうと提案してくれた。よりによってそこかと思ったが、渋々承諾することにした。三角公園は私たちがよく学校帰りに寄り道していた場所で、部活のこと勉強のこと家族のこと、とにかく他愛のない会話を楽しんだ場所だった。私にとっては思い出の場所で今さらそんなところでわざわざ話さなくてもという気持ちがあった。でも他に近くに公園なんてないし、話せるような場所も他に思いつかなかったのでよしとした。二人で並んでブランコに乗りながら話をすることにした。これは付き合っていたころのお決まりだった。


「あのさ、美沙から実は全部聞いたんだ。だから浮気相手のことも分かってる。でも柾がなんで浮気したのか、なんであいつなのかが理解できない」



「やっぱり聞いたのか。野田は親友だもんな。そりゃいうよ。俺が野田でも言うと思う。ほんとにごめんな」



「謝ってほしいわけじゃなくて、私は理由が知りたい。このままじゃちゃんと別れられない」


彼の顔が曇った。よっぽど言いたくないのか、それとも何か複雑な事情があるのか少し寂しげな顔にも見えた。もう私と話したくもないのか、曇った顔のまま顔を俯かせた。柾とはきちんと話をしたかったのにと諦め、もういいよと言い残し、帰った。悔しい、なぜ正直に話してくれないのだろう。仮にも真剣に付き合っていたはずだ。少なくとも私はそうだ。彼を愛し、尊敬していた。暴力のことは無視できないが、私はそれでも彼のことが好きだった。落ち込んで眠ろうとしたとき、名案が閃いた。

そうだ、まだ浮気相手がいるじゃないか。そちらを問い詰めることをまだしていなかったじゃないか。私は興奮した。頭から湯気が出てるのではないかと思うほどだった。まだ終わったわけじゃない、手はあるじゃないか。興奮冷めやらぬまま、床に就いた。

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